早稲田大学 名簿提供裁判とは何か

 2003年の秋、「警察への名簿提供は違法 早稲田大学が最高裁で敗訴」という見出しが新聞紙面を賑わせた。学生と大学が裁判で争っていたという事態に驚いた人も多いはず。この判決は、一体どういうものだったのか? 「警察への名簿提供」とは何か? 

▼学生の主張認めた画期的判決
 名簿提供事件とは、一九九八年十一月、早稲田大学が江沢民中国国家主席(当時)を招いて講演会を開催した際に、講演会に参加を希望した学生・教職員一四〇〇人全員分の名簿を、本人に無断で警察に提供したというものです。判決は、昨年九月十二日に最高裁判所第二小法廷(滝井繁男裁判長)が出しました。
 裁判は、講演会への参加を希望し名簿に氏名・住所などの個人情報を記入した学生六名が起こしました。大学は講演会の約一年後に事実を明らかにした後も、「名簿に記載された情報はプライバシーには当たらない」「国賓警護のために名簿提供は当然」と主張し、警察への名簿提供を居直り続けました。こうした、学生・教職員のプライバシーを警察に売り渡しても恬として恥じない早稲田大学の姿勢を何としても変えていこうと、学生たちはついに声をあげたのでした。
 最高裁は、この学生たちの訴えを全面的に認めたのです。判決で最高裁は、警察への名簿提供は「プライバシーを侵害するもの」であり違法行為に当たると断定しました。また、「国賓警護のために名簿提供は必要」といった大学側の主張は「この結論を左右するに足りない」ものであり、大学側の主張を全面的に退けました。最高裁は、早稲田大学による名簿提供は、自分たちの情報は守られるという学生たちの「合理的な期待を裏切るもの」だと指弾し、大学に対して、学生への損害賠償を命じました。
 この裁判は、全国の五十人以上の弁護士によって結成された大弁護団の尽力や多くの文化人の激励を受けながらすすめられてきました。この判決は、事件発覚当初から大学による警察への名簿提供の問題性を訴えてきた学生の闘いがあってはじめてかちとられた、非常に画期的なものなのです。

▼警察との癒着を深める早稲田大学
 ところが、早稲田大学は、最高裁判決が出てもなお、「判決は間違っている」(事件当時総長を務めていた奥島孝康・法学部教授)と言って学生・教職員への謝罪を拒否するばかりか、警察への名簿提供を今後も行なっていくと居直り続けているのです。現在、最高裁判決に基づいて、賠償額をめぐる折衝が行なわれていますが、その席で大学は「裁判を訴えた学生はプライバシー権を濫用している」などと言って判決に抗弁すらしています。
 なぜ早大は、こうした学生や教職員の人権を踏みにじってもはばからない態度を取るのか。それは、早大が実は、ワセダの自治会活動やサークル活動を弾圧するために警察との癒着を常態化させていることに基づいているのです。一九九七年には、当時学生部長を務めていた石川正興・法学部教授が、自宅で公安刑事と密会し、早稲田祭中止に抗議する学生の闘いを破壊するための打ち合わせを行なっていたことが明らかになっています。また大学は、二〇〇一年からワセダのサークルに使用させている「学生会館」に、館内くまなく監視カメラを設置し、撮影した画像を「警察に提供する」と言っているのです。そもそも、早大の名簿提供の事実が明らかになったのも、早大が江沢民講演会開催に際して会場に大量の公安警察を配置し、会場のなかで中国の核実験に抗議した三人の学生を逮捕させたのが発端です。この学生が、逮捕とその後の大学のけん責処分の不当性を訴えて起こした裁判のなかで、大学がみずから明らかにしたことなのです。現在、日本政府や警察当局が、反戦を訴える団体への監視や弾圧を強めているなかで、こうした動きに同調し、正当な学生の闘いの弾圧をくりかえすいまの早稲田大学は、異常な大学になっていると言わざるを得ません。そして、こうした自分たちの態度を居直るために、〃学生たちの権利は何を置いても守らねばならぬ〃といった当然の考え方すら投げ捨て、〃国家の大事の前には、個人の権利は制限されるべき〃といった発想で、学生の訴えを敵視してさえいるのです。こうした早稲田大学のありかたには、すくなからぬ批判が投げかけられています(別記事参照)。
 この最高裁判決は、こうした早稲田大学が抱える深刻な病理を突き出す力を持つ、非常に画期的なものでもあるのです。この判決を生かしながら、どれだけいまの早稲田大学の姿勢を改めさせていくことができるか−−これはひとえに、今後の学生たちの頑張りにかかっています。

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