
(2004/3/1)
元サマナてんまさんと、現役サマナ神秘さんとの真理闘論(1)
【以下の闘論はすべて1998年のときのものです。】■Tenma さんへ 投稿者:アルマ 投稿日:09月11日(金)21時56分39秒
はじめまして、でしょうか。わたしは今年の3月にオウム真理教に入会した者です。 ある方とのメールのやり取りでTenma さんへの投稿に対するレスがありますので、 こちらに転載します。上祐F.C掲示板の投稿に対するレスも合わせて載せます。 この投稿に対するレスはどんなものでもわたしが責任を持ってこの方にメールで そのまま伝えます。
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Re:回転速いねここは 投稿者:Tenma 投稿日:09月05日(土)01時08分38秒> その通りですね。結局、輪廻転生があるかどうか認識出来ていないのに、それを
> 既成事実として受け止めた上で、修行が始まっている。現世での生、境遇など
> すべてを前世の結果として見つめるところから始まっている。
> もし、前世の記憶があるのならばそれも意味があるが、そうでないものに
> とっては、証明し得ないフィクションを信じ修行しているとしか言いえない。
自分の狭い観念だけでの判断だと大きなミスを犯すということを彼らは理解しな いといけない。証明するしないは自分で体験するのが早道である。それができな い人は先達の体験や過去の聖者の話を信じるしかないだろう。
> それに対し、オウム信徒はこう言うでしょう。成就者には意識の連続があり、
> 死んでも現世での経験を持って行けると。では、実際に過去世において幾度も
> 解脱している麻原は今生、前世の記憶を持って生まれて来たのでしょうか。
> 前世からの修行の続きをしていると言われる、多くの信徒達の中で過去世の
> 修行体験をもって生まれて来たものはどれだけいるのでしょう。
> 一般凡夫には意識の連続がないわけですから、死んだら意識が途切れます。
> そして、地獄に転生しても、何のために私は苦しんでいるのだろうと思うばかりで
> 自覚がない、そのような転生に何の意味があるのか。
本気で自覚がないと信じているとしたら「大バカ」である。彼らはドラマの記憶 喪失と転生を同レベルに考えているようだが、そんなにカルマの法則は甘いもの ではない。一つ例を上げよう。夢を見ることができる人は経験があると思うが、 夢の中では現実の自分の記憶が全くない場合が多々ある【私はよく経験する】そ の時の夢の中の自分はまぎれもなく私という自覚はある。でも現実の自分という 認識はかけている。これは輪廻転生と非常に似ている。過去世の記憶はないが、 現在の自分の自覚はある。夢の場合は目が醒めると夢の内容を忘れることもある が覚えている場合もあり、尚かつ目が醒めた現実の世界の自分という存在も思い 出す。これと同様にバルドー【中間状態】に入れば過去世の記憶は甦り、悪業を 成した魂はその苦しみの多さに恐怖しながら転生しないといけない。
この夢の経験から推察すると輪廻転生が当たり前であるならば、私達が今の生活 を続けていると大いに苦しみの世界へと堕ちていくだろう。
>オウムでは容姿は前世での口の行為のカルマにより、決まると言っています。
> そして、天界に行くほど誰もが美しい容姿を持っているらしいのです。ですから、
> 今生、容姿の悪い人間は前世のカルマが悪いと言えるでしょう。オウムの論理に
> よれば、人は外見で前世を判断しろと言っているようなものです。ところが麻原の
> 容姿はどうなのでしょう。自分の不細工な姿を棚に上げよく言ったものです。多分
グルのイニシェーションを忘れたのだろうか? 偉大な聖者が、弟子の悪しきカルマを背負いそれにより、自己の身体を痛められ ることなど、真理の実践者として、多くの聖者が成されてきたことであり、その 濁りが次の転生に形状容姿に濁りとして生じる場合もあるだろう。ただし、私は グルの形状容姿は個人的には大好きだが・・・
> アストラルではアニメの麻原の様な美しい姿をしているのでしょう。お笑いです。
> あとこんなのもありました。彼の説法を読んでいる人は知っているでしょう。
> 私は今の状態で死ぬと、来世、巨人軍のピッチャーとして生まれ変わる。
> なぜなら、現在過去に修習した野球のデータが出てきているからだ。
> といった内容のものなのですが、私はこれを読んだ時、「お前は最終解脱者
> ちゃうんかい。なんでそんなデータが出てくるんや。おかしいな。」と思った
> ものです。それに過去において野球を筆頭に、スポーツ全部を無智に至るもの
> とし、来世には動物に生まれ変わると言っていたのに、この説法では野球は智慧を
> 使うから人間界以上などとほざいているのです。
教学不足の人の戯言は哀れである。 「データは消滅はしない」ということを理解していない。修行によって「データ は止滅」するものであって「消滅」するものではない。ようはそのデータに囚わ れるかどうかが問題なのである。この時の尊師は多くの人々にエンパワーメント をしていた時期なので、ナーディーの詰まりでアナハタ、ヴィシュッダの状態だ と思う。従って、その時に転生した場合の話である。そしてそのデータが優位だ から次の転生先は人間であり、野球は思索も含まれているからとの話で、その次 の生は真理の実践をしないと動物であるとは説法でもいわれている。説法をいい 加減に聞いている人間ほど批判が強くて困る。
> インドに生まれた貧しい子供たちは今生を前世の結果としてあきらめ、来世
> 幸せに、裕福になれるようと祈ります。その悪しき制度がカースト制でしょう。
> 金持ちは前世の行いが良いからなのか。生まれた時から前世の呪縛に縛られて
> 生きてゆくのが有意義な生き方なのか。そんなのくそ食らえだ。
やっぱり教学が極端に不足してますね。 身分制度そのものがカルマの法則に従って形成されている。よって貧しい者は戒 を守り怠惰さを捨て努力しなければならないし、裕福な者は貧しい者に施しを成 さなければならない。それを実践してはじめて自己のカルマが浄化されるのだ。 そんな初歩的なことも忘れてしまうとは、いかに自分勝手に真理の法則を実践し てきた証拠である。
> 釈迦は何度も生まれ変わり、解脱をしたといいます。最初の頃は動物だった
> 生もあります。即ち、我々凡夫が今生努力したとしても、最終解脱には
> まだまだです。そんなフィクションを信じ来世の幸せに賭けるのが有意義な
> 生き方だろうか。それに釈迦の前世誕では動物が口を言ったり、布施したりとか
> 訳の解らぬモノが多い。こう言いたいのではないだろうか、動物でも布施する
> 賢い魂がいるのだから、あなた達も布施しなさいと。
自分のレベルでしか理解できないから、自分の都合で解釈するから、自分の価値 で計ろうとするから、過ちを過ちとも思わなくなるのです。 布施は修行の土台です。自分の煩悩を落とす実践です。それを実感できないとは ・・・何年修行したのだろう・・・
> オウムでは、貧乏で真面目な人より、金持ちで地位もある人が歓迎されます。
> 麻原はその人のレベルで極限の御布施をしなさいとよく言っていたものですが、
> 結局は大金を布施する人を優遇します。そしてこう言います。現世での成功者は
> 徳がある(前世もいいから、今生も成功している。)その徳を修行に向けることに
> より、成就も普通の人より早いと。
> 結局、オウム世界も現実社会とはたいして変わりはなかった訳です。
そんな人はほとんど皆無だと思うが・・・ お金持ちが成就が早ければ、某宝石商だった元信者なんて当時だったら一気に正 悟師ですね。(笑)でも彼は今では反オウム。お金持ちを特別待遇した話は聞い たことも見たこともないなあ。こういう風に比べる人の方が心が貧しいと思うの だが・・・
まあ、お金を布施をする人の方が、お金がない人より、その時点では徳があるで しょう。でもあくまでもその時点です。それを奉仕や持戒を守ることによって縮 めることはそんなに難しいことではない。そんなことにこだわりがあればあるほ ど見返りを求める心が強く無償の奉仕ができていないのだろう。 自分と他人を同じだと思うな、それは傲慢のはじまり。
> (無題) 投稿者:Tenma 投稿日:09月05日(土)01時57分32秒
> 何一つ確かなことなどない。
> 真理が証明されることもありえないし、生きるべく指針なんてありゃしない。
> ではどう生きるべきか。不安だらけ。
> 確実な未来などないし、全ては不確定で、不安だらけ。
> 死後なんて証明し得ないし、死んだらどうなるかなんて誰にも解らない、
> 不安だらけ。
人は生まれる、人は死ぬ、人は病む、人は老いる これほど確かなことはない。(・_・)b 過去の聖者は証明している。
> 理不尽で、無常で、生きている意味など見出せない。
> 不安は死ぬまで付きまとう。
> それが人生であり、生きることだ。
> それに耐え切れないのなら安易な道を選ぶがいい。
> 信じるという安らぎを得るがいい。
疑念の塊・・・ 無常ということだけは理解しているらしい(笑) 無智からくる恐怖におののく哀れな魂。
> 私は理不尽で無常なこの生を、味わい尽くすつもりだ。
> 答えなんてないし、真実なんて解りゃしない。
> 確かな未来などありゃしない。
> だから人生は楽しい。
本当に?
> グルのコピーと化し、感受性を失った最終解脱者なんてなりたくもない。
内側の歓喜は充実しているでしょう。
■アルマさんへ 投稿者:てんま 投稿日:09月12日(土)00時55分42秒
あほや。教祖が作り上げた夢の世界でいきている。 あなたは(アルマさんの知人。後に神秘さんと名乗る。)解脱したのか、死後を知っているのか。体験出来ぬうちはどんなに言葉を尽くしても夢 物語にすぎない。自分の体験が幻影でないとなぜ言い切れる。私はあなた以上の神秘体験を多くし た、変化身・クンダリーニ・リアルな夢(オウム流では前世夢)悦、喜など。しかし、今ではそれ らに対しオウムとは違った解釈をしています。
宗教とは証明されることのないフィクションをしんじているようなもの。お互いの宗教がお互い のフィクションを出し合い、討論しても答えなんて出るわけがない。そもそも何が正しいのか証明 できないのだから。自分自身の観念にあったフィクションを選び帰依しているだけのこと。オウム に入る前のあなたは確実な凡夫。そのあなたが選んだものは結局凡夫の観念によるもの。自分の選 択が正しいなんて言えるあなたは傲慢です。
過去の聖者は証明していると言いますがどのように証明しているのか。訳の分からぬ書物を残す のが証明なのかい。釈迦は書物すら書いていないでしょう。「私は解脱した。」と言うものにどの ようにその証拠を見せてもらうのか。
私の教学不足を指摘しますがそれは考えが変わっただけのこと。それに4年近くも書籍には接し ていないため細かい天は忘れている。しかし、あなた方が何を反論してくるかはお見通しです。 だってフィクションの世界ですからどうとでも言えます。あんたは見たんかいと私は言いたい。
結局そのフィクションを信じれるかどうかです。あなたがどんなに言葉を尽くしても私には信じ られないでしょう。
私に対する反論は結構ですが、折り合うことはないですよ。討論するならば会って話しましょ う。ここに投稿するオウム陣営10人対オウム批判者10人はどうでしょう。まあオウムが何人き ても一人分ですけどね。なぜなら皆同じ考えなんだもん。
人が死ぬのも老いるのも当たり前。生きてゆくのが苦しいのも当たり前。それがいやならフィク ションの世界で生きてゆくがいいでしょう。
これからもオウムでの出来事を投稿していきますので宜しく。 結構オウム信徒って気になってるんだね、ここ読むたびにハラワタ煮えくりかえっておこってん だろうな。それでも見ちゃうんだろうな。もっともっと怒らしちゃおうかな。
オウム陣営10人対オウム批判者10人やりましょうよ。ギャラリーはここに投稿する中立派の ひとを呼んで。でも修羅場になるだろうな。でもそれが楽しかったりして。
どんどん私に反論して洗脳ぶりを見せて下さい。軽く読んで笑うだけですよ。反論しても意味が ないんだもん。この前のΘさんらとの討論で疲れた。するなら会ってするのみです。
まあこれからもオウムの真実を投稿しますのでご購読をおねがいします。私の言葉を冷静に読め る時あなたは解脱者だ。いやゾンビかな。分かんねえや。早い話しどうでもいい。
■ありがとうございます。 投稿者:アルマ 投稿日:09月12日(土)01時53分50秒
これはわたしの意見ではありませんので、このままメールにて相手に伝えます。
それからお会いしてみたいのはやまやまですが、Tenma さんは東北地方ですよね? わたしは北海道なんですよ。ただ、9月20日前後に東京へ行きますのでその時でよければ お会いしましょう。このメール交換の方ともお会いする予定なので、この方がTenma さんと お会いしてみたいと言われれば、Tenma さんが直接話をすることは可能だと思います。
この方の個人情報は掲示板上では書けません。もし、お知りになりたいのであればメールにて 問い合わせて下さい。
■反オウム派約一名参戦(^^;) 投稿者:mind 投稿日:09月12日(土)03時16分35秒
オウム vs 反オウム。なにをどう議論しても、平行線なんだけどな。それでもかまわない なら議論してもかまわないけど。でもなぜ直接書き込まずアルマさんを通すのかよくわからない。
>無常ということだけは理解しているらしい(笑)
これって前々から感じていたオウム信者の特徴。"(笑)"ってなにがおかしいの? あなたがたのいう真理が理解できないのがそんなにおかしいことなのですか。 悲しんだのではなく笑った理由、教えてね。
>無智からくる恐怖におののく哀れな魂。
こういうことを口にできるあなたはさぞかし素晴らしい魂なんでしょうね。 個人的に言わせてもらえば、哀れな魂なんてありはしないさ。みんな素晴らしい魂だよ。 オウムを信じると哀れな魂という発想になるのかな。
■mind さんへ 投稿者:アルマ 投稿日:09月12日(土)03時43分52秒
この方は直接この掲示板を見ているわけではありません。 わたしがこの方宛てのメールにTenma さんの投稿を転載したところ、この方が意見を 書いてわたしに送って下さったのです。わたしは自分がどのように判断するべきか 迷ったときは「これはどういうことなの?」と必ず聞きますので。この投稿はオウムの教義に 関することなのでわたしよりも教学の進んでいる方に聞きました。
わたしも(笑)はよく使いますよ。(^_^)
この方に直接伺ってみないとどのような意図で使われているのか計り兼ねます。 ただし、(笑)には色々な(笑)がありますね。 わたしの意見を書かせて頂くならば、無常を理解していることに対しての(笑)は 理解していることに対しての(笑)だと思います。全く真理を否定しているわけでは 無いという意味での(笑)ですね。良かったという安堵の(笑)かもしれません。「哀れ」というのは相手を見下したときにだけ使う言葉ではありません。 わたしもそれぞれは素晴らしい魂だと思っています。 ただ、迷妄に覆われていることが哀れなのです。そういう意味だとわたしは思います。 魂そのものが「哀れ」なのではありません。迷妄に覆われている状態が「哀れ」なのです。
でも、mind さんの投稿もそのまま伝えますので、この方はわたしとは また違った見解かもしれませんね。忘れた頃に討論の返事を載せるかもしれませんが、 その辺りはご了承下さい。<(_ _)>
■RE:反オウム派約一名参戦(^^;)+アルマさんへ 投稿者:てんま 投稿日:09月13日(日)11時40分22秒
mindさん、参戦表明ありがとうございます。お気持ちだけで十分です。実現する可能性はない と思いますので。
>これって前々から感じていたオウム信者の特徴。"(笑)"ってなにがおかしいの?
>あなたがたのいう真理が理解できないのがそんなにおかしいことなのですか。
>悲しんだのではなく笑った理由、教えてね。
これは見下しの笑いですね。「真理を知らぬ愚かな無知な凡夫ね」という感じでしょ。いちいち なぜ笑いを入れたいのか。相手を見下すことによって自尊心を満たしたいのでしょう。オウム信徒 の特徴です。この現世でうだつが上がらず、満たされない欲求を「私は真理を知っている。」とい う特権意識で満たしている。だから、それを感じるためにいつも凡夫を相手にする。
アルマさんの
>わたしも(笑)はよく使いますよ。(^_^)この方に直接伺ってみないとどのような意図で使わ
>れているのか計り兼ねます。ただし、(笑)には色々な(笑)がありますね。
>わたしの意見を書かせて頂くならば、無常を理解していることに対しての(笑)は理解している
>ことに対しての(笑)だと思います。全く真理を否定しているわけでは
>無いという意味での(笑)ですね。良かったという安堵の(笑)かもしれません。
そう感じるのですか。あなたの感受性はおかしいですよ。Θさんにしても他のオウム信徒の投稿 でも(笑)の使い方は相手の無智を笑い、見下している以外の何物にも感じませんよ。ハッキリ 言って不快にしか思えません。そうでないというならばあなた方は人間としての感受性が欠如して います。まあ観念を超えるらしいですから、人間的感受性も捨ててもらって結構ですけど。 もし四無量心があるならばmindさんの指摘のように、相手の無智に対し悲しみを、哀れみを感 じるはずです。
凡夫と討論して私の方が論理的だとか理に適っているとか、そんなこと言う前にその怠慢な心を どうにかして方がいいですよ。それこそあなた方の苦しみの因になってますよ。一般人よりたちが が悪い。
■てんま さんへ 投稿者:アルマ 投稿日:09月13日(日)13時10分36秒
> そう感じるのですか。あなたの感受性はおかしいですよ。Θさんにしても他のオウム信徒の投稿
> でも(笑)の使い方は相手の無智を笑い、見下している以外の何物にも感じませんよ。ハッキリ
> 言って不快にしか思えません。そうでないというならばあなた方は人間としての感受性が欠如して
> います。まあ観念を超えるらしいですから、人間的感受性も捨ててもらって結構ですけど。
これはわたしが思ったことですから、てんま さんと感じ方が違って当然だと思っています。(^_^)
てんま さんはそのように感じ、わたしはそのようには感じなかったというだけのことです。> もし四無量心があるならばmindさんの指摘のように、相手の無智に対し悲しみを、哀れみを感
> じるはずです。
言葉は出てきていますよね。わたしの知人の意見の中に。 でも、それをどのように受け取るかはてんま さん次第ですから、わたしでは何ともしようがありません。
> 凡夫と討論して私の方が論理的だとか理に適っているとか、そんなこと言う前にその怠慢な心を
> どうにかして方がいいですよ。それこそあなた方の苦しみの因になってますよ。一般人よりたちが
> が悪い。
わたしの投稿の中にてんま さんがそう思われる箇所があったのでしょう。 不快な思いをさせてしまって申し訳なく思います。ごめんなさい。
確かにわたしは傲慢で怠惰な人間です。でも、普段はついついそんなことは忘れてしまいます。 てんま さんに指摘していただけて、思い出すことができて嬉しいです。 ありがとうございます。
■アルマさんへ 投稿者:てんま 投稿日:09月13日(日)13時58分19秒
アルマさんへ
>てんま さんはそのように感じ、わたしはそのようには感じなかったというだけのことです。少なくともmindさんと私は不快に感じる訳ですよね。私たちは特別なのでしょうか。この場でみんなに聞いた方がいいですよ。他人がどう感じるのか。他人の痛みを感じる事の出来ない人間に 救済なんて無理だと思うのですが。
>> 四無量心があるならばmindさんの指摘のように、相手の無智に対し悲しみを、哀れみを感
>> じるはずです。
>言葉は出てきていますよね。わたしの知人の意見の中に。でも、それをどのように受け取るかは
>てんま さん次第ですから、わたしでは何ともしようがありません。
私が言いたいのは、四無量心を持つ者が、相手の無智に対し(笑)と入れるでしょうか。一般の 討論会でもそんな失礼な人はいないと思うのですが。他の意見で四無量心をどんなに述べていて も、その部分を見れば、実行できているかどうかが一目瞭然です。口では善い事言って、実行でき ていないじゃないんですか。(アルマさんに対してではありませんよ。)
>> 凡夫と討論して私の方が論理的だとか理に適っているとか、そんなこと言う前にその怠慢な心を
>>どうにかして方がいいですよ。それこそあなた方の苦しみの因になってますよ。一般人よりたちが
>> が悪い。
>わたしの投稿の中にてんま さんがそう思われる箇所があったのでしょう。不快な思いをさせて
>しまって申し訳なく思います。ごめんなさい。
私はアルマさんをせめているわけではありません。文面からは感じの良い人だと思っています。 私が非難しているのは、そのアルマさんにメールを送ってきた人物や、これまで、討論してきたオ ウム信徒の高慢さです。私も文面がアルマさんへのものと混同していまい、どうもすいませんでし た。上記の文などもそうです、アルマさんへに対するものではありません。
■アルマさんへ 投稿者:mind 投稿日:09月14日(月)01時37分46秒
>わたしも(笑)はよく使いますよ。(^_^)
私も昔はよく使いましたし、今もたまにはつかいます。が(笑)は読む人の心情によっては 嘲笑にもなるし冷笑にも受け取られるので、基本的には(^_^)や(^^;)を使うことをメイン にするようになりました。顔文字が嫌いな方もいらっしゃるようですが、少なくとも 顔文字を嘲笑に私自身感じたことはありませんから。(^^;)
>たしの意見を書かせて頂くならば、無常を理解していることに対しての(笑)は
>理解していることに対しての(笑)だと思います。全く真理を否定しているわけでは
>無いという意味での(笑)ですね。良かったという安堵の(笑)かもしれません。
ほんとうにそう思いますか? あの苛烈な書き込みの一部であるあの部分が? 残念ながら私はそのようにとることはできませんけど。あなたはそのメールの人を信頼して いるため、決して嘲笑などする人ではないという先入観がありませんか? ないのなら いいのですけど。
かつて上祐FCでオウムの3本柱、4本柱論がありました。そのときもテンマさんの3本柱と 言ったことに対して"3本柱?笑ってしまいます。"なる発言がありました。あと48でもいつだったか忘れましたが、仏教に ついてどなたかが書き込んだとき、オウムと仏教に対する考え方が違う時に(笑)の一言で 払拭している部分もありました。残念ながらこう続けざまにこのような書き込み見せられては 疑問を感ぜずにはいれません。確かに四無量心はメールの中にかかれています。でも書かれて いるからといって実行されているとは限りません。口ではなんとでもいえるのです。 私はメールの内容よりそのメールを書いていたときのその人の心情のほうがはるかに重要と思って いますので、それら細かいところが非常に気になります。今後オウムの人たちの書き込みに このようなことがないことを願ってやみません。