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(2004/2/25)

 元オウムサマナ、メロン氏、オウムを語る--(5)-- 

--富士宮総本部の想い出やリネージ・ホルダー(伝承者)について --


◆ 初めて富士宮総本部に、着いた日。 投稿者: メロン2000/10/11 01:26

ある年の暮れの、真夜中でして すごく空気が綺麗だったのを、覚えている。かなり冷え込んでました。 水がすごくおいしくて、あんなうまい水飲んだの生まれて初めてで感激したなぁ。

朝になって外へ出ると、あまりの富士山の大きさに、しばらく言葉が出なかったんだ。 「なんでこんなにデカいの!?」って感じ。 しかも、形がすごく綺麗なんだよね。富士宮市内で見るとちょっとブサイクな富士山なんだけど。

富士宮総本部に初めて来たときは、すっごくサットヴァな空間だって思ったな。 当時は上九とかもなくて、富士宮に麻原が住んでいたせいか、 空間自体が、支部なんかとは全く違うんだよね。 あと中で働いているサマナの、なんとサットヴァなことか!(笑) 道場に入った瞬間ダルドリーとか起こる、おのぼりサマナもいたし。 おのぼりメロンも入ってすぐ、いくつかの体験をしました。

それから結局、上九ができるまでずっと富士宮で暮らすことになったんだけど 、 やはりすべては無常でして、あんなサットヴァな空間も、年月が経つうちにどんどん下降しましたね。 同時に、ネズミの繁殖がすごくなって、手に負えなくなってきたんです。 ネズミの尿って、すっぱいような、独特の臭いがあるんだけど、 その臭いが、道場に充満してたよなぁ。 しかもネズミってダニを運ぶから、どこに居ても、すごくかゆくてね。 住んでるサマナの質もどんどん低下してきたし、2階では相変わらず成就修行やってたけど、成就者も出なくなった。

昔、編集やデザインは総本部の3階(屋根裏?)にあって、 ナーギタとかもそこでマンガ描いてたし、岐部さん(カッサパ)もデザインで頑張ってた。 今思えば、あんな狭い空間にどうしてあれだけの部署が集まれたのか、不思議。 夏になると、天井が屋根だったから、ものすごく暑くて。 道場の熱気も上へ昇るから、3階は蒸風呂のように暑かった。 でもみんな、あそこで頑張ったよぉーっ!!

懐かしい思い出ばかりだけど、やっぱりメロンは上九の方が、好き。 富士宮総本部は、すぐ前を道路(国道139号線?)が走ってて、 夜なんか暴走族がけっこうウルサイんだよね。 自然の綺麗さも、空気のおいしさも、富士山の大きさも、 上九のがずっと上だったように思う。 上九は、メロンの心のふるさとだよ。

【富士宮周辺案内(笑)】
富士宮総本部道場のすぐ近くには、白光シンコウ会(漢字忘れた)の道場がありますね。(今でも) 怪しくって、近づいたことありませんけど。(お互い様かぁ)

あと富士宮には、なんといっても白糸の滝があります♪ ものすごく大きな滝なんですよ。なんでも、國の天然記念物らしい。 あの轟音は、夜に聴くと怖いです。 道場から、歩いて1時間くらいだったか。

あと総本部のすぐ近くには「まかいの牧場」っていう大きな牧場があったよ。観光客も多い。 メロンは中に入ったことないけど、おいしいステーキとか売ってるらしく、サマナで食べた奴も多いとか。 冬は閉鎖されるそうで、侵入して寝泊りした極悪サマナもいるみたい。(-_-メ) 道場から富士宮方面へ30分ほどテクテク歩いて、道路右側の草薮を右に曲がり、ずっと歩くんだよ。

富士宮市内は大して面白くないけど、(笑) 富士浅間神社っていう、大きな神社があるんだよね。 そこはけっこう好きだった。紅い大鳥居があって。

以上、観光案内でした。(笑)

富士宮総本部に居る夢を、脱会後も、よく見るんだよなぁ。(笑) 牛のように、平和な生活だった…… (^0^) でも、やっぱり国道139号だかが、邪魔なんだよね。 あの道路が、外界との唯一の接点というか。

三角屋根の総本部の奥には、第1サティヤンが隣接してたでしょ。 で、国道沿いにもう1つ建物があったの。 うちらは「倉庫」って、呼んでたけど。 初めのうちは本当に倉庫だったんだけど、そのうち階段ができて、 2階・3階・4階ができて、そこが編集・デザイン・アニメ班の拠点になってた時期があった。 たしかその頃もう上九(朝霧?ちがうよネ)に印刷工場ができてて、 デザインの連中が、上九と富士の間を、往復していたよ。 時期でいえば、91年かな。 MAT(アニメ班)は、ずっとここの最上階を利用してたよね。 1階は、ビデオ班と装飾班だった気がする。あってる? 91年は上九の建設ラッシュでして、村民との抗争も絶えなかったですね。 メロンもよく巻き込まれました。(笑)

富士の「倉庫生活」は、メロンの出家生活で、最も印象深い時期の1つです。 断熱材とかないから、すごく寒い(夏は暑い)んだけど、 隣は第1サティヤンビルで、麻原がいつも屋上で、アーチャリーなんかと 経行修行してるのが見えたから、とてもいいロケーションだったんです。 麻原は、雨の日も濡れながら、ずっと経行してましたよ。

マットも立ち上げたばかりで、思考錯誤しながらワークをしていたし、 デザインもカッサパやマチクを頂点として、相変わらずたくさんのワークをこなしてた。 編集は、91年に救済元年(だっけ?)だかが始まって 在家信徒中心に、教団が変わりつつあった。 布施と教学を中心として、テストを作ったり、在家信徒に説法士の授与を行なったり。 麻原も、各地で頻繁に説法会を開くようになりましたね。 支部活動も、たぶん活発化していったんでしょう。メロンはよく分かりませんが。

話を戻すと、ここで編集幹部と麻原で重要な会議が行なわれ、 教団の方向性が、大きく変更されることになったんです。 「Kの科学」に影響を受けたのも、1つあります。 それに関連して、麻原は大学生に、ターゲットを絞るようになるんですね。 ただしこの時期に、ほとんど出家者は出ませんでした。

オウムの教義を再構築し、完全な形で、すなわち「経典」として後世に残そうという試みがあった。 『麻原しょーこーの世界』シリーズなんて、その典型でした。 このシリーズは、回を重ねる毎に、手抜きになりましたが (^0^) (ていうか麻原が力を入れるのは最初だけで、後ですぐ飽きちゃうんですが) でもこの時期、オウムは南伝仏教を根幹に据えたことは、間違いない。

ほとんどの教義は、南伝の翻訳チームが発掘・生産していくことになりました。 もちろん麻原が吟味を重ねて、完全な翻訳を作るのですが。 この時期の麻原の説法などをご覧になっても、いかに南伝仏教に熱を入れていたかが分かります。 麻原自身も、サキャ神賢とのコンタクトを頻繁にとっていたようです。 インドの仏跡にも頻繁に訪れ、サキャ神賢の残した(コーザルの)データを必死で解読してるようでした。

南伝仏教は、危険性がないそうです。 オウム流の考えでは、チベット密教がマントラや「変容」を用いる、 つまりいずれも、アストラス世界に働きかけるのに対して 、 南伝は、コーザルへ直接アプローチするからです。 この時期、南伝仏教の奥義が、余すところなく、開示されました。 とはいっても、在家信徒さんに示されたのはほんの一部でして、 サマナも、その奥義を聴けた人は、わずかだったと思います。 だからといって、深遠な教えが(小菅で)途絶えたわけじゃないので、 そこらへんはちゃんと、今のアレフ幹部たちが責任をもって伝えていくべきでしょう。 メロンが言いたいのは、麻原が提供した南伝の教義は、それだけの深遠さがあったのだ、ということ。 これは、間近に接していた者でしか、理解し得ないことでしょう。

ここまで書くと、なんだかメロンって、現アレフ信者みたいだな……(爆) でも、違うから。 (^-^;)

「表の」掲示板から。(笑) 投稿者:メロン 2000/10/12 04:41

いま、Kaivalya さん(^0^)の「表の」掲示板をのぞいてたんだ。 たぶん、これが初めてだったりして。 いろんな方が、参加してましたね。読んでて面白かったです。

その中の ○○○ さんの書き込みから:

>「ここらあたりに、オウムの暴走の原因がある」というのは詳しくはどういうこ
>となのでしょうか。オウムの麻原さんの近くにいた人でタントラを詳しく読んだ
>人はいなかったということですか。

もちろん、居ません。(笑) ほとんどが、一般書籍からの受け売りです。 もし仮に読んだ(=伝授を受けた)人が居たとしても、 麻原がどれだけ謙虚にそれを受け入れたのか?――という疑問はある。 タントラの基本的な戒律を、麻原はすでに破ってるわけですよ。 いくら自称「解脱者」であろうと、自分の解釈で修行をしてはいけないわけで それぞれの教えには、金剛薩タなどから連綿と続く血脈(リネージ)を保持している、 「リネージ・ホルダー」(伝承者)がいるんです。 そのリネージ・ホルダーからタントラの経典やサーダナ(成就法儀軌)の伝授を受けないで、 その経典を自己の解釈で作り変えてしまうのは、 何のメリット(=功徳)にもならない。どころか、大変な悪業になる。密教では、そう考えられてますね。 ましてや、英語で出版された本を使って、信者用の行法を勝手に作り出すのは 「教えを盗む」に等しいわけで、リネージホルダーたちへの侮辱でもあるし、 オウムの信徒さん方に対する、侮辱でもある。 もちろん、麻原がチベットの高僧から直接伝授を受けた行法もオウムにはあるから、 それに対してメロンは尊重すべきであると思ってますし、口外も決してしないつもりです。

要するに、麻原は「自分がリネージの根本だ」と主張していたんです。 「もともと今に伝わる教えを生んだのは(過去世の)わたしである」 というのが、彼のスタンスでした。 でもこれは、根本的に「三宝帰依」がなってないんだと思う。 密教では、グルが「三宝を統合した存在」とされますから 教えの伝授を受けたグルを尊重する、つまりリネージ・ホルダーを尊重することは当たり前のことで ここに、麻原の傲慢さがよく象徴されているように思うんです。

「グルなき麻原」は、オウム信者を「自分に帰依させる」ことにしか関心がなかった。 もし麻原が立派な高僧に正式に弟子入りして、基礎的な修行をしていたら、 オウムは、あそこまで暴走しなかったと思ってます。 もちろん、教団の規模は、ずっと小さかったと思うけど。 麻原は急ぎすぎたんだと、思うんですよ。 かなりの理解力のある人だったから、基礎的な修行はつまんなかったんでしょう。 でもその基礎の中に、師匠(グル・ラマ)を敬うすべてがあるわけで それを疎かにしてしまったような気がしますね。

すなわち、「帰依とはなにか」が正しく分からなかった麻原が、 自己流の「帰依」を、信徒に押し付けた。 結果をみれば、その「帰依」が正しいものでなかったのは、明白です。 やっぱり、基礎は大切なんでしょうね。

>メロンさんというハンドルネームは単にメロンという
>果物のようでもありますが、「虹と水晶」だかに出て来るメロンという
>チベット仏教の仏具(?)に因んでいるのでしょうか。

フフフフフ… ( ̄ー ̄) 鋭い指摘ですねぇ。
このHNには、いろんな意味が込められてますよ。

霊峰・富士。投稿者:メロン 2000/10/13 03:42

> メロンさんの過去のオウムでの回想、とても、とても(笑)、興味深く読ませてもらっています^^;。
> 私も、過去にタイムスリップして、富士宮道場に到着したような気分に浸っております。
> そして、そこで、オウムの修行をやっているような錯覚が(笑)。

そうですか。ありがとうございますぅ。(≧▽≦) あの「平和な」富士宮生活を、ぜひカピラさんたちにも知っていただくことで、 紋切り型のオウム評を、脱構築できるのではないでしょうか。 世間ではこうした書き込みは、決して許されないというか、 サリン事件などの被害者の立場から、完全に否定されるのですが、 いってみればそれは、一方の立場の権威主義なわけで、 そこで周縁化され、差別化されたものを、回復することでこそ、 新しい時代における、個としての人間の共存の可能性が開示されるのではないでしょうか。
――長ったらしくて、すみません。

> こういう情景をみるにつけ、霊峰富士山の持つ魔力が、破壊の一面を持つシヴァ神を崇拝していた
> オウムを惹きつけたのかなとも思っています(笑)。

霊峰・富士。間違いありませんです。 富士や上九に住んでいると、目の前に巨大な富士山がそびえてますから 、 ときどき独りきりになっては、富士山と「会話」したものでした。 そのうち、目まぐるしく変わる富士山麓の天気が、予測できるようになりました。 山の中ですから、すぐに雨になったり、霧が出たりするんですよ。 富士を流れる空気の流れ、雲の形や変化も含めて、よく分かるようになりましたね。

で、メロンは確信したんですが、富士山は、女性なんですよ。 これは、一対一で「対話」すると、ホントによく分かります。 しかも、かなり綺麗な女性。(笑) 男性的なエネルギーじゃないんですね。 突き放すようなところもあるけど、でもやさしい存在です。

ところで最近、富士登山客が出すゴミで、霊峰・富士がどんどん汚染されているようですね。 メロンは、ホントに悲しいです。(ノ_・。)グシグシ ああいうことをやっていると、そのうち祟りがあるでしょうね。

> それにしても、この写真は、猛烈に刺激的です。
> あのサリンプラントこそ、シヴァ大神の、そして麻原オウムの本当の「神殿」ではなかったのか・・・。

メロンは、サリンプラントが好きじゃないんです… まず、生活感がない。 サティヤンビルは、いままでずっとサマナの生活・修行空間でもあったんですよ。 しかし93年末から、一気にサティヤンの数が増え、工場だとか訳わかんない施設が増えていった。 そこに聖なるものはなく、サマナの魂も宿っていないように感じましたねぇ。

また、あのプラントや一部の工場は、環境を著しく汚染したという意味で、いけません。(笑)

そしてオウム流「ヴァジラヤアナ」の究極の施設でしたから、 やはり異様な空間だったと、思います。(中に入ったことはありませんが) 麻原流「帰依」の、最後の姿。究極の形。 いったんそこでワークをすれば、サマナの意識はやはり一線を画しちゃうんじゃないかなぁ。 つまり、夢の終わり。その後は、空虚さしか残らないんでは。

……などなど、いろいろ想像していると やはりこの施設は、メロンにとってもおぞましい、忌まわしい施設ですね。

> メロンさんの案内を読んで、だいぶ、富士宮や、上九などに興味をそそられ、関心が湧いてきました
> から、余裕が出来たら、是非、あのあたりを散策してみたいですね。

第1上九、第2上九のあたり、農道や国道139号も含めて、 ぜひ散策されてみては、いかがでしょうか。 できれば、富士宮跡地から上九まで、徒歩で行かれたほうが、よりいいと思います。 歩いて2時間くらいかかるあの道路に、サマナ生活のエッセンスがあるというか。(笑) 五感をすべて解放して、空気を感じとってみてください。 また観光案内、書かせていただきまス。(^^)

リネージ・ホルダー(伝承者)について 投稿者:山本英司2000/10/13 15:34

メロンさんの投稿を読んでの感想です。 特にオウムに限らず、密教についての唯物論者の素朴な疑問と受け取ってください。

密教においてはグルからの正式な灌頂が必要である、しかるに麻原にはグルがいなかった。 それなのに密教を説いたのはおかしい。これはよくある批判です。 (世間や被害者にとってはどーでもいいレベルの話でしょうが。)

確かにそうかなとも思うのですが、しかし、グルのグルのグルを遡っていけばどうでしょう。 密教においては根本に大日如来がいて、そこからまあ例えば空海に至る血脈(けちみゃく)が 語られて「正統性」が説かれるわけですが、そんな大日如来なんているわけがない。 きっと誰かがグルなしで、密教を始めたに違いないのです。 また密教経典にしても、埋蔵経典とかいうのも嘘っぱちで、 掘り出したという人が創作したに決まっているのです。

となると、密教におけるグルの存在意義というものは、合理的に解釈するならば、 先にその境地に到達した者から教えを受けた方が危険性が少ないという、 相対的なものに過ぎないのではないでしょうか。 ただ、密教というものはもともと非常に危険性を伴うものであるから、 先達としてのグルの役割も顕教におけるよりは飛躍的に大きいということでしょう。

となると、本当に力のある修行者であれば、独力で密教を体得してしまうということも 論理的にはありえるのではないでしょうか。

それからもう一点。逆に、現在の世界において、密教を説くことの出来る人って、 どれだけいるのでしょう(解説ではなく)。 ツルティム・ケサン氏と正木晃氏の共著による『チベット密教』や『チベットの「死の修行」』 を読むと、凄まじい修行の果てに第四灌頂(その内容は両氏とも知らないとのこと)を 授かってはじめて密教を説く資格があるとのこと。 現在のチベット仏教界にそんな人がいるんかいな、というのが正直な疑問です。

現にダライラマ法王が密教を説いているわけですが、しかし、仏教哲学者としてはともかく、 観想によって多数のホトケを生成しながら性的ヨーガを行ずるなどということが、 解説者としてではなく修行者としてホンマに出来るんかいな、と思うわけでして。 まあ法王はいいとしても、法王から第四灌頂を授けられた者はいったい何人なのか? 現在、密教を説く資格のある者は全部で何人なのか? もしも一人もいなかったらその瞬間から血脈は途絶えてしまい、密教は終焉を迎えると いうことになるわけですが。

この困難を救うのが転生活仏という「制度」ではないかと思っております。 つまり、過去世において既に解脱の境地に到達しておきながらあえて救済のために、 繰り返しこの世に生を受けるわけだから、生まれながらにしてすでにその資格はあるのだと。

となると、先程と同様、過去世において解脱の境地に到達したその生まれ変わりであれば、 生まれながらにして密教を説く資格があると、論理的には言えるのではないでしょうか。

以上はあくまでも論理的な可能性についてであって、麻原開祖がそれに該当するか否かは 別問題ですが。

Re:リネージ・ホルダーについて 投稿者:メロン 2000/10/14 01:09

山本さんの感想なのですが、 たしかに、おっしゃることは、一理あるのです。 そしてこのご意見は、麻原と教団サイドが、自己を正当化させていた根拠でもあるのですが。 その点で、山本さんは彼らの「タントラヴァジラヤアナ」を庇護していることになります。

> しかし、グルのグルのグルを遡っていけばどうでしょう。
> 密教においては根本に大日如来がいて、そこからまあ例えば空海に至る血脈(けちみゃく)が
> 語られて「正統性」が説かれるわけですが、そんな大日如来なんているわけがない。
> きっと誰かがグルなしで、密教を始めたに違いないのです。

たしかに、釈迦や大日如来からのリネージ(血脈)というのは、 人間がそう宣言しなければ、始まりませんよね。 そこで密教では、法身・報身・変化身の三身が、出てきます。 教主・法身普賢 → 報身金剛薩タ → 変化身○○… と、 変化身(チベット語でトゥルク)はこの世に生を受けた人間ですから、 実質、この方が人間の世界に教えを広めることになるんでしょう。 しかし、その方だって「蓮華から生じたような」聖人 (^^) であったとしても、 彼にだってたくさんのグルがいたんですから(少なくとも伝記にはそう書いてある) グルの系譜(というか、人間の叡智)というのは、 ずっと続いているんだという世界観が、あるわけですね。世界の微分化。 それにしても、最初にこの世で教えを説かれた方は、天才修行者だったのでしょうね。

あとですね、密教ではこうしたリネージが誰につながるのかが分からないと、 「祝福」(加持)が、働かないようです。つまり、修行しても意味がない。 人間より上の、解脱した生命体が放つ、高度なエネルギーと言ってもいいでしょう。 ここらへんは、信じない方が居てもしょうがないのですが(だから密教なんだけど)。 実際に「灌頂」を受けられると分かりますが、まず導師(ラマ)は 今から自分が授ける灌頂がどのようなリネージで、だれによって説かれ、 自分(導師)までどうつながるのかを、説明してくれます。 リネージの所在を、はっきりさせるためです。 例えば、法身普賢につながる修行をするときは、法身普賢から祝福をいただいて、浄化なり合一なりをします。

「埋蔵経典」というのは、こうしたリネージが「遠い」(と我々は言いますが)のに対して、 夢の中や瞑想中に、あるいは地中から「発掘」してくることで、 リネージをぐんと近づけ、強力にするといった意味があるでしょう。 実際、リネージが遠いと、法身普賢や大日如来にはつながりはしますが、 祝福も、教えのエッセンスも、弱くなってしまう可能性がある。 それを(リネージを)何代もジャンプしてしまうことで、ぐんと祝福を強めることができます。

じゃあ、オウムはどうなんだというと、 オウムのようにリネージが「シヴァ大神 → 麻原」という極めてダイレクトなものだと、 実質、麻原の指示は、限りなく真理ということになってしまいますね。 それだけじゃなく、問題は、チベット仏教のタントラすべても、 自分のリネージに組み込もうとしたことです。 この背景には、「形骸化」した他の宗派たちよりもオウムが優れているんだという麻原の誇示や、 他の偉大なラマたちを尊敬しない、傲慢さがあるんではないでしょうか。 前にも書いた「帰依」の欠如ですね。基本的なことですが。

でも考えると、麻原の「リネージ 一本化構想」って、 いわゆるフリイメーソンの「世界統一」と同じっていう気もするな。 教えの統一をして、今度は実際に日本を統一しようとしたのか?

> 密教においてはグルからの正式な灌頂が必要である、しかるに麻原にはグルがいなかった。
> それなのに密教を説いたのはおかしい。これはよくある批判です。

麻原がべつに密教を説いてもいいのですが、 すでに存在しているリネージ(血脈)に対して、敬意を持っているかどうかが問題では? すでに存在する血脈の、宝石のような経典を、許可もないのに大金はたいて強奪したり、 血脈を無視するような行為に出るのは、まったくナンセンスだと思うのですが。 いくらそれが「真理が途絶えてしまう前にオウムが食い止める」といっても、 自分のサマディの境地から経典を取り出せばいいだけで。( ← これって埋蔵経典♪) そうではなく、伝統のエクリチュールを拝借するんなら、ちゃんとリネージに敬意は払うべきでしょう。

> となると、本当に力のある修行者であれば、独力で密教を体得してしまうということも
> 論理的にはありえるのではないでしょうか。
> となると、密教におけるグルの存在意義というものは、合理的に解釈するならば、
> 「先にその境地に到達した者」から教えを受けた方が危険性が少ないという
> 相対的なものに過ぎないのではないでしょうか。

おっしゃることは正しいのですが、「先にその境地に到達した者」という優越性が生じるのは、 オウム的だと思うし(笑)、おかしい気もします。 どの師に対しても敬意を払うべきでしょう。 到達した心の境地は、一切の時間・空間を超越して等しいとされるから。

そしてもう1つおかしいのは、なぜ麻原は伝統に固執したのか?――という疑問です。 メロンはよーく知ってるのですが、麻原はチベット式の儀式がやりたくて、 石○公一クンを使って、法具やらマンダラの書き方やらを、徹底的に調べさせたのですよ。 どうして、わざわざそんなことする必要があるのか? もし伝統に沿ったやり方がしたいなら、どうして自分から頭を垂れてラマに就き、学ぼうとしなかったのか?

メロンの考えを少しだけ書くと―― 麻原は、とても勉強熱心なんですね。 たぶん、チベット密教をもっと勉強したかったんだと思うな。 あと、チベット密教に対する、ある種の憧れがあったんだと思う。 チベットの経典というのは、瞑想法にしても極めてシステマティックですからね。 いつか麻原が言ってましたね、「チベット密教はシステマティックだ」って。 でも自分の体と時間には限界があるから、弟子達にやらせていた。

あと彼は、あくまで仮説だけど、覚醒の境地に達することはできたけど、 まだまだ、その境地が不安定だったんじゃないかと思うんです。 だから、チベット密教にはその境地にとどまり続ける方法があるから それを学ぼうとしていたのかもしれない。 でも知識だけを得て自分の中で租借しようとしても、実質無理だということに気付いた。(これは事実) チベットの経典(サーダナ)って、そういうふうにできてるんですよ。 読むだけじゃ実習できないようになってるんです。 そこで、麻原の中にわだかまりというか、あきらめというか、 一種のシコリみたいのが、できたのではないでしょうか。 だって、チベット密教からPSIへは、どうやってもつながらないもの。 あるいは、93年でもう飽きちゃったのかもしれません。(苦笑)

独力で密教を説きたいならば、自分で創り出せばいいじゃない、とメロンは思うし、 実際そうやっている、チベット人高僧もたくさんいらっしゃいます。 これは、自然発生的に存在する覚醒の境地から放射される智慧の光から、 自在に教えを説くことができるからでしょう。 そういう心の境地に到達している高僧たちの中で、 「真理が途絶える前に経典を手に入れよう」なんていう方は、いません。(^^) 真理の経典なんて、まだまだたくさん「埋蔵」されてるんですし。 皮肉なことに、オウムの側近達が大金をはたいて手に入れた経典には、 こうした「埋蔵経典」も、たくさんありました。 その埋蔵経典を、もう1回「埋蔵」から掘り起こそうとしたのは、滑稽だと思いません?

ラマにとって、リネージを受け継いでいくことは、極めて重要です。 そうしていかないと、今度は自分が弟子に教える(伝授する)ことができないからです。 そうじゃなくて、密意で教えを説かれる(覚醒の境地から教えを説く)ラマたちは、 心の本質に完全な状態でとどまっているから、なにかを足したり引いたりすることは、ないのでしょう。

> ツルティム・ケサン氏と正木晃氏の共著による『チベット密教』や『チベットの「死の修行」』
> を読むと、凄まじい修行の果てに第四灌頂(その内容は両氏とも知らないとのこと)を
> 授かってはじめて密教を説く資格があるとのこと。
> 現在のチベット仏教界にそんな人がいるんかいな、というのが正直な疑問です。

まあそれは、「特定の宗派」の話であって。(笑) 心の本質にとどまることこそが重要だと、メロンは思ってますから。 「法王から第四灌頂」云々を気にする必要は、ないと思う。 偉大な導師は、まだたくさんいらっしゃるはずですよ。

法王だって、成長過程で、誰かから灌頂を授かってるんだし。 生まれながらにしてリネージ・ホルダーってことは、あり得ないんです。 カルマパが今年、どうして亡命したかを考えても、分かるでしょう。 中国には、カギュー派のリネージ・ホルダーが、いなかったからですよ。 自分の代でリネージが途絶えてしまうのを、怖れたんですね。

以上、返答が長くなってすみませんでした。


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