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(2004/2/25)

 元オウムサマナ、メロン氏、オウムを語る--(3)-- 

--「五仏の法則」やカンカーレーヴァタ師などに関して--


おくればせながら山本英司です 投稿者:山本英司 9月21日(木)18時00分14秒

私としては、教義を生産・提供できる立場にあった云々のメロンさんの発言がやはり気になっております。 私が推測するに、これは別にメロンさんが「黒幕」であったとかいうことではなく、 目の不自由な(どこまで見えていたのかというのもまた前々から気になっていたのですが)麻原開祖に対し、 例えば経典の翻訳とか、「予言」に関して言えば政治・経済状況の報告とか、 最終的には麻原開祖の「純粋観照智」による判断が下されるにしても、 色々と材料を提供する立場にあった、ということではないかと思っているのですが……どうですか。

これが大川隆法氏であれば、古今東西の哲学者・宗教者の著作や解説書をずらりと並べた書斎で 「霊言」をしこしこ執筆していたんだろうなと、卑しい唯物論者にも納得がいくのですが、 麻原開祖の場合、説法の材料をどのように集めていたのか、とても興味があります。 説法の中でしばしば、「これはまだ明かすわけにはいかない」とかいう言葉が出て来ますが、 どの時点でどこまでの経典を頭に入れていたのか。 80年代の段階で既にあらかたの密教経典を彼なりに消化してグランド・デザインを描いていたのか、 それとも割と自転車操業的に、弟子が新たに翻訳してきた経典を説法に取り入れていったのか。 このあたり、確かメロンさんは、チベット密教から上座部仏教への変化についてはまたいずれ…… としてその後言及されていなかったようですが、とても興味があります。 そう言えば麻原開祖の書斎にも言及されていましたが、どういった蔵書があったのか、 本は誰が選んでくるのか、そもそも麻原開祖の視力はどうだったのか、これにも興味があります。

以上、ゆるゆるとでもお答えいただければ幸いです。 なお、私は根が唯物論なもので、その点気を悪くなされるところがあるかも知れませんが、 あらかじめご容赦願います。

−−−
山本英司(京都大学大学院経済学研究科研修員)
E-mail: eyamamo2@ip.media.kyoto-u.ac.jp

山本さん。 投稿者:メロン  9月23日(土)00時50分00秒

>私が推測するに、これは別にメロンさんが「黒幕」であったとかいうことではなく、
>目の不自由な(どこまで見えていたのかというのもまた前々から気になっていたのですが)
>麻原開祖に対し、例えば経典の翻訳とか、「予言」に関して言えば政治・経済状況の
>報告とか、最終的には麻原開祖の「純粋観照智」による判断が下されるにしても、
>色々と材料を提供する立場にあった、ということではないかと思っているのですが
>……どうですか。

メロンがうまく表現できなかったことをズバリ言ってくださって、ありがとうございます。 おっしゃるとおりです。麻原が盲人だってことが、内弟子にとってどれほど大変か、 ほとんど考慮されていないんじゃないでしょうか。 世間では「ホントは目が見えてた」とさえ、思われているようですし。 確かに、光は少し感知できるらしかったです。 でも、視力はゼロだったと確信してます。 麻原と目の前で会話してても、両目は全くメロンの方に向いてませんでしたから。 あと、歩くときも常に補助する人がいないと無理でしたね。

例えば、瞑想教本を作ってたとき、梵字が出てきたんです。 最終的に麻原の許可をいただくわけですが、目が見えないので 厚いボール紙で梵字をくり抜いて、それを触っていただくということで 確認をとったりしたこともありました。 また、資料もいちいちこちらが読んでDATで録音して、それを「供養」するんです。 麻原はサティヤンやベンツの中で、それを聞いていました。 麻原の説法というのは、だいたい麻原が直前に聴いたそれらのテープや報告が ソースになってることが多いですね。

グルの目が見えないと、弟子がいろいろと機転を利かせなければなりません。 よく「わたしの目は節穴じゃない」と言って怒るときがありましたが 実際は、弟子の報告如何で決まってくるわけです。 どう報告するかで、すべては決まってくる。成就の判定ですら、そうです。 あと、声が綺麗でよく通る弟子が、好まれる。出世も早い。(笑)

グルの目が見えないことはどれほど大変なことか、メロンは痛感いたしました。

といっても、「神仙の会」あたりの麻原は、片目がまだ少し見えていたようです。 なぜ分かるのかというと、麻原の蔵書(占い関係)を借りて読んでたら 至るところに、鉛筆で書き込みがしてあるんですよ。大きな字で。 麻原が自分で書いたものなんですね。とすると、虫眼鏡かなんかで読書してたっぽい。 麻原自身は、「イニシエーションのやりすぎで全盲になった」ていうことを言ってましたが いつ頃から見えなくなったのか、詳しくは分かりません。

実は、教団が転落したことと、麻原の全盲の時期というのは、 ダブるような気もするんです。 全盲を理由に、麻原はかつてのように本を読もうとしない、 自分から動かない。するとすべて、弟子に任せっきりになります。 マンジュシュリーさんなんて、ほとんどその役だった。 メロンもそうですが、うちらはただ手足になって動くことだけなんです。 そこで、グルとの合一を試みようとしていた。自分の判断をそこに挟んじゃ、 決していけなかった。それは純粋な「供養」にはならなかった。 これが最終的に、幹部の盲従的な犯罪行為を誘発したような気がする。  麻原も、すべて弟子に任せきりで、どんどん妄想がふくらんでいった。 で、仕舞には心の目まで見えなくなってしまったんじゃないでしょうかねぇ。

Re:石○さんや、ウッタマーさんのことなど。 投稿者:山本英司 2000/09/28 18:23

> しかし、こういう教祖の最も近い幹部が、サリン事件は全く知らなかったと法廷で証言しましたが、
> これは、ちょっとおかしいのでは、と私は思っているのですが・・・。
> Iさんのような教団の行方を左右しうる地位にいた幹部が、サリン事件を知らなかったとは。
> どうも法廷での証言の態度は、かつての法友には冷たいように私には感じられて仕方がないん
> ですよ(苦笑)。自分自身のかつての教団への影響度から考えて、もっともっと当時の教団の
> 詳細を語ってもらいたい、という願いありますが・・・・・・

そりゃあ自分が罪に問われたくはないでしょうから。 いつかは手記でも書いてくれるといいのですが。 開祖にも、弁護団にでも口述で、真相を残してくれればいいのですが。 あるいは被告人質問で、待ってましたとばかりに持論を展開してくれればいいのですが。 しかし、「私は目が見えないのでマインドコントロールされてました」とだけは言ってほしくないですね、 ファンとしては(笑)。

◆ Re:「すべての魂をポアするぞ!」って…  投稿者:山本英司   2000/09/28 18:24

> 「最終解脱者」の知らない経典なんて、ないです…!!
> あとサマナにとって、麻原の注釈なしでは、経典は「真の経典」として決して機能しなかったのです。
> 発掘されてない、ただの石というか。
> それを磨けるのはただ1人、麻原だった。

これはつまり、「こういった経典を探せ」と言われて探索過程でたまたま目にした「経典」があったとしても、 「麻原の注釈なしでは」、それは経典とは言えない、ということですね。 「最終解脱者」が知っている経典のみが経典と定義すると、 論理必然的に「「最終解脱者」の知らない経典なんて、ない」ということになりますね。言葉遊びみたいですが。

それで「五仏の法則」については76番でお答えしましたが、いよいよ本題、この出典は何だかご存知ですか。 「秘密集会タントラ」の第九分に似ている記述があるのですが、ちょっとずれてるんですよね。 参考:松長有慶『秘密集会タントラ和訳』法蔵館、2000年3月30日、本体1800円    ISBN 4-8318-7073

◆カンカー・レーヴァタ。 投稿者:メロン  2000/09/28 23:37

>ただ、カンカーレーヴァタさんは、ヴァジラヤーナは自分には出来な
>い、と言ったと言われていますが、
>これは本当のことなんでしょうか・・・。

おそらく本音でしょう。(笑) カンカ・レーヴァタは、思慮深いというか、突っ走らないんですよ。 いつもどこかしらクールで、冷静で。 最初のHN「パタンジャリ」からも、孤独のヨーガ行者というか、学者というか、独覚的というか、そんな印象を受けますが。

サリンの実行犯なんてまず出来なかっただろうし、 殺人現場に居れば、すぐ脱会するのを麻原も分かってたんだと思う。 たぶん、そういうのを麻原が昔から見透かしていて、 「お前は今生はヴァジラヤーナは無理だ」なんて言ったんじゃないでしょうか。(笑)

彼のように本を読みすぎてる人ってのは なかなか善悪の観念をとっぱらって狂人になれない。 そういう幹部には、教団の綺麗な部分だけを見せてやればいいんです。 麻原は、そうやって人を使い分けるのが、とてもうまかったですね。

でもカンカー・レーヴァタは、とても面白い人なんですよ。 個人で付き合うと、非常に面白い。 けっこうギャグとか言うし。しかも言葉に敏感な冷静な方だから、 ますますギャグが面白いんです。 あの明るさは、今はもうないのかな。教団をめぐる事情からいって。

村井単独犯行説について 投稿者:メロン 2000/09/28 23:59

オウムのシステムからいっても、村井が単独で犯行を計画するというのはナンセンスというか、まず不可能でしょうね。 もちろん、村井は大勢の部下に、実際命令したんだと思うんですよ。 でも、それは麻原の指令があったからやったことで。 村井は、グルの意思を極めて忠実に伝達する「媒体」にしか過ぎなかったから。 「権力を握りたい」とか「今自分はこれだけの権力を行使できる立場にる」とは、思ってもなかったでしょう。 世俗の論理からすると奇異にも感じますが、オウム内部の論理はまた違うんです。

だから、あの時期(死の直前まで)の村井さんというのは 人生の中で最もスリリングな瞬間を過ごしていたんだと思う。

サリンを作り始めたのはそもそも93年頃でしょ。 その頃からすでに、計画があったんだと思う。 それと重なって「ポア経典を探せ」という指令も下ったのでしょう。 この指令は、村井が出したんじゃない。完全に、麻原。 なんでPSIイニシエーションを、93年末に導入したのか?  プラントなどにかかる大量の資金が、必要だったからじゃないのかなぁ。 でもあんなので、解脱者が出るはずがない。 だけど、「完全解脱をするまで面倒を見る」と豪語して、在家信徒から1口100万円や1000万円のお布施を徴収した。 この矛盾を、どう埋めるのか? やっぱり薬物に頼らざるを得なかったんだと思う…ラフな想像ですけどね。

ただ、麻原が「村井が勝手にやった」と言ったとしたら それもメロンは理解できますけどね。 もし村井さんが今も生きてたとして、この発言を聞いたら、 村井さんは幻滅して、脱会届を書くか? ――彼はたぶん書かないんじゃないかな。

「五仏の法則」ですが、、、投稿者:メロン  2000/09/29 00:12

>それで「五仏の法則」については76番でお答えしましたが、いよいよ本題、この出典は何だかご存知ですか。
>「秘密集会タントラ」の第九分に似ている記述があるのですが、
>ちょっとずれてるんですよね。

いわゆる「五仏の法則」の概念自体、新しいものではないです。 ツァンダリーにもあるでしょ。あれは「貪・じん・ち」ですけど。 要するに、オウムの瞑想法には五仏の観想というのがけっこう出てきますから そこから五仏の象徴的意味だけをとって、逆手に利用したということ。

「どこかに書かれてたから」という訳ではなくて、 麻原のオリジナルの部分が強いんじゃないでしょうか。

「秘密集会」との関連ですけど、 根本テキストを麻原が読んでる可能性、ほとんど少ないです。 あの日本語訳はもちろん出版されてませんでしたし。 英語でもいくつか解説書が出てますが、 ウッタマーたちの蔵書に、そういった本はなかったと思う。 ただ、他のタントラ経典なら、ウッタマー達の日本語訳をいくつか読んでますから そっちの方に関連する記述があったのかも。 これ以上は、よくわかりませんです。

Re:カンカー・レーヴァタ。投稿者:カピラ 2000/09/29 07:01

> >ただ、カンカーレーヴァタさんは、ヴァジラヤーナは自分には出来な
> >い、と言ったと言われていますが、
> >これは本当のことなんでしょうか・・・。
>
> おそらく本音でしょう。(笑)
> カンカ・レーヴァタは、思慮深いというか、突っ走らないんですよ。
> いつもどこかしらクールで、冷静で。
> 最初のHN「パタンジャリ」からも、孤独のヨーガ行者というか、学者というか、独覚的というか、
>そんな印象を受けますが。

そういう感じがしますね。 オウムを取材した、だいぶ前の記事にも、この杉浦さんのことについて書かれていて、 オウムで最も人柄のいい人だと書かれていました(笑)。 私もこの人にはいい印象というか、好感を持っています。

こういう常識から逸脱しない人がオウムの主流であったのならば、良かったのにと 思っても、まあ、それは、教祖の人間性、人柄、カルマなどを考えれば、無理であった、 ということでしょうか。

> 彼のように本を読みすぎてる人ってのは
> なかなか善悪の観念をとっぱらって狂人になれない。
> そういう幹部には、教団の綺麗な部分だけを見せてやればいいんです。
> 麻原は、そうやって人を使い分けるのが、とてもうまかったですね。

なるほど。教祖の方が一枚も二枚も上手であるということですね。 三島由紀夫もかつて、自分をファナティックに出来ない奴は革命家というか、社会を 変えていく人間にはなれないと語っていたそうですが、オウムの末期は、狂人の 集団であったようで、醒めていたと思われる杉浦さんなどは居心地が悪かったの でしょう。 でも、そういう犯罪を指示したであろう教祖の団体でも、脱会しないというのは、 どこにも行く宛がないからアレフに留まっているのか、あるいは、自分自身が志した 宗教的理想を実現してゆくことが、一連のオウム事件の責任を取ることなのだと 考えたのか、その辺は分からないのですが、たぶん、人柄からすれば、後者では ないのかと推察しています。ちょっと買いかぶり過ぎかな(笑)。

Re:「五仏の法則」ですが、、、投稿者:山本英司  2000/09/29 14:01

> 「どこかに書かれてたから」という訳ではなくて、
> 麻原のオリジナルの部分が強いんじゃないでしょうか。
>
> 「秘密集会」との関連ですけど、
> 根本テキストを麻原が読んでる可能性、ほとんど少ないです。
> あの日本語訳はもちろん出版されてませんでしたし。
> 英語でもいくつか解説書が出てますが、
> ウッタマーたちの蔵書に、そういった本はなかったと思う。
> ただ、他のタントラ経典なら、ウッタマー達の日本語訳をいくつか読んでますから
> そっちの方に関連する記述があったのかも。
> これ以上は、よくわかりませんです。

そうですか……。 『善悪の彼岸へ』によると、『松長有慶著作集』に部分訳があって、 麻原はこの経典を見つけて小躍りしたに違いない、などとあるのですが……。 いずれにせよ推測に過ぎないというところでしょうか。

ただ、オウムでは「グヤサマジャ」という言葉は頻繁に出てきますよね。 これは「秘密集会」(オウム以外の本にはグヒャサマジャとありますが)にほかならないわけですが。 出典はともかくとして、信者に対しては、「グヤサマジャ」とは何であると説かれていたでしょうか。

また杉浦(弟)の話。(笑) 投稿者:メロン 2000/09/30 00:22

> 三島由紀夫もかつて、自分をファナティックに出来ない奴は革命家というか、社会を
> 変えていく人間にはなれないと語っていたそうですが、オウムの末期は、狂人の
> 集団であったようで、醒めていたと思われる杉浦さんなどは居心地が悪かったの
> でしょう。 でも、そういう犯罪を指示したであろう教祖の団体でも、脱会しないというのは、
> どこにも行く宛がないからアレフに留まっているのか、あるいは、自分自身が志した
> 宗教的理想を実現してゆくことが、一連のオウム事件の責任を取ることなのだと
> 考えたのか、その辺は分からないのですが、たぶん、人柄からすれば、後者では
> ないのかと推察しています。ちょっと買いかぶり過ぎかな(笑)。

94年の狂気の時期、杉浦(弟)はどこに居たんだっけ。 出版部は若者たちに乗っ取られて、たしか別のことやってたよーな。 PSIの修行に入ってたのかな? いずれにしても、居づらかった時期だと思いますね。

でも編集部の連中とか、教義を提供する側に居た古参幹部は、 今もほとんど教団に残ってるでしょう? 何ででしょうねぇ。。 彼らは「どこにも行く宛がないからアレフに留まっている」わけでは、決してないと思うんですよ。 オウムの教義の中でしか、物事を考えられなくなってるんでしょうね。 それは決して悪いことではないんだけど。 でも、彼らは教団内で、かなりピュアな環境に居ましたからね。 その点、理想主義的というか、厳格な教義主義というか。 他の選択肢を考える余裕をまったく持ち合わせてないような気もするんですよ。 「現世に落ちる」ことほど、サマナにとって屈辱的なことはないですしね。

> ちょうど、9年前でしたか、1991年の9月27日に、日本の宗教史上初めてと思われる
> テレビでの、宗教団体同士の討論会が、開催されましたね。
> あの番組は、私も非常に面白く見させてもらったのですが、オウム側の完勝と
> いった感じでしたね。あれで、ずいぶんオウムの株が上がったように思います。
> あの番組にも、杉浦さんは登場されていましたが、発言しようとすると誰か他の出演者に
> 遮られて、まともに発言できずに終わってしまったことがありました。
> ああいう場面を見ていても、ちょっと押しが弱いと感じますね。

「朝までナントカ」ってヤツですか? (^^) メロンも、教団内でビデオ編集されたやつを見ました。 オウム側は、当時の幹部総出演といった感じでしたね。(笑) でもマンジュシュリーは簡単に言いくるめられちゃったし カンカー・レーヴァタも、そうでしょう。 ケイマさんも、なんかパッとしなかったような。 ヤソーダラーも出てましたっけ? 彼女はけっこうしゃべってたんじゃない? たしか、ヴァンギーサは出演してないはずです。 麻原から「お前が出るとケンカになるから出るな」と言われたそうです。(爆)

やっぱあれを見て、いくらステージが高くても、俗人とディベートするときには、別の能力が必要なんだな、 と痛感いたしました。 そういう意味でも、上祐ってのは、ものすごいと思います。

◆ ちょこっとレスいろいろ〜 投稿者:らく  2000/09/30 20:56

> 94年の狂気の時期、杉浦(弟)はどこに居たんだっけ。
> 出版部は若者たちに乗っ取られて、たしか別のことやってたよーな。

ええとねえ、94年の後半だったと思うんだけど、SISを見てました。 SISてのは印刷ですね。 要するに、なんの本を何冊作るのに、なんの紙をどれだけ買って…… みたいなことだと思う、やってたのは。

> ただ、オウムでは「グヤサマジャ」という言葉は頻繁に出てきますよね。

細かいですけど、「オウム表記」というものにはいろいろ変遷がありまして、 わたしが知ってる最新の表記では「グヒャサマージャ」でした。

◆ 秘密集絵(グヒヤサマージャ) 投稿者:カピラ 2000/10/02 00:46

らくさん、最新の「オウム表記」の紹介ありがとうございます^^。 オウムの道場に掲げられているあのグヒャサマージャは、本当にエロティックですよね(笑)。 ああいうところにも、何か、オウムの魅力の秘密があるようにも思っているんですよ。 江川紹子さんは、オウムには何かしら、エロティックな匂いがするという感想を御著書の中で述べられていま したが・・・。

> > ただ、オウムでは「グヤサマジャ」という言葉は頻繁に出てきますよね。
>
> 細かいですけど、「オウム表記」というものにはいろいろ変遷がありまして、
> わたしが知ってる最新の表記では「グヒャサマージャ」でした。

ちょっと、ここで、この「グヒャサマージャ」とは何か、参考のために、学研の「チベット密教の本」 から、グヒャサマージャに関して説明されている項の一部を引用してみます。 チベット密教に詳しい方には、必要ないでしょうが、あまり詳しいことを知らない人のために(私もですが)、 掲載します。これを読めば、グヒャサマージャについてよく分かると思います。この本では、 グヒヤサマージャと記されています。
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◆守護尊---畏怖すべき形相をもって僧侶を守る「秘密仏」

密教では僧や寺院等が仏教のパンテオンから一尊を選び、それを自らの守り本尊とする習慣がある。チベット仏教 ではこの守り本尊を「守護尊(イダム)」と呼ぶ。守護尊に如来や菩薩など柔和な尊格を選ぶこともあるが、大部分を 無上瑜伽(ゆが)タントラと呼ばれるインド後期密教経典の本尊たちが占める。このような守護尊には、秘密集絵(グ ヒヤサマージャ)、怖畏(ふい)金剛(ヴァジュラバイラヴァ)、勝楽(サンヴァラ)、呼金剛(ヘーヴァジュラ)、時輪金剛 (カーラチャクラ)などがあり、彼らは「ヘールカ」とも呼ばれる。「ヘールカ」の語源は明らかではないが、おそらく非ア ーリア系の伝統を継ぐ尊格であろう。一説にはヘールカはヒンドゥー教の神シヴァの従者であったとされている。

ヘールカは身体が青く、はぎ取ったばかりの象の皮を被り、虎皮を腰に巻き、屍体あるいはシヴァ神を踏みつけて いるのが一般的な特徴であり、しばしば女神と交わる姿で表される。

◆秘密集絵(グヒヤサマージャ)---阿しゅく如来の密教的顕現

秘密集絵(グヒヤサマージャ)は、後期密教経典のうちで最も早く成立したとされる『秘密集絵タントラ』に基づく秘密 集絵曼陀羅の中尊である。秘密集絵曼陀羅の中核は五仏であり、その中心となる秘密集絵(グヒヤサマージャ) は、大日如来ではなく、阿しゅく如来の密教的顕現である。
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Re:秘密集絵(グヒヤサマージャ) 投稿者:メロン 2000/10/03 01:12

> 江川紹子さんは、オウムには何かしら、エロティックな匂いがするという感想を
>御著書の中で述べられていましたが・・・。

うーん、少なくともメロンが教団に居た時期には そんな匂い(臭い?)は、なかったなぁー 残念っ。 グヤサマジャ見て発情する江川さんって、素直ですね。(^0^)

秘密集会(グヒャサマージャ)タントラの正式な灌頂は、去年だか東京で行なわれてましたが 要するに、オウムで使ってる「グヤサマジャ」(使い分けに注意)は、 チベット仏教の「グヒャサマージャ・タントラ」とは、かなり異なるものでして 単純に「完全なる絶対なる覚者=シヴァ大神」のタントラ的シンボルと、 切り離して考えるべきでしょう。

五仏の法則 投稿者:山本英司 2000/10/03 14:00

例の五仏の法則の出典ですが、まだ経典そのものにはあたっていないのですが、 どうやら『金剛頂経』あるいは『カーラチャクラ・タントラ』ではないかと思われます。

と言いますのも、破防法第4回弁明手続に次のようなやりとりがあります。

 ○弁明者(芳永克彦) それでは、次に、前回も伺ったんですが、  ヴァジラヤーナ、あるいは五仏の法則というようなものについて若  干補足をしてもらおうと思っているんですが、このヴァジラヤーナ  の教え、あるいは五仏の法則というのは仏教の経典にそもそも含ま  れているものであるという説明でしたね。
 ○弁明者(麻原彰晃) はい。
 ○弁明者(芳永克彦) これらの考え方を現実に説いている宗派、  あるいは学派というようなものはあるんでしょうか。
 ○弁明者(麻原彰晃) これは、例えば日本の真言宗は基本的にこ  の教えを説いておりまして、(以下略)

真言宗となると、大日教・金剛頂経・理趣教ですが、このうち五仏が出て来るのは金剛頂経です。

それから、五仏の法則に関してではなく戒律についてですが、

 そしてカーラチァクラ・タントラにおける、これはアメリカで私の  尊敬するダライ・ラマ法王がお説きになられた戒律ですが、その戒  律の遵守が規定されております。

と、少なくともカーラチャクラタントラを知っていることが説かれています。ところで、 「ダライ・ラマ十四世が一九八一年アメリカにおいてカーラチャクラの灌頂を行なったときの講演録 "Kalachakra Tantra, Rite of Initiation"の邦訳」(解題)である ダライ・ラマ十四世テンジン・ギャムツォ著、石濱裕美子訳『ダライ・ラマの密教入門』光文社には 次の記述があります(273-4頁)。

 金剛の一族に属するものは殺生を行なうべきである。
 剣の一族に属するものは真実でない言葉を語るべきである。
 宝珠の一族に属するものは他のものの財産を盗むべきである。
 蓮華の一族に属するものは他のものの配偶者を盗むべきである。
 法輪の一族に属するものは酒と諸仏の明かり(=五肉と五甘露)と
 あらゆる良き対象によるべきである。

これは、「結果のためには手段を選ばず」という「アモーガシッディの法則」(剣の一族)の部分が 言葉遣いが異なってはおりますが、基本的に開祖の説いた教えと見事に一致します。 (もっとも「ヴァイローチャナの法則」(法輪の一族)については開祖は説いていないのですが。)

以上、とりあえずの中間報告でした。


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