ユーガットメール

 ユーガットメール、見てきました。やはりEメールを道具立てにした映画なんてすごく気になる映画でどうしても見たかったのです。だって私なんかの日常使用しているもので人ごとではなかったのです。行ったのは休日の午後の6時55分からの最後の上映でした。

 前半、主人公メグ・ライアンは彼女の母から受け継いだ街のすてきな小さな子どもたちの本屋「街角の店」を経営しています。そこへ巨大ディスカウント書店チェーン経営者一族の御曹司のトム・ハンクスが自ら担当するディスカウントブックショップが近くに進出。メグ・ライアンは奮戦しますが、30%引きでコーヒーの無料サービスまである巨大チェーン店にはかなわず追い込まれつぶれてしまいます。扉を最後に閉めるとき、母親との思い出が店の中に浮かぶところ、忘れられません。なぜこんな事になるのでしょう。残ったがらんとしたあの中身のない本棚。

 そんな中で敵役のはずの男と女がメールで知り合い惹かれてゆく。ここまでの前半がすばらしい。何というかこれはあり得る話だなと思うし、この2人のやりとりが心に響くのです。2人はお互い同棲、半同棲していた恋人との関係が壊れてしまいます。これは自然に次の段階へ向かう心の動きだったと思います。

 メールというのは手紙の一種と捉えています。他の方法よりは深く心の中に飛び込んできます。インターネット雑誌を見ていると実際知り合いメールのやりとりの結果結婚したカップルが3組載っていました。そうこれはもう現実の話なのです。

 インターネットでどう人間関係を作り出していくか。これはとても興味深いことです。都市化の中で私たちはますます孤独に追い込まれています。インターネットをやった後激しい孤独感におそわれると言います。インターネットが本当にコミュニケーションや恋愛関係を作るための方法になれば。

 後半からいい加減になって、やっつけ仕事。店をつぶしたはずの男にあまり抵抗もなく結ばれる。彼は最後まで全てをつぶし吸収するようなそのビジネススタイルを改めることはありません。これではね。何か従属的なんですね。

 こんな乾いた都会の中でメールにより始まった関係。それをうまく解きほぐし高めて作り上げてゆく。そういうことが描けないのだ。難しいのかな。まだみんなメールに慣れていないのか。それと女性の感覚がうまく書けていない。この脚本が男の独りよがりなものとなっている。店をつぶした仕事中毒の男をそのまま受け入れる訳ないだろう。

 特にひどいのはディスカウント店の外に「街角」と書いて妨害したことだ。まだお互いメール相手だと気づかないときにこのことをメグが抗議すると偶然だし、商標じゃないと言い放ちました。これに対してさえ何のコメントもなく終わってしまいます。やはりおかしいと言わざるを得ません。

 とここまで書いて、「本の雑誌」99年4月号を見たら巻頭コラム「真空飛び膝蹴り」に、この映画からみると、アメリカでは古くからの専門書店が大規模店の進出でつぶれるのは確かに残念だが、ヒロイン含め社会的に時代の要請で仕方がないことだとみんなが受け入れてるのではないか。そうでないとこの映画のようにはならないと指摘。それだと関係の昇華の仕方のみがうまくないのだということになります。でもそれは本当に悲しい。私の中にも巨大書店を利用しているのでそう簡単に小店を擁護できないためらいがあるのでよけい複雑です。


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