
(2004/3/1)
元サマナてんまさんと、現役サマナ神秘さんとの真理闘論(2)
■てんま さんへ 投稿者:アルマ 投稿日:09月15日(火)01時28分46秒
わたしの知人からメールでコメントがきましたので、そのまま掲載します。
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> アルマさんへ 投稿者:てんま 投稿日:09月12日(土)00時55分42秒
> あほや。教祖が作り上げた夢の世界でいきている。
> あなたは解脱したのか、死後を知っているのか。体験出来ぬうちはどんなに言葉を
> 尽くしても夢物語にすぎない。自分の体験が幻影でないとなぜ言い切れる。私は
> あなた以上の神秘体験を多くした、変化身・クンダリーニ・リアルな夢(オウム流
> では前世夢)悦、喜など。しかし、今ではそれらに対しオウムとは違った解釈をしています。
■私は神秘体験は乏しいと思うが、あなたが体験したと言うものは在家の3ヶ月間で一通り終わっている。 あなたの体験は在家の人でも経験している人は多い。しかし、尊師も仰っているが、最終解脱するまでの 神秘体験はすべて幻影だと言われている。私はその通りだと思う。現に今の段階でも、自分の過去世や 来世を自由に見る力とか、相手の転生先をいつでも見る力とか、相手の心を視覚的にいつでも見れる力とか、 いった神通力はないからね。しかも、数ヶ月の独房修行をした場合のエネルギー状態の時は、一瞬の夢の 如くそれらを垣間見ることはある。でもその力を自由に使いこなすことはできないから、いかに私が 劣った修行者であると理解できるだろう。
ああ、それから六道は一通り変化身で勝手に飛ばされながら経験はしている。(笑) 行きたいときにいけないのは残念だが。まあ、私の友人には行きたいときに好きな世界に行ける人はいるが・・・ ただし、彼はずっと独房修行のようである。
まあ、私より優れた方々には、相手を意識するだけで相手の心の状態がすぐにわかる人も何人かいる。 私も遠く離れた所から、今こんな状態ですね。と言われ驚いたことが何度もある。しかし、最近はそれが頻繁に 起こるので驚くことを止めたが。
> 宗教とは証明されることのないフィクションをしんじているようなもの。
> お互いの宗教がお互いのフィクションを出し合い、討論しても答えなんて
> 出るわけがない。そもそも何が正しいのか証明できないのだから。自分自身の
> 観念にあったフィクションを選び帰依しているだけのこと。オウムに入る前の
> あなたは確実な凡夫。そのあなたが選んだものは結局凡夫の観念によるもの。自分の選択が正しいなんて
> 言えるあなたは傲慢です。
■凡夫の観念で選択したものが正しくないという根拠は? 宝くじでも当たり外れはあると。真理だと思って実践して、それがたまたま当たる可能性はゼロなのかな? その可能性に賭けるのは愚かなことかな?まあ、愚かでも良いが、それで満足な魂もいると言うことは 覚えていた方が良いだろう。そうそう、私は傲慢なのである。だから修行をするのだ。ご指摘ありがとう。
> 過去の聖者は証明していると言いますがどのように証明しているのか。訳の
> 分からぬ書物を残すのが証明なのかい。釈迦は書物すら書いていないでしょう。
> 「私は解脱した。」と言うものにどのようにその証拠を見せてもらうのか。
> 私の教学不足を指摘しますがそれは考えが変わっただけのこと。それに
> 4年近くも書籍には接していないため細かい天は忘れている。しかし、あなた方が
> 何を反論してくるかはお見通しです。だってフィクションの世界ですから
> どうとでも言えます。あんたは見たんかいと私は言いたい。
> 結局そのフィクションを信じれるかどうかです。あなたがどんなに言葉を
> 尽くしても私には信じられないでしょう。
> 私に対する反論は結構ですが、折り合うことはないですよ。討論するならば会って
> 話しましょう。ここに投稿するオウム陣営10人対オウム批判者10人は
> どうでしょう。まあオウムが何人きても一人分ですけどね。なぜなら皆同じ考え
> なんだもん。
■人の心は無常だという証明の一つだね。 オウムを否定するのは構わないが、真理までも否定するのはどうかな? オウムがあなたに与えたのが、単なる漫画のようなフィクションだとしても、道は求めた方が良いのでは?
> 人が死ぬのも老いるのも当たり前。生きてゆくのが苦しいのも当たり前。それが
> いやならフィクションの世界で生きてゆくがいいでしょう。
■「逃げる」と「超える」は同義語ではない。あなたがオウムにいたころは苦しみから逃げる実践を していたならば別だが・・・私達は少なくとも超える実践をしている。あなたは、人が死ぬことを頭では 理解していると思うが、心から納得しているのだろうか?
> これからもオウムでの出来事を投稿していきますので宜しく。
> 結構オウム信徒って気になってるんだね、ここ読むたびにハラワタ
> 煮えくりかえっておこってんだろうな。それでも見ちゃうんだろうな。
> もっともっと怒らしちゃおうかな。
> オウム陣営10人対オウム批判者10人やりましょうよ。ギャラリーはここに
> 投稿する中立派のひとを呼んで。でも修羅場になるだろうな。でもそれが
> 楽しかったりして。
> どんどん私に反論して洗脳ぶりを見せて下さい。軽く読んで笑うだけですよ。
> 反論しても意味がないんだもん。この前のΘさんらとの討論で疲れた。するなら
> 会ってするのみです。
> まあこれからもオウムの真実を投稿しますのでご購読をおねがいします。私の
> 言葉を冷静に読める時あなたは解脱者だ。いやゾンビかな。分かんねえや。
> 早い話しどうでもいい。
■批判することで自己のプライドを満たすのも今は良いかも知れないが、その苦しみの蓄積は大変だと思う。 私はあなたから見れば洗脳されていると。それはまさしくその通りだと思う。しかし、現世もマスコミの マインドコントロールが効きすぎた世の中である。自分で情報を選択しているつもりが既に溺れていることに 気づかずにいる人も多い。あなたがその中の一人でないことを願う。同じ洗脳されるならば煩悩に 囚われた洗脳はごめんである。
それから、自分が批判されたらハラワタ煮えくりかえるのかも知れないが、他人も同様に煮えくり返っていると 考えるのはどうだろうか?人は経験の構成によって反応は違うと言うことをあなたはオウムで教わった覚えは ないだろうか。
それから、あなたがどれだけマスコミの情報を取り入れたか知らないが、私自身は少なくともあなたの数倍の マスコミ情報を取り入れている。事件当日から全ての新聞は読んでいるし、テレビ番組も全て目を通したし、 裁判の記録もほとんど見ている。しかし、マインドコントロールが効きすぎているのか、私のオウムに対する信は 確定するだけである。それ以外に脳内革命の書籍とか他の宗教本とかいろいろと読んだが、結果的にそれらが すべて私の疑念を払拭してくれた。そういう意味ではマスコミ諸氏に感謝しているが。
最後に、あなたが真理を実践することを願いコメントを終了する。
■mind さんへ 投稿者:アルマ 投稿日:09月15日(火)01時33分27秒
> 反オウム派約一名参戦(^^;) 投稿者:mind 投稿日:09月12日(土)03時16分35秒
> オウム vs 反オウム。なにをどう議論しても、平行線なんだけどな。それでも
> かまわないなら議論してもかまわないけど。でもなぜ直接書き込まずアルマさんを
> 通すのかよくわからない。
■それは私がここの存在を知らなかったからです。 アルマさんから、投稿内容を見せて貰い、率直な意見を述べたのがこの一連のコメントです。
> >無常ということだけは理解しているらしい(笑)
> これって前々から感じていたオウム信者の特徴。"(笑)"ってなにがおかしいの?
> あなたがたのいう真理が理解できないのがそんなにおかしいことなのですか。
> 悲しんだのではなく笑った理由、教えてね。
■本当に彼は無常を知らない。頭では理解しているつもりでも、深い意識では認識できていない。 彼の無智という煩悩に対しての怒りと、囚われているがための哀れみを通り越して、脱力感さえ 感じたので笑うしかなかった。「トホホ(;_;)」という感じですね。
> >無智からくる恐怖におののく哀れな魂。
> こういうことを口にできるあなたはさぞかし素晴らしい魂なんでしょうね。
> 個人的に言わせてもらえば、哀れな魂なんてありはしないさ。みんな素晴らしい魂だよ。
> オウムを信じると哀れな魂という発想になるのかな。
■全ての魂はその内側に光り輝く真我を内在している。しかし、長い輪廻の間で、それを忘れ、 「これが自分である」という煩悩という衣をまといそれを喜んでいるのが、哀しいのである。その魂を 蔑視しているのではない。そしてそれは過去の自分の姿であり、もしかしたら未来の自分の姿かも 知れない。その内容も込めての哀れである。
■てんま さんへ 投稿者:アルマ 投稿日:09月15日(火)01時38分55秒
> RE:反オウム派約一名参戦(^^;)+アルマさんへ 投稿者:てんま 投稿日:09月13日(日)11時40分22秒
> これは見下しの笑いですね。「真理を知らぬ愚かな無知な凡夫ね」という感じでしょ。いちいち
> なぜ笑いを入れたいのか。相手を見下すことによって自尊心を満たしたいのでしょう。オウム信徒
> の特徴です。この現世でうだつが上がらず、満たされない欲求を「私は真理を知っている。」とい
> う特権意識で満たしている。だから、それを感じるためにいつも凡夫を相手にする。
■あなたが人に対して笑うときに、見下して笑うから、他人もきっとそうなのだと思い込んでいるのでは? そうかあなたは笑うときには自尊心を満たしているのですね。私にはその自覚がないから今度から笑うときは じっくりと心の働きを観察することにしよう。良いヒントありがとう。 それと、あなたが自分の経験で作り上げた幻影に振り回されていると強く感じるのは私の経験上の思い込みかな?
> そう感じるのですか。あなたの感受性はおかしいですよ。Θさんにしても他のオウム信徒の投稿
> でも(笑)の使い方は相手の無智を笑い、見下している以外の何物にも感じませんよ。ハッキリ
> 言って不快にしか思えません。そうでないというならばあなた方は人間としての感受性が欠如して
> います。まあ観念を超えるらしいですから、人間的感受性も捨ててもらって結構ですけど。
> もし四無量心があるならばmindさんの指摘のように、相手の無智に対し悲しみを、哀れみを感
> じるはずです。
> 凡夫と討論して私の方が論理的だとか理に適っているとか、そんなこと言う前にその怠慢な心を
> どうにかして方がいいですよ。それこそあなた方の苦しみの因になってますよ。一般人よりたちが
> が悪い。
■四無量心と同情は違う。あなたが言っている四無量心は同情に過ぎない。 それから人それぞれ感受性は違うのでは? 違う反応を示す人をどうして素直に認めることができないのかな?それを素直に認めるからといって 受け入れろとはいっていない。 それともそういう人物がいては自分のプライドが傷つくので、嫌悪によって排斥したいのかな? しかし、あなたは自分と同じ反応をする人を求めてさまよっている感じがする。自分の求めているものは オウムにはないことを、自分の求めているものは現世に存在し一人でも多くの人に「その通り」と 認めてもらうことで安心しているように感じるのは、私の邪推だろうか? だとしたら、まだまだ修行不足である。【反省】
それから怠慢な心が苦しみの因と言うことでの指摘には感謝しよう。別の意味で怠慢さとは 格闘しているので良い検討材料になった。
■神秘さんへ 投稿者:mind 投稿日:09月15日(火)05時13分38秒
レスありがとうございます。
>それは私がここの存在を知らなかったからです。
>アルマさんから、投稿内容を見せて貰い、率直な意見を述べたのがこの一連のコメントです。
了解しました。
>本当に彼は無常を知らない。頭では理解しているつもりでも、深い意識では認識できていない。
>彼の無智という煩悩に対しての怒りと、囚われているがための哀れみを通り越して、脱力感さえ
>感じたので笑うしかなかった。「トホホ(;_;)」という感じですね。
そけでは私は他人を平気で無智よばわりできるあなたの心に対して怒りと脱力感を感じさせて いただきます。もしこと言葉に不快感を感じたら、おなじ不快感を無智呼ばわりされた人が 感じることに気づいてください。なにも感じないなら気にしなくてかまいません。
>全ての魂はその内側に光り輝く真我を内在している。しかし、長い輪廻の間で、それを忘れ、
>これが自分である」という煩悩という衣をまといそれを喜んでいるのが、哀しいのである。その魂を
>蔑視しているのではない。そしてそれは過去の自分の姿であり、もしかしたら未来の自分の姿かも
>知れない。その内容も込めての哀れである。
ということは現在の自分の姿ではないということですね。あなたは哀れではないが私たちは 哀れであると。あなたの考えはわかりました。個人的にはあなたがたに哀れに思われるのは非常に 不本意ですが。
■アルマさんへ 投稿者:てんま 投稿日:09月15日(火)05時57分50秒
>■凡夫の観念で選択したものが正しくないという根拠は?宝くじでも当たり外れはあると。
>真理だと思って実践して、それがたまたま当たる可能性はゼロなのかな?
>その可能性に賭けるのは愚かなことかな?
>まあ、愚かでも良いが、それで満足な魂もいると言うことは覚えていた方が良いだろう。
墓穴掘ってますね。結局そうでしょ。確率的に正しいと思っているから信じているんでしょ。要 するに一かばちかってやつですね。そのようなモノをこれは真理であると大手を振って、訴えてい るわけですよね。そして、そのようなものに帰依しようとしている。そして満足感を得ている。オ ウムの問題は解脱の修行において、帰依を要求されるという点です。可能性に賭け帰依するという 行為は愚かなことではないですか。帰依しようとした時点でその対象が正しいのかどうか認識する 目を失う事でしょう。全てを知るのは最終解脱でしょ。なのに全てを認識出来る前に帰依を要求さ れる。ここに問題があります。
結局、信じるかどうかの問題で、私にとっては信じるに値しないフィクションです。>人は経験の構成によって反応は違うと言うことをあなたはオウムで教わった覚えはないだろうか。
細かい点を述べればそうですが、人はある程度共感できる点があるから、触れ合い、感動しあい 助け合っていくことが出来るのでは。まるっきり反応が違うのであれば、他人のの苦しみも喜びも 認識出来ないはずであり、救済なんて無理でしょう。
>あなたがどれだけマスコミの情報を取り入れたか知らないが、私自身は少なくともあなたの数倍の
>マスコミ情報を取り入れている。事件当日から全ての新聞は読んでいるし、テレビ番組も全て目を通したし、
>裁判の記録もほとんど見ている。しかし、マインドコントロールが効きすぎているのか、私のオウムに対する信は
>確定するだけである。それ以外に脳内革命の書籍とか他の宗教本とかいろいろと読んだが、結果的にそれらが
>すべて私の疑念を払拭してくれた。そういう意味ではマスコミ諸氏に感謝しているが。
多分、あなたはこれまでここで私が投稿してきたモノを読んでいないのでしょうから、再度簡単 に述べますが、私がオウムを知ったきっかけは坂本弁護士失踪事件です。その頃はバッシングも烈 しく、マスコミの情報のみでは明らかに危険な団体でした。ところがあるきっかけで麻原の書籍を 読み、まあそれまで神秘モノの本を読んだり、修行していたせいもあって、興味もあり入信してみ た訳です。
そして、入信して思った事はマスコミの情報とはちがうという事でした。その思いは修行をし、 教学をするたびに強くなっていき、奉仕活動や、導きなどに励んだものです。そして、マハーポ シャを経て、サマナとなりました。ところが95年のサリン事件から数ヶ月後私は脱退する訳で す。その時になってようやく冷静に麻原をオウムを見れるようになりました。一つ聞きたいのです が、あなたはいつ入信して、オウムの内部についてどれほど知っているのでしょう。ハッキリ言う と面倒なんで簡単に述べますが、私はヴァジラヤーナの名の下に、教団が暴力や非合法なことをし ているのも見ましたし、95年の強制捜査の直前には、スパイ容疑をかけられ、薬物漬けにされ記 憶を消され第6サティアンに監禁されてました。それに薬物を使ったイニシエーションなども体験 しました。しかし、それでも私は信を失う事はなかったのです。理由は多々ありますが、一つにポ ワの思想を信じていたせいもあります。教団ではあの事件以来、殺害することによってこれ以上悪 業を積ませないようにするという意味でのポワはないといいますが、ハッキリいって裏切られたと いう感じがしてならなかったです。説法にも明らかにありますし、そのような活動をしていたのは なんだったのでしょう。私はいずれフリーメーソンやなんかと戦わねばならぬ時がくると信じ、そ の時には救済のために命を布施するつもりだったのですから。これは私だけではなく多くの元信徒 が話しております。事件直後、私は新聞記者に対し、遠回しにそのような事を話したら師や周りの 仲間にこっ酷く叱られましたね。
それでも95年の秋頃までは、ある程度の信はまだあったのです。ところが決定的な事がありま した。次々と脱会表明をする教団幹部たちの証言です。特に井上被告の声明文には心打たれ、胸が 熱くなり、涙がこぼれました。その時が私がオウムを麻原を完全に冷静に見れるようになった瞬間 でした。彼こそ真の修行者だと思っています。自らの過ちを認め、自己の汚れと対峙している。 現在教団に残る、信徒は脱会信徒の告白を信じなかったり、はたまた、最終解脱していたわけで はないから落ちる事もあるといいます。しかし、私たち一般信徒サマナよりもレベルの高い正悟 師、正大師が何故に脱会しているのでしょうか。
人はいくら情報を入れたって変わりませんよ。オウムの薬物漬けイニシエーションが良い例です。 洗脳にかかるにしてもその第一歩は自らの意志がはたらいています。いくらマスコミの情報を入れ ても先に信じるものがあればその情報は信じられないのはあたりまえでしょう。私も信徒の時は他 の精神世界の本を読んでもマスコミの情報に触れても、オウムの真理を立証する様にしか見えませ んでしたからね。何かを盲信する事によって真実が見えなくなっているんじゃないんですか。 あなた方は一般市民をマスコミ教信者といいますが、私たちはあなた方がオウムを信じるような レベルでマスコミの情報を信じていません。
>> そう感じるのですか。あなたの感受性はおかしいですよ。Θさんにしても他のオウム信徒の投稿
>> でも(笑)の使い方は相手の無智を笑い、見下している以外の何物にも感じませんよ。ハッキリ
>> 言って不快にしか思えません。そうでないというならばあなた方は人間としての感受性が欠如して
>> います。まあ観念を超えるらしいですから、人間的感受性も捨ててもらって結構ですけど。
>> もし四無量心があるならばmindさんの指摘のように、相手の無智に対し悲しみを、哀れみを感
>> じるはずです。
>> 凡夫と討論して私の方が論理的だとか理に適っているとか、そんなこと言う前にその怠慢な心を
>> どうにかして方がいいですよ。それこそあなた方の苦しみの因になってますよ。一般人よりたちが
>> が悪い。
>■四無量心と同情は違う。あなたが言っている四無量心は同情に過ぎない。それから人それぞれ
>感受性は違うのでは?
相手の無智に対し悲しみを、哀れみを感じるのが、四無量心ではないんですか。同情なんですか いつからオウムの教義は変わったんでしょう。そりゃ人それぞれ感受性は違いますよ。しかし、共 通する部分があるから四無量心がもてるんでしょ。あなたの様に(笑)の使い方によって相手に不 快を与えるという事が分からないようでは、四無量心を持つ事は無理なのでは。それ以前に人間と して付き合えませんよ。
>違う反応を示す人をどうして素直に認めることができないのかな?それを素直に認めるからと
>いって受け入れろとはいっていない。
>それともそういう人物がいては自分のプライドが傷つくので、嫌悪によって排斥したいのかな?
>しかし、あなたは自分と同じ反応をする人を求めてさまよっている感じがする。自分の求めているものは
>オウムにはないことを、自分の求めているものは現世に存在し一人でも多くの人に「その通り」
>と認めてもらうことで安心しているように感じるのは、私の邪推だろうか?
> だとしたら、まだまだ修行不足である。【反省】
私がそう見えるというは、あなたにそのような部分があるからです。それになぜそのような話し になるのか。被害妄想が強いですね。それとも他心通で私の心を読んだとでもいうのか。私は単 に、四無量心の実践者ならばそのような発言はちょっとおかしいんじゃないんですかと言っている だけですよ。大袈裟な人だな。他の考えを認めないのはあなた方オウムの方でしょ。私は誰が何を 信じようが自由だと思ってます。第一、こうだ。と確たる信念なんて私にはないんですから、排斥 しようがないですよ。
>オウムを否定するのは構わないが、真理までも否定するのはどうかな?
真理があるという証明はどのように提示するのか。 私はあれほど信じたオウムが虚像であったと悟ってからは、信じるということほど危険な事はな いと思っておりますので、そもそもの始まりから、疑っているのです。解脱はあるのか、魂はある のか、死後はあるのか、転生はあるのかなどです。答えは解りません。誰にも証明は出来ません。
自らが体験せぬ限り。
私は頭から否定している訳ではありません。証明できない故に解らないことだといっているので す。オウム信徒に配本したナローパの帰依という本をご存知ですか。その中にはグルの命令の元、 命までも差し出さねば帰依ではなく成就ではないといったことがさんざん述べられております。真 理と認識出来ぬうちにそのような帰依を要求される事にオウムの危険性があるのです。あなたは極 限修行に参加した事がありますか。麻原が何度もいってますよ。
「成就の決め手は神秘体験よりも、帰依で決まる。」
私はオウムを筆頭にそのような指導者に全てを委ね救いを求める思想は全て根絶するべきで あり、そのようなモノに心を奪われぬような人間を形成する何らかが必要だと思っています。私は 自分と違うものを排斥しようとはしません。人はそれぞれ自由です。私が許せないのは他人の自由 を奪う奴等です。特別の帰依を要求されず、社会と折り合ってゆけるのであれば何を信じようが認 めます。
ですから、一般市民と共にオウムは何だったのかレスし合ったり考え、二度と同じ過ちをせぬよ う何らかのヒントになればと、私はオウムでの出来事や感じた事をありのままにここに投稿してい るのです。それに私自身ここに投稿する事によって当時の事が思い出され、なに故に信じたのか、 何が間違っていたのか気づいたりと勉強になっております。
私はこの場でのオウム信徒の討論は意味がないと思ってますし、脱会させようなどと思ってもい ません。なぜなら当時の私自身を考えるとそれは無理な事だと思えるからです。結局平行線で終わ ります。ただ、ここで読む一般市民に対しては何らかの考える題材になり得ると思いますのであえ てレスさせて頂いてます。(ハッキリ言って楽しくないし面倒なんだけどさ。)
不思議なのはまるで最終解脱者のように、まるで全てを見たかのように、心や真我や森羅万象の 仕組みを話す事です。そこまで理解しているのなら最終解脱しているのではないんですか。それと も読んだ事をただ述べているだけですか。その確信が危険なのです。 ここにはオウム以外の世界観を投稿するものもいますが、あなた方のようにこれは真理であると はいいません。どうして、解脱していないのに他の思想が入る余地もないほどに信じるのか。
>最後に、あなたが真理を実践することを願いコメントを終了する。
じゃ、私も言わせてもらいます。 「あなたが真理を実践することを願いコメントを終了する。」
私も私なりの真理を実践していますから、余計なお世話なんです。■ mind さんへ 投稿者:アルマ 投稿日:09月16日(水)01時16分32秒
神秘 さんからのコメントです。
> 神秘さんへ 投稿者:mind 投稿日:09月15日(火)05時13分38秒
> そけでは私は他人を平気で無智よばわりできるあなたの心に対して怒りと脱力感を感じさせて
> いただきます。もしこと言葉に不快感を感じたら、おなじ不快感を無智呼ばわりされた人が
> 感じることに気づいてください。なにも感じないなら気にしなくてかまいません。
■不快感を与えた事には、謝罪しましょう。<(_ _)>
ただし、ここでの無智の定義を説明しますが、この場合は「真理を知らない、真理を否定する」という内容での無智です。 「無知」とは違うことをここに説明させていただきました。もし、その内容を理解した上でも不快と感じた場合は、 私の傲慢さを反省し、ここに謝罪いたします。<(_ _)>> ということは現在の自分の姿ではないということですね。あなたは哀れではないが私たちは
> 哀れであると。あなたの考えはわかりました。個人的にはあなたがたに哀れに思われるのは非常に
> 不本意ですが。
■マスコミもよく揚げ足取りのように都合の良い解釈で反論しますが、それと変わりませんね。 コメントする気が失せました。(苦笑)
■レスです。 投稿者:mind 投稿日:09月18日(金)01時18分24秒
神秘さんへ
>マスコミもよく揚げ足取りのように都合の良い解釈で反論しますが、それと変わりませんね。
>コメントする気が失せました。(苦笑)
マスコミがどのような揚げ足取りのような都合のよい解釈で反論したか知りませんので、マスコミ の件はレスできませんが、掲示板という限られた文字数によるコミニュケーションですから ひとつひとつの言葉を吟味して、おやっと思ったことに対しては感じた通りの内容を書かせて いただいています。この方法は揚げ足取りになる部分もあるでしょうが、ときには核心をつくこと もあると信じています。ですから私はやり方を変えるつもりはありませんが、揚げ足取りに感じた 場合は自由に無視してもらってかまいません。
>不快感を与えた事には、謝罪しましょう。<(_ _)>
>ただし、ここでの無智の定義を説明しますが、この場合は「真理を知らない、真理を否定する」という内容での無智です。
>無知」とは違うことをここに説明させていただきました。もし、その内容を理解した上でも不快と感じた場合は、
>私の傲慢さを反省し、ここに謝罪いたします。<(_ _)>
知っていると信じ切っている人が相手は知らないと信じ切って、その相手に対して哀れむという 意味では無知も無智も同じに思えますが.. 私に謝罪は必要ありません。謝罪するなら事件の被害者に..私なんかよりはるかに大きい 苦しみを感じているでしょうから。 あとがこれから書き込むときに、他の人に傲慢ととられないよう気を使っていただければ、 幸いです。
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