宗教国家としてのアメリカ

 アメリカはイスラムからは宗教を排除する俗流の国家だと信じられています。しかし実は隠された宗教国家理念があるのです。それは実に独特のものがあるのです。こういうと驚くでしょうが彼らは選民なのです。これは森孝一『宗教からよむ「アメリカ」』講談社の立花隆書評本『ぼくが読んだ…』文春社からの孫引きです。

 アメリカという国は、著者いうところの「見えざる国教」を持つ宗教国家である。ところが日本では、ほとんどの人のアメリカ理解から、宗教面がすっぽり抜け落ちている。
 なぜアメリカは、世界に自分たちの価値観を押しつけるのか。世界のどこかで衝突があると、なぜアメリカはすぐに軍隊を出動させ「世界の警察官」としてふるまおうとするのか。
 その根底には、自分たちは神から選ばれ使命を与えられた特別の民であるという選民思想がある。どんな使命かというと、この世に正義と平和をもたらし、悪に満ちた世界を神の意に添う世界に作り変えていくというものである。アメリカがやることは神の意だから、全て正しいのである。
 こういう発想が、アメリカのそもそもの建国の時からの国家理念になっている。アメリカ人にとっては、独立戦争が旧約聖書の「出エジプト」と同じで、ジョージ・ワシントンは、モーゼと同じだという。
 アメリカの大統領は、「見えざる国教」の大祭司であり、その就任式も宗教儀式として行われる。しかし日本のマスコミはその宗教部分を抜いて報道するから、日本人には、アメリカという国家の宗教性が見えない。
 19世紀に起きた米西(スペイン)戦争から、アメリカという国家の宗教的性格が、帝国主義的な海外膨張政策に結びつく。それから百年、アメリカの外交政策はずっとその延長上にある。

 ということは、アメリカキリスト教選民国家とイスラム原理主義との双方とも聖戦ということになるのか。


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