外交官二名の殺害は米軍の謀略
 まず第一に、事実関係にかんする発表で米軍は数点のウソをついた。
 〇件発生時刻について、米軍は「午後五時」と発表した。だが、地元のイラク軍警察によるならば、事件発生は同日の「午前十一時」であり、日本人外交官二人とイラク人ドライバーが地元病院に搬送されたのは「午後二時」である。事件発生時刻が六時間も食い違っている。数日後米軍は「地元住民の証言が誤っていた」として発表の誤りを訂正した。しかも彼らは直後には、外交官ふたりが幹線道路近くの売店で買い物をしていたところを武装勢力に襲撃された、と襲撃の様子を説明した。ところがその後、二人は幹線道路をランドクルーザーで、時速150キロ以上の猛スピードで走行中に、何者かによって約三十発の銃弾を命中させられた、となしくずしで発表を訂正していた。全くの食い違いがあったのである。
 ∧瞳海蓮日本人外交官二名を「即死」と発表したが、現場を目撃した住民によれば、外交官の一人である奥大使は直後には息があったという。インターネットで、事件直後にティクリートの病院に収容された二外交官の遺体の写真が公開されている。これによれば、井ノ上書記官の遺体は右腕が上がっているが、奥大使の遺体はそうではない。井ノ上書記官の遺体には、死後一定時間を経て起こる死後硬直が起こっているが、奥大使の遺体にはそれがまだ起こっていない、ということである。これは、ほかでもなく両者の事切れた時刻がまったくちがっていること、したがって現地住民の「奥氏は事件直後は息があった」という情報をうらづけるものとなっている。
 なぜ、意図的に誤情報を流すのか? 隠蔽したいことがらがあるからではないか。

 第二に、米軍と日本政府は証拠の数々を隠蔽した。
 ‘本人外交官が乗っていたトヨタ・ランドクルーザーを米軍は移動して一週間にもわたって隠匿し続けた。同日に襲われたスペイン秘密警察官の車両や韓国民間人の車両は現場に放置・野ざらしにされているにもかかわらず、である。米軍は日本政府に対して、当初はなんとメールで三点の画像データを送信してきたにすぎなかった。(その後車体を返還したが…なぜここまで遅れる? 何に配慮しているのか)。
 日本に移送された二人の遺体は警視庁公安部によって解剖されたが、「遺族に配慮する」として検死結果を公表していないのが日本政府である。彼らの死体に残っている弾丸を調べれば犯行に使用された銃火器の種類・型が特定できる。犯人を確定する決定的な物証を明らかにしないのはなぜか。弾丸が残されていたとすれば調査していないはずはない。弾丸を通常使用するものが明らかになることを恐れているのか。もしくは既に米軍が弾丸を抜き去ってから遺体を日本政府に返したのか。どちらかである。
 8従譴謀然落ちているはずの薬莢が、共同通信記者によればまったく落ちていなかった。米軍が回収したのではないのか?

 第三に、そうした隠蔽のなかでもかろうじて現れてきた証拠が、発表の不自然さを物語る。
 (瞳嚇局が公表した、襲撃されたランドクルーザーを正面から撮影した映像を見ると、ランドクルーザーのフロントグラスとボンネットには高い位置から打ち込まれたと思われる弾痕がハッキリと残っている。さらにランドクルーザーの左側面を撮影した写真には車体のガラス部分に的確に三十数発打ち込まれた跡が確認できる。三十発の銃撃によって走行中のランドクルーザーを蜂の巣にして乗員を殺害したとの事だが、ゲリラが一般に所持しているロシア製のカラシニコフ銃でそのようなことが可能なのか(今日では、遺体解剖の結果、イラク人ドライバーの遺体からカラシニコフの銃弾が摘出されたと地元警察が発表しているが、米軍占領下のイラクで銃弾のすりかえなど容易である)。奥大使らが乗っていたランドクルーザーは防弾仕様であり、NHKの実験によれば、カラシニコフ銃では発表のとおりの至近距離から撃っても穴ひとつ開かなかったという。ましてや、150キロで走行中のランドクルーザーに、一瞬にして30発の穴をあけるなどカラシニコフ銃では到底不可能だ。高性能の機関銃が用いられたのではないのか。 
 ◆崕鬼ポスト」(1月1日・9日号)は、外交官の乗った車と思われる車両が道路から大きく外れた直後に「米軍の車列が通り過ぎた」という報道を引き「米軍誤射説」があると紹介した後、さらに司法解剖の結果、襲撃者は、ランドクルーザーが停車した時には息があった奥参事官の頭部に五発の弾丸を撃ち込み、殺害したことが判明したと報道した。すでに外務省のなかでも事件直後、米軍車両がランドクルーザーの直前を走行していたにもかかわらず、そちらをテロリストが狙わなかったというのは考えられないという意見が出ていたことが報道されている(「読売」12月2日付)。
 
 以上の米軍と日本政府の不可解な行動を総合して推論するならば、この事件は米軍による外交官殺害である可能性が極めて高い。つまり、米軍が事件の事実関係について全くのニセ情報を流したのは事実を隠蔽するためである。6時間も後に事件が発生したことにしたのは、事件の証拠を隠滅するための時間が必要だったからだ。この間に事件の決定的証拠となる、薬きょうなどを回収した。さらに、走向性能が高く、かつ高性能の機関銃の銃座を据えられる高い車高の車両を含む複数の車両を、隠す場所もない事件現場付近の幹線道路で使用できるのはまず、米軍である。ブッシュ政権は、再三の派兵要求にもかかわらずなお明確な回答を出してこなかった小泉政権、これに最後的な決断を迫るためにこそ、外交官の殺害をあえてしたのではないか。そして、占領当局がくだんの「復興支援会議」の開催地をティクリートに設定したのは、この殺害を「テロリストによる犯行」とみせかけるための舞台として、この「イラクで最も反米感情が強い」とされるティクリートがおあつらえむきだったからではないのか。本紙は、このように推論する。
 

窮地にあるブッシュ政権
 ブッシュ政権は十月下旬のラマダン入りを合図に、激発する占領統治に抵抗する種々の武装闘争によってゆさぶられている。次々と米兵が殺害され、さらに脱走兵や精神異常をきたすなどした傷病兵が合わせて、約一万人近くも出るなどして(イラクに展開する米軍は約13万人)、占領の要である米軍兵士の志気が冷え切り・ベトナム戦争以上の惨状をていしてしまい、占領そのものが維持できなくなりつつある。他方、国内では大統領選をひかえ、イラク占領をブッシュの失政として描き出そうとする民主党や市民団体などの反戦・兵員帰還運動によって揺さぶられ、ブッシュ再選までもが危うくなる有様であった。こうした状況を乗り切るためにブッシュは、11月中旬には、2004年6月にイラク人に政権を委譲するプランをCPAのブレマー行政官を通じて発表し、なんとかイラク情勢を安定化させようと試みたもののイラクのシーア派各派からも仏、独、露からもそっぽを向かれてしまった。ブッシュ政権は、こうしたなかでイラク占領を維持していくために、ベトナム戦争時同様、イラクで「テロ掃討」の名による大量殺戮作戦(「鉄槌作戦」や「アイビーサイクロン」などと称されている作戦)を強行し、イラクでの抵抗運動を鎮圧し、他方で他国の軍隊に米軍の肩代わりをさせようと躍起となっていたのだ。にもかかわらず、日本の小泉政権はイラク特措法を成立させはしたものの、総選挙前の派兵を見送り、さらに十一月にイタリア軍がテロ攻撃にあって大量の死傷者を出すと、年内の派兵を見送る考えさえも表明、欧米では「日本が派兵を断念」と報道さえされた。
 こうした小泉政権の対応に業を煮やしていたブッシュ政権が、小泉政権を抜き差しならない窮地に追い込むために、すなわち派兵という最終的決断に追い込むために、外交官殺害という謀略的手段を講じたのではないか。
 この推論を裏書きしているのは、事件後の小泉政権の動向だ。小泉政権は事態に関する一切の真相究明を放棄し、遺体の司法解剖など事実関係の発表すらしないという対応を行なっている。にもかかわらず小泉首相は、外交官二人の死を「テロリストの蛮行」と決めつけた。さらに12月6日の「外務省葬」の大々的な挙行。二外交官の「二階級特進」(警察・自衛隊以外では史上初)。これらをつうじて「二人の遺志を継ぐ」ためにはイラク派兵を、との空気を一挙に醸成してきたのだ。そして9日、自衛隊派遣基本計画策定。19日、派遣実施要項発表。26日、空自先遣隊派遣。駆り立てられた馬のように、「年内はない」とさえ言われた自衛隊派遣にこぎつけたのだ。つい一月前までの逡巡と動揺が、嘘のようではないか。ブッシュ政権の「期待」を、小泉政権は裏切らなかったのだ。

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