Click Here!
(2004/2/25)

 元オウムサマナ、メロン氏、オウムを語る--(4)-- 

--「死への取り組み方」やフリーメーソンやVSの編集長などに関して--


思想戦士創刊号より  投稿者:カピラ        2000/10/02 06:34

■「日野興作&村松秀昭インタビュー」抜粋

聞き手・文・構成 大西景子

◆オウム真理教事件

Q.実動部隊(一水会内の武闘組織「士水塾」)の脱会と時期的に重なっていると 思うんですが、95年3月、オウム真理教事件が起きます。その後、士水塾のメンバーは 青山総本部への抗議行動を決行したと聞いています。

上祐の逮捕が目前だと噂されていた頃、街宣車で本部の近くまでいって、タクシーに 乗り換え、阻止線を突破しました。このときは、うまく本部前までいけた。 バリケードが張り巡らされていたけれど、それを飛び越えて、ドアを叩き、 「上祐出てこい」とやった。

当然のことながら、警察官がきた。メンバーのうち一人に軽犯罪法の疑いが あるということで、連行されたんです。夜には、奪還しましたけど。

Q.その頃、鈴木邦男氏は、「ニュース23」などによく出演していた。 鈴木氏は、オウム支持まではいきませんでしたが、警察当局の不当捜査、別件逮捕 に類した逮捕の手法を批判しました。いわゆる「良識派」の立場から、むしろ それまで左翼がいっていたような意見を肩代わりしていっているという印象が ありました。鈴木氏の発言に対する反発はなかったのですか。

僕らは、皮膚感覚としては、鈴木さんの発想についていけなかった。自分の身内が サリン事件で死んでいれば、と考えると、やはり、麻原彰晃を殺したくなるだろうと 思った。でも、僕自身が麻原を殺りにいく気が当時あったかというと、そこまでは なかった。

Q.日野さんたちの主張のベースには、戦後体制の全否定があります。 オウム真理教のやり方は、非常にまずかったけど、麻原彰晃が彼なりに、戦後体制の 転覆を試みたことは確かなので、どこか憎みきれないというか、そういう面はなかったのですか。

いや、正直にいうと、「負けた」と思った面があるんです。何で、 自分の命を失う危険を冒してまで、サリンまきにいけるんだろうか、と。 そこまで、人生かけられるだけのものを、麻原が信者に与えていたのか、と。 そういう力を我々は持つ必要があるんじゃないか、と思いました。

ただ、これで、オウム真理教という教団は、終わるべくして、終わるだろう とも思いました。一般市民をテロの犠牲にしちゃ、イカンですよ。・・・

Q.戦後体制の超克という面では、オウム真理教を必ずしも否定しない ということですね。

この病んだ社会で起きた事件ですから、否定したり、肯定したりする類の問題じゃない と思います。我々は、我々独自のやり方で、日本の戦後体制の超克を目指します。
-------------------------------------------

【コメント】
オウム事件は、色んな人に影響を与えていることが、このインタビューの抜粋からも 分かりますね。 このインタビューの全文は↓のページで。
http://www01.vaio.ne.jp/siso/hinomurag.html

生と、死。投稿者:メロン 2000/10/03 01:54

> オウム真理教のやり方は、非常にまずかったけど、麻原彰晃が彼なりに、戦後体制の
> 転覆を試みたことは確かなので、どこか憎みきれないというか、そういう面はなかったのですか。
> いや、正直にいうと、「負けた」と思った面があるんです。何で、
> 自分の命を失う危険を冒してまで、サリンまきにいけるんだろうか、と。
> そこまで、人生かけられるだけのものを、麻原が信者に与えていたのか、と。
> そういう力を我々は持つ必要があるんじゃないか、と思いました。

このテーマは、今日の政治結社というか、思想団体の最も興味ある部分なんでしょうねぇ。 確かに、言われてみれば、我々は命をかけていましたよ。 でもサマナの感覚としては、「そういう力」は結果論にすぎないと思うんです。 よく、北朝鮮の映像とか見て思うんですよ。「彼らって、サマナの感覚に近いな」って。 笑顔を振り撒いて一糸乱れず踊りを振舞う、何万という群集は 何の疑いもなく、自分達のリーダーを信じているのであり、 これが、「そういう力」につながるんだと思う。

現代の日本人は、生と死のメリハリというか、死の体験というものが、日常的にありませんよね。 路上でのたれ死んでいる人なんかいないし、だいたい病院で隠すように死ぬし、 ある時期になると地獄絵図なんか掲げるお家も、なくなってますよね。 お墓はもはや死の空間としては機能せず、最新鋭の設備を供えたビジネスだし、 日本各地の民間行事に潜む「死の現出」も、全く形骸化してるか、忘れ去られている。 でも死へのあこがれというのは、人間本来の欲望の1つですよね。 それが鬱積したままはけ口がなくなっているように思うんですよ。 少年犯罪で「人を殺してみたかった」っていう奴は、死の欲望が歪んだ形で顕在化したんんだと思う。 昔は「夏」が、死の世界へつながる季節だったようですね。 この時期に子供達は、この世とあの世を体験して、少しずつ大人になっていったんじゃないかな。

で、麻原というのは、この「死の世界」を見事に体験させてくれる導師だったわけですよ。 「生きる」ことしか教えない大人たちと違って、「死ぬ」ことを教えてくれた存在。 しかも、麻原の付きつける課題はいつもハードで、それこそ生と死の限界まで心身が追い込まれる。 そこで、ある種の超越した意識状態を、経験してしまうんですね。 でも修行者は、逆に麻原の「死」の空間に、今度は束縛されてしまう。 サマナにとって何が一番恐怖かというと、前にも書きましたが、 「下向(現世に戻ること)したときに二度と悪趣から抜け出せない、死後は救済されない」という、強迫観念なんですよ。 かといってそれは、教団で「マインドコントロール」されたものでもない。 麻原の説いていたことが、そもそも死の世界だったんだし。

いかにして死すべきかを、戦後の日本社会は全く無視してきましたね。 そのツケが、オウムという教団を生み出したんじゃないかな。 かといって、じゃあ「いかにして死すべきか」を、今の日本社会が提示したかというと まったく提示してない。

そうである限り、オウムへの魅力というのは尽きないだろうし オウム(アレフ)は、存在し続けることになるんでしょう。 政治結社の皆さんも、「死」への確固たる心構えがあるかといえば、 どうなんでしょうかね……。 その点、オウムは最もラディカルで、秀でていたのかもしれませんね。

オウムの死に対する考え方には説得力を感じます・・・投稿者:カピラ  2000/10/03 01:57

ヴァジラヤーナサッチャNo.3は、「死」について、特集していましたが、 オウムの宗教としての意義があると私が思うのは、人間の最も根本的な 問題を提示し、死を意識的に思い起こさせて、日常性に流されて、死を 忘却しているわれわれに、それでは駄目だよと警鐘を発していることに あるのではないか、というところでしょうか。

ヴァジラヤーナサッチャNo.3の「ヴァジラの言葉」には、この欄の執筆者で ある天野恵さん(この人は一体だれなんでしょうか)が、「現代人の死に対する 無感覚さ・愚鈍さと、レーヴァタ・カディラヴァニヤ(結婚式の日に、式を抜け出し て出家した)の老いに対する敏感さ・鋭さは、大きな対照をなしている。 レーヴァタ・カディラヴァニヤは、老い、そしてそれに続く死の意味を悟り、それに 対して、出家という対抗剤を用いることによって、死を乗り越え、死からの解放 を得る。」と書かれています。

「死を乗り越え、死からの解放を得る。」ことが本当に出来るのか、私には 分かりませんが、オウムは、現代日本社会が、われわれの目から死を遠ざけ ようとしている風潮に対して、「NO!」、異議申し立てをしているところに、 その存在の意義があると思っています。なかなか日常生活を送っていると、 忘れやすいものですよね、この自分が死ぬということについて。いつまでも、 永遠に生き続けるものだと、つい、錯覚を起こしてします。こういう錯覚、妄想 を打ち砕いてくれるところが、私には、オウムの説いているところの魅力の 源泉だと感じています。

1991年の年末ですか、ビートたけしのテレビタックルという番組で、教祖が 出演して、特別対談していますが、私はこれをオウムが出していたビデオで見たので すが、この対談の雰囲気は、神秘的なムードに溢れていて、本当に、ワクワクしながら 対話を聞いたものです。教祖の対談のうまさに感心させられました。 たけしをヨイショして対談を盛り上げるところなど、心憎いばかりの配慮をしていますが、 ちょと一部を掲載してみます。

-------------------
(竹下)というたけしさんからのラブ・コールなんですけれど、あの麻原さんご自身からご 覧になって、この今の宗教ブームっていいますか、新宗教ブームともいわれてますけれ ども、そのへんはどのように感じてらっしゃるわけですか。

(尊師)そうですね、来るべきものが来てるんじゃないでしょうか。

  (竹下)来るべきもの。

(尊師)ええ。つまり、人間の物質的豊かさというものがピークに達して、で、そこ では満足できないと人々が思いだしてると。で、そうなると次はどうなるかという と、内側の世界の探求に入っていくと、いうことだと思うんですね。でま あ、その時代がやっとやって来てるということじゃないでしょうかね。
・・・・・・・・
(たけし)あと、なんか今、どうもこう…幸せ幸せっていう、幸福と いうんだけども、ぼくとしてはこう、生きることと同じじように、死ぬ ことがいつも背中合わせにあるもんで、今の時代は生きることばっ かしのこのマニュアルとかノウハウを言うんです。「楽しく生きよう」 とかどうのこうの。だけども、常に死ぬことが背中合わせで5 0パーセントの確率であるもんだとしたら、逆にいえば死ぬこと ばっかし考えてても・・・同じバランスでね、バランス感覚で、右手 を鍛えると同時に左手を鍛えるみたいに、死ぬことと生きること同 じ感覚でこう、分量で考えないと、非常にバランスが悪いんじゃな いかなあってずっと思ってんですけどね。

  (竹下)どうですか、そのへんは。あの、オウムに期待している若者は大変多いと思いま すけれど、今を豊かに生きるっていうのと同時に、もう一方にはちゃんと、いつかは死ぬ んだっていうこと、どのぐらいの・・・こう意識の仕方っていうか、認識の仕方としてはある んでしょうね。

  (尊師)わたしたちは生きてますから、生きてるということはもうすでに、まあ、死の概念 を叩き込んだとしても、まあせいぜいがやはりビートたけしさんのおっしゃるとおり、50 パーセントぐらいにしかならないと思うんですね。で、そういう意味でオウム真理教の教 えのまず大前提に来るのは“死”っていうのが来ます。で、これをどうするのか、という 問題になってくるわけですね。  
で、わたしはビートたけしさんの、まあ、今までの、このマスコミにおける活躍を見てい て感じることは、大変思索力の優れた方だなと。思索っていうのは・・・。

(竹下)たけしさんが。

  (尊師)ええ、やはり、絶えずものを考えていらっしゃるなと、いうふうに思うんですね。 で、その、ものを考えることからすべてはスタートするわけなんですね。宗教もそうですけ ども。まあ、もちろん、その前提にはどういう考え方をしなさいっていう基本的な教えはあ るんですけども、それをその、使いこなしていくことも、考えること、それから、それを単純 に考えるだけではなくて、実践に結びつけて考えることだと思うわけですね。
でまあ、わたしがびっくりしたのは、ビートたけしさんが、いきなり“死”の話をお出しに なったんで、やはり、さすがだなということと同時に、やはり相当に深く仏教観、本当 の意味での仏教観が根づいていらっしゃるなあと、ちょっとびっくりしましたね、わた しはね。うーん。
------------------

この箇所など、私には、非常にスリリングに感じられるのですが、 「死」に対しての教祖の考え方、捉え方は、大変説得力があると 思います。こういう人間の根源の問題に鋭く切り込んでいくオウムのラディカルさが、人間存在の不可解さ について真面目に考えている人間を魅惑して、その心を捉えていった 原因でもあるのでしょうね。

フリイメイソン。投稿者:メロン 2000/10/04 01:17

> >ダンボール製の梵字についてはヤソーダラー正大師も言及していましたね。
> 正しくは発泡スチロール製でした。 (山本英司さんの訂正の書き込みより)

メロンが麻原と相談していたときは、ダンボール製だったように思います。 上記の梵字は、おそらく別物でしょうか。

> 出典:破防法第4回弁明手続(1996年5月28日)
>  ○弁明者(清井礼司) それから、フリーメーソンという話がね、
>  前回出てきたんだけども、そのフリーメーソンというのはあなた自
>  身が研究したわけですか。
>  ○弁明者(麻原彰晃) いや、違います、これは。
>  ○弁明者(清井礼司) だれがどのように研究しておったわけです >  か。
>  ○弁明者(麻原彰晃) フリーメーソンにつきましては、早川、井
>  上が研究しておりました。
>  ○弁明者(清井礼司) というと、その早川、井上の研究成果で、
>  何というかな、あなたは現状分析をやったということになるわけで
>  すか。
>  ○弁明者(麻原彰晃) はい。たまに来ていろいろ話をしておりま
>  したので、はい。ですから、これにつきましては、九三年ぐらいの
>  説法でも私自体が全然説明できませんので、早川、井上の方で説明
>  した説法があると思います。

全然説明できないことは、ないでしょぉー (^0^)
ええ、たしかに井上クンがたくさん資料を集めてたんです。 東京の青山道場に93年に遊びに行った時、井上君がメロンに 「最近、フリーメーソンや魔術の本ばかり読んでて少しおかしくなってる」 とか言ってたのを覚えてます。
でも、導きに超多忙な彼が、どうやって資料を収集するのか?  もちろん黒幕には、同じ青山道場のI君(実名出ちゃったヨ…)がいたんですね。

井上がどうしてフリーメーソンや西洋魔術の研究に没頭してたかというと 「導き」の手段として使っていたようでもあります。 あと、麻原にそれを報告する義務もあったんだと思います。 あの頃、麻原を取り囲んでI君や、井上、早川なんかは、相当エグい話してたはずです。 「メーソンの秘儀を麻原が解明しよう」としてたのは、有名な話ですね。 そして麻原自身、自分の過去世は米国メーソンの創設者だったと言ってますね。 しかし、それがオウムの教義の中心というか、根幹に据えられたのは こうした若者中心の、密談があったからこそでしょう。

そうすると、麻原は井上やI君といった若者に、乗っ取られた… そう言えなくもないんじゃないかなぁ。 血気盛んな愛弟子たちが、盛んにフリーメーソンの陰謀説を吹き込んで 麻原がそれにうまく同調した……そう考えてもいいのかな? もちろん、89年頃から、メーソンの陰謀について麻原は言及してます。選挙がらみで。 とすると、根源はそこにあるのかも。でも誰が吹き込んだのか…? そこまでは、メロンもわかりません。

しかし、麻原の極度の被害妄想は、メーソン(=日本国家)という擬似勢力に責任を転嫁し、 外界の一切を、自ら拒絶しようとした。 そして、外界に居る「見えざる敵」への戦闘準備を、 実は落選直後から、極秘にやってたんですね。 94年になると、実はその「見えざる敵」が教団内部にも居るという妄想に駆られ ナルコやダツラなどが行なわれましたね。

メロンは1つハッキリと言えますが、 オウムの(ような)組織が「闇の世界組織」に狙われるわけがない、と ずっと思ってたんです。 いつも麻原は「わたしの命を奪うためだ」と言ってたけど メロンは、オウムの警備がいかに隙だらけか、知ってるからね。 ホントに命を奪おうとしたら、そう難しいことはない。

そうじゃなくて、やっぱり麻原は、メーソンに憧れてたんだと思うな。 強烈にメーソンを意識することで、オウムも秘密化された、世界を牛耳る完全な組織に しつらえたいと、思ったんではないか? でもそれって、結局は、財産と権力の獲得が目的だったんだと思うけど。 どうして純粋に宗教ができなかったんだろう? それだけが、気がかりなんです。

Re:フリイメイソン。投稿者:カピラ  2000/10/07 06:18

このメロンさんのオウムのフリーメイソン陰謀説への傾斜の過程の分析は、非常に興味深く読ませてもらいました。 オウムは純粋に、宗教活動だけ、どうして専念出来なかったのだろうか。 結局、ノストラダムスだとか、イルミナティーだとか、ユダヤの陰謀だとか、フリーメーソンだとか、 そういう外部の雑音に惑わされて、内面の探求が疎かになってしまったのではないでしょうか。 それで、なぜなのか?というのが、メロンさんの疑問でもあるのですが、 このメロンさんの考察は オウムの「武装化」の過程の分析には非常に参考になるのではないかと思います。 オウム創設の時期である1986年頃は、宇野正美という人のユダヤ陰謀論の本が、 かなりの人に読まれていました。教祖もこういう本の影響を受けていたことも、原因の一つに 挙げられるのかも知れません。

それと、ノストラダムスの予言の影響に関してですが、 五島勉氏の「ノストラダムスの大予言」の、日本人の無意識への、甚大なる浸透によって、 日本人全体の集合的無意識に、終末予言が刷り込まれて、それが臨界点に達した とき、 オウムのサリン事件として、日本人のハルマゲドンへの不安の集合的無意識が部分的に発現したと見ることも出来るでは ないか。そういう意味ではオウムは日本人の無意識に動かされていたことになる。 まあ、たぶん、教祖の妄想だよ、の一言で片づけられるのがおちでしょうが。

再び、メイソン。投稿者:メロン 2000/10/09 01:53

> オウムが出来たころの、1986年頃は、宇野正美という人のユダヤ陰謀論の本が、
> かなりの人に読まれていました。教祖もこういう本の影響を受けていたことも、原因の一つに
> 挙げられるのかも知れません。

そうそう、石○クンのデスクには、宇野氏の著作や講演テープが たくさん置いてありましたよぉ。 あと、日本のメーソンのビルを撮影した写真とかも、たくさんあった。 『ヴァジラヤーナ・サッチャ』も、石○クンたちが中心になって作っていましたが 例えばNO.6(95年1月)の特集「恐怖のマニュアル 完全世界征服!ユダヤの野望」を見ても明らかだけど 彼らのソース(資料)は、宇野氏の本だけなんですよね。 しかも、何の検証もなく、自分達の論を進めるに好都合な箇所だけを引用している。

しかも、彼らの論拠の根幹である「シオンの議定書」については、ほんの数行の検証のみです。以下――

 「これを偽書として無視するのは危険きわまりない。それは、内容を見ればわかる。  20世紀の世界が、この議定書どおりに進んでいることは、歴史が証明しているからのだ。つまり、もし仮にこの議定書が創作だとす れば、これは恐るべき未来予言の書ということになってしまうのである。  やはり、議定書は本物と見るべきだろう。」(65頁)

極めてお粗末な、検証です(笑)。文体も、石○クンのにそっくり。 「議定書」を読んでも、別に「未来予言の書」ではないことは明らかですし、 オウムが奉る「シオンの議定書」と、今日のメーソン(=オウムの仮想敵)との関連も、まったく不明。 逆にオウムは、「シオンの議定書」に便乗して自分達の国家を作ろうとしてたところさえある。 オウムの信者以外は「家畜」とみなしていたし、彼ら家畜に対しては、 どんなことをしても構わないとまで公言していた。 要するに、やってることは一緒なんです。(笑) しかも、この本に書かれているオウムなりの予言というか、未来の政局は、外れてばっかだし。(笑)

ちなみに、メロンは「議定書」をどう思っているのかというと 19世紀〜20世紀にかけての西欧絶対主義というか、アジア諸国を統治・支配し、植民地化し、 自分達の思想=キリスト教思想を押しつけようとしていた潮流がありましたよね。 たくさんの植民地に、まず派遣されたのは宣教師団で、 彼らが最初に「野蛮」とされた原住民たちの言語を習得していったんです。 そして植民地から採れる物資や資源、文化遺産もすべて、西欧社会を潤しましたね。 人類学で言う「オリエンタル・ルネッサンス」の時期です。 同時に、物質的に豊かになっていく西洋人たちの意識の堕落も、起こったわけですよね。 そういう彼らの暴挙というか、彼らの世界に対する、 同じ西欧世界からの1つのカウンターアタックとしか、メロンは考えてないんです。 またあの「議定書」には、キリスト教(ユダヤ教)的世界観が根幹にありますよね。 それを日本へ持ってきても、しかも現代社会に適合させても、どうしても無理があるんじゃないかな。 単なるテクストの解釈にしか、すぎない。それで信者を煽るのはおかしいし、 同じ土俵にチベット密教を持ち出しても、ぜんぜん合わないし。(笑)

だから、こういう「ユダヤ陰謀説」は一見面白いのですが 語るだけ意味がないというか、「だから何だ」というか。 不安を煽るだけの無責任な言説は、まったく何の役にも立たない。ただ疑心暗鬼を増すばかりで。 宇野氏も、いろいろ書いてますが、あの人は具体的に何をしたいんでしょう? ちなみに彼は、サリン事件の後で、オウムのことを「メーソンの手先」と書いてました。 案外、そうかもね。(笑)

知ったかぶり発揮!投稿者:事情通(アレフ広報部の方だと思われます(Kaivalya注)) 2000/10/09 04:05

>『ヴァジラヤーナ・サッチャ』も、石○クンたちが中心になって作っていましたが

ヴァジラヤーナ・サッチャには芦川君(笑)はまったく関与していない。

芦川君は当時法皇官房の実質トップ

ヴァジラヤーナ・サッチャ編集部は知子夫人率いる郵政省管轄
教団全体の流れとしてヴァジラヤーナ化を進めていたのは 法皇官房だからその流れに巻き込まれていたのは確かだが 書籍の編集にはまったく芦川一派(笑)は関与していない

当時の「省庁間の壁」があまりにも高かったのは有名

編集長は京大出身の女の子
これくらいでいいかね?

らくさんなら知ってるのでは? 思いこみが先立つと事実を見失うよ

事情通さんへ 投稿者:メロン 2000/10/09 04:51

> 編集長は京大出身の女の子
> これくらいでいいかね?

河○クンの彼女だった人でしょ? 彼も京大やめて来たんだよね。

彼女が編集に来たのは93年末か94年初め頃で その頃は、石○クンが、リーダーだったんだよ。 つまり彼女は、石○クンの元で、ワークしてたということ。 メーソン関係の膨大な情報を提供したのは、石○クンなの。 もっと勉強してね。(笑)

>「ヴァジラヤーナ・サッチャ編集部は知子夫人率いる郵政省管轄
>教団全体の流れとしてヴァジラヤーナ化を進めていたのは
>法皇官房だからその流れに巻き込まれていたのは確かだが
>書籍の編集にはまったく芦川一派(笑)は関与していない

ヴァジラヤーナ・サッチャ」N0.6が出たのは95年だから 、 当然、石○クンは編集には居ませんねぇ。当たり前ですが。 メロンがずっと言ってるのは「メーソンの情報を誰が麻原に吹き込んだか」であって 「VS」の編集長はだれかなんて、最初から問題にしてないわけ。(笑) 編集経験もないような、素人若者の集団だもんねぇ。

あの時期の郵政省なんて、教団への影響力ほとんどなかったんだし。 その前の、石○クンが編集長やってた頃の編集が、くせものだと思うけどな。 時期的には短いけど、教団が暴走した時期と一致するし 彼らが手掛けた書籍や雑誌などを検証すると、もっと分かるかも。

なんか議論がかみ合ってないのでは? 投稿者:らく 2000/10/09 15:23

ども。呼ばれたので来ました。(笑)

> ヴァジラヤーナ・サッチャには芦川君(笑)はまったく関与していない。

に関しては、事情通さんが言ってることが事実です。 もちろん、ソースの提供ぐらいは関わってるかもしれませんが、 それについてはわたしは知りません。 原稿に関しては一切書いてないはずだと思う。

芦川君(笑)が編集のリーダーになったのは、93年の夏すぎぐらい。 旧編集部のメンバーが他部署に異動して、完全に新しいメンバーの 編集になったわけですね。 で、94年になるとコスモクリーナーやらPSI関係で、教団の対外的 な活動はほとんど休眠状態になり、省庁制ができる4月か5月まで、 出版活動はほとんどストップしてました。 なので、芦川君(笑)が出版のリーダーだったのは、実質93年の後半 から94年の頭までの数ヶ月ということになります。 「京大出身の女の子(笑)」が編集に配属されたのは、芦川君(笑)率いる 新編集部ができたときですので、93年の秋ですね。

メロンさんの

> メロンがずっと言ってるのは「メーソンの情報を誰が麻原に吹き込んだか」であって
> 「VS」の編集長はだれかなんて、最初から問題にしてないわけ。(笑)

という言い分もわかるんだけど、

>『ヴァジラヤーナ・サッチャ』も、石○クンたちが中心になって作っていましたが

に関しては事実でないんだから、そこの部分はちゃんと認めた方が議論が スムーズになるのでは? なんか、そこで足引っ張り合っても不毛なだけだと思うのですが。

ところで、事情通ってだれだ?(笑) だれかの紹介でここに来たなら、どのへんの人かわかるようなハンドル 使うのがマナーかも。 まあ、検索かけて探し当てたんなら関係ないけどね。(笑)
【注】これは、Kaivalyaがアレフ広報部にお知らせしたので、広報の方がご指摘して下さったの でしょう(笑)。

◆まちがえてました… 投稿者:メロン  2000/10/10 01:43

> >『ヴァジラヤーナ・サッチャ』も、石○クンたちが中心になって作っていましたが
> に関しては事実でないんだから、そこの部分はちゃんと認めた方が議論が
> スムーズになるのでは?

そうでした。たしかに、メロンはそう書いていましたね。 自分の書いたことを、すっかり忘れていました。(^-^;;
石○クンは「ヴァジラヤーナ・サッチャ」の編集自体には、関与してないですね。すみません。ザンゲです。

言い訳がましいですが… メロンの記憶も曖昧な部分が多いので そこらへんは、指摘してくれると、ありがたいです。>関係者
べつにメロンは、しったかぶりをしてる訳ではありません。 誰も語らないから、1人で勝手に語ってるだけだよーん♪

あと教団内部って、あるワークをやってると、他のワークやってる人達の意識とか状況が 全く把握できないこと、あるでしょ。 で、元信者と名乗る人々(メロンも含めて)がいろんなこと言うんだけど それらは、教団のある1つの相、局面でしかなかったりする。 だから、いろんな人の証言や記憶を統合することが必要なんだけど
【このメロンさんのご指摘は非常に重要だと思いますし、同感です。私の持論、ホーリスティックに オウムを捉える、というスタンスと同じですね(笑)(Kaivalya)】
みんな、あんまりやってないみたいね… カナリヤの連中とかも含めて。 その点、ネットって便利だよね。本音が言えたりするから。 ま、ここもそういう空間になればいいと思うんだけど。回向。

元オウムサマナ、メロン氏、オウムを語る--(5)--


元オウムサマナ、メロン氏、オウムを語る--(3)--へ戻る



このページは GeoCitiesです 無料ホームページをどうぞ