室原知幸氏についてのホームページ

現在作成中です。

室原知幸とは、どう言う人物?

(1900-1970)
  肥後小国の山林地主であった彼の生涯は、59歳のときに激変する。1957年に建設省が筑後川治水のため下筌・松原ダムの建設を計画するが、彼の住む志屋集落は水没地域に当った。村人の要請で、反対運動の指導者となつた彼は、ダム建設は、「法にかない、理にかない、情にかなう」ものでなければならないとし、予定地の険しい山腹に「蜂ノ巣砦」を築いた。次々と繰り出される訴訟は、さながら、彼が大学時代に大正デモクラシーを求める学生運動の演説で聞いた田中正造の足尾鉱毒事件に対する闘争を髣髴させるものであった。ゆえに佐賀大学法学関係調査グループは、彼を「昭和の阿蘇山中に咲いた大正デモクラシーの花」と評したとのこと。彼の過激で効果的な反対闘争のため国側が立ち往生する大闘争に発展し、彼が提示した「公権と私権の相克」という問題は70年代における住民運動のテーマとなっていく。ただ、闘争の終結を待たずに1970年になくなり。13年の闘争が終結した。

 

室原知幸、下筌・松原ダム反対闘争に関する著作(太字のものはお勧め、赤字のものははじめての方にお勧めの作品です。)

  彼に関する著作としては、以下のものを挙げることができます。上の2冊はまだ本屋で入手可能ですが、下の2冊は一部の図書館か、古本屋でしか取り扱っていないようです。ちなみに、「公共事業と基本的人権」は、筑波大学大塚図書館の「伊藤正巳氏寄贈図書」の中で所蔵されています。一般の方でも閲覧は可能なので、是非ご覧になることをお勧めします。

『砦に拠る』,松下竜一,1989,ちくま文庫(筑摩書房版は1977年に発売),800円
室原知幸と下筌・松原ダム反対闘争のすべてについてかかれた唯一の小説。彼の半生を描いた伝記としての価値もある。下に挙げるような資料と室原氏の遺族・関係者などからの聞き取りなどを行った本格的なものである。卒論でも重要な文献として位置付けている。

「事件の背景(『安部公房全作品14』)」,安部公房
 阿部公房氏が、事件に興味を持って熊本県まで行くが、室原知幸に全く相手にされず(要するに合えない)、彼に会わないまま、この事件について彼独自の見解をまとめたもの、彼の仮説はすべて外れた。事実について少しでも知っている人なら、ギャクとしか思えないどうしようもない内容である。

「大将と私(『佐木隆三作品集』)」,佐木隆三,河出書房新社

『下筌(しもうけ)ダム〜蜂之巣城騒動日記』,1960,,室原知幸,学風社

『下筌ダム問題-反対闘争の経過と論理』,,西岡久鞆.上野裕久.中野英俊.岡本宏,宗文館書店刊

『公共事業と基本的人権』,下筌・松原ダム問題研究会 編、帝国地方行政学会,1972

『公共事業と人間の尊重』,関西大学下筌・松原ダム総合学術調査団、ぎょうせい,1984

『新・熊本の歴史』(9),「新・熊本の歴史」編集委員会,1983

『熊本県労働運動史』,上田壌一 編,1984,熊本県労働総評議会

『中津江村誌』,1989,中津江村教育委員会

『日田市三十年史』,,日田市

『日田市史』,1990,日田市,ぎょうせい

 

室原知幸、下筌・松原ダム反対闘争に関する論文が掲載されている雑誌

『国土問題(1),(3),(4)』,1963,1964,1965,国土問題研究会

『国土問題資料(1)』,1964,国土問題研究会

 

室原知幸氏と下筌・松原ダム反対闘争関係リンク

蜂の巣城紛争

 

 

久保栄比幸の研究

home

最終更新日: 1999/03/22