ごみ問題をどうするか。


[初歩のQA]
1.ごみ問題って何。
 ちょっとそこらの山に行ってみるとわかるけどあちこちにごみが捨てられている。うえっどうなっているのと思うけどこれが日本中の姿なのだ。山だけじゃないよ。至る所にごみが捨てられているんだ。瀬戸内は香川県の豊島(てしま)にも産業廃棄物が大量に持ち込まれて住民は本当に苦労し続けている。これは少しは聞いたことがあるでしょう。

 実は産業廃棄物は増え続けてもう処理場はいっぱいで2、3年と言われている。そして新規開設しようとすれば大問題で紛争が起きる。でもエゴというわけではない。今の処理場や処理のシステムは確かにひどいんだ。

2.なぜこんなことになっているの。
 日本ではごみは邪魔者で処理は真剣ではなかった。これは放置したりしている業者たちのことをごまかそうというわけじゃない。でも日本人が全体としてごみのことを頭に入れてないから変なことをする連中が出てきてはびこってしまったという面がやはりあると思う。

3.
どうしたらいいと思う。
 ごみ問題は社会的に解決して行かねばならない。怒るべきなんだ。当たり前だ。でもそれからどうするか。社会的な仕組みを作るようにしていかないとそれっきりになってしまう。こういうのをガス抜きというんだね。日本の人はこういう風に世の中を自ら構想して作っていくのはとても苦手にしてきた。でもこのごみ問題はそれが問われていると言っていいのじゃないか。

4.何とかなると思うか。
 なると思うけれども、次に進んでもう少し詳しく知る必要がある。


[ごみ問題少し詳しく]
1.行政はどうしていい加減なのか。
 奈良県天理市で山辺古墳群のすぐそばに焼却場がある。山辺の道のすぐ脇でかなり異様な感じである。なぜこんなことをするのだろう。
 他の所でも業者の処理場でも行ってもなかなか見に来ないし、ましな時にやっと課長が来る。でも何もできず違法のはるかな後追いばかりしている。

 そもそも正直言ってなぜ厚生省がごみを担当しているのかと思う。企業の中まで入って指導する権限がないのだ。だからごみの後始末官庁になってしまう。全体がそういう欠陥を持っている。

2.ごみ問題はしかし業者糾弾だけでは解決しない。

 世界一のごみ処理企業はカナダにあり年1兆円の業績、2位はアメリカ企業で7千億円。こうしてみるとごみ処理が大産業であることがよくわかる。ところが対する日本では銀行融資も受けられない影の事業であり超零細な業者がやっている。これに大規模なごみ処理という本来は大きな産業分野が任されていては、なかなかうまくいかないのも無理はないのだ。

 処理場一つにしてもスケールメリットが働かない。結局いい加減なことしかできない。と言うのは東京の年100億円の業績の中堅企業がごみ処理場を作ったが何の問題も起きなかったという事実があるからだ。問題のある個人が刹那的な儲けを企み野焼きをしたり山や島に捨てるというのもこういうところからくる。

 だから本来は大きくなればいいのだが、現在国の許可を取って営業する産廃処理業者は全国で9万。その9割はトラック1台の収集運搬業者だ。「叩けば何とかなる」世界なんだ。これではどうにもならない。

 廃棄物処理業者と言うが彼らが作ったものではない。これらは企業の工場生産の副産物なんですね。安い値段で工場の外に放り出して放置されていても、けっして責任を認めない。「法律通りの契約です」の一点張り。いつもそうなんですね。

 豊島の事件を受けての、91年の廃棄物処理法の改正の時でも、通常の流通処理困難な廃棄物の企業責任と、業者委託料に処理コスト以下での委託禁止という当たり前の2点の改正案を提示した担当課長に、当の厚生省など全省庁と、経団連を始めとした経済界が反対大キャンペーンを張って完全に骨抜きにした。

3.産業政策を!市民の総合的な力量と政策力が問われる。


 ごみ処理にとって根本的な対策とは産業政策が重要なのだ。1兆円のトップ企業と数社の大企業、多数の中堅企業と中小企業の産業体制くらいがいるのでは。しかし現在は企業とそれの意向ばかり追っている厚生省がじゃまをしていつまでも零細な業者が、中身の危険性を知らない企業の総務課に叩かれて安値で受けてそこらに捨てに行く。こういう構造が変わらない。ちゃんとした産業体制ができれば安く効率的に汚染を出さない処理ができるはずなのだ。まったく信じがたいほど前時代的なのだ。

 その追求無しに現場の行政職員にムチと剣だけもって取り締まってこいと背中を押したってできるわけがない。これは現場職員のみに責任転嫁することでもある。そういう企業と行政と業者の構造とあり方そのものが無責任なのであって私たちはこれまでは叫ぶだけで具体的に作る努力をあまりにもしていないのだ。日本の市民運動は先鋭な告発型でやってきてそれなりに影響力と実績はあるのだが、社会を作るという形では本当にやってきていない。それ抜きには利用されるだけでこの問題は解決していかない。

私たちは処理場や汚染の追求と、具体的な廃棄物放置を問題にし、法を超えて企業責任を追及するこの2点での動きが必要である。
 その上で私たちの生活の変化と産業の育成により安く優れた処理ができるという両輪で進んでいこう。

 ちなみに制度面なら「中小企業設備近代化資金」という公的な融資制度がある。各段階でこういう制度が準備されている。対するごみ処理業たるやまさにダークサイドビジネスで何もない。銀行融資を受けている企業だって日本で数えるほどしかない。

 金も出すから口も出すでやらないと、無法の集団と化したところに取締りで対処しろということなどできっこないのだ。取りあえずは奈良市の山際にある多数の処理場の環境対策に公的な資金が出せないか県に申し入れたい。

 今は原始時代で今の大企業だって元はこんな感じだったのだ。大企業でも行政の積極的な支援を受けなかったところはある。でも銀行や他の社会的な制度のフォローを受けなかった企業はないはずだ。規制と育成、企業責任の明確化、企業内への行政の追求と決断力。あらゆる面からの追求をしたい。

 もしかすると、企業側が共同責任か、企業側の自己責任原則の法律への明記により合同処理企業が設立され自己処理とするかもわからない。そうすれば結果として大産業となり、それらは安くできることになるでしょう。でも今の産業体制や零細業者達ではどうしょうもないのですね。やがてこういう問題解決時には、これらの合同処理企業に吸収されたり、危険な人は排除されてしまうと思います。

 なおまだ文書が出てないが、ごみ問題を厚生省が取り締まりから産業育成に転換するという動きがあるようだ。本当は通産省にこのごみ行政を持っていくのが一番いいのだが、これも注視していきたい。