腰椎すべり症と自己治療と回復の経過

腰椎すべり症になった

 それは忘れもしない2002年の11月中頃。突然右足の足首からふくらはぎにかけて少し痛み始めた。12月にはいるとかなりひどくなり、耐え難いものになった。整形外科に行く。するとアキレス腱の滑膜の炎症であると診断された。それで湿布薬と炎症鎮静ゼリーを処方される。しかし2、3週間毎に行ってたが痛い部分がふくらはぎ外則部にもあることがわかり医者は炎症部が広がったのか当惑顔。こういう状態のままで長い期間が経過して既に2003年8月18日に入っていた。

 痛みはますますひどく歩行にも困難となっていた。かなりびっこを引かないと歩けない。痛みは歩く度に溜まっていきちぎれそうなくらい痛む。しかも右尻の下部分にも異様な痛みが走り蓄積するようになっていた。
 私はしだいにこれはアキレス腱周囲のものでないと疑いを感じ始めた。だが整形外科医は異様に歩きにくい、お尻の部分にも痛みが走るとの訴えにも診断を変えようとはしない。痛い足をかばうせいではないかというのだ。医師不信が広がっていった。正直湿布薬と鎮静ゼリーの処方のためだけに通っていた。
 今から思えば、レントゲン技師が別にいない個人治療所では、医師の指導の元とはいえ看護婦が撮り、その病状把握が大きく制限され、医師もその能力に問題が生じるのではないか。

右尻足の痛みと歩行困難

 しかし9月症状はますますひどくなっていき、歩くのに3倍近くかかり、しかも20メートル毎に一息つかないと歩けない。200メートル毎に座って休まないと歩き続けることができない。これはだめだと10月に入って1回3千円の整骨治療師に4回に行った。だがわからないし対応できない。
 ただ湿布薬でなく冷やしたらどうかと助言される。それでアイス枕とデコデコクールというおでこを冷やすためのバンド付き袋・ゲルパックを買ってくる。毎日寝るのに右足にアイス枕を添えバンド付き袋を付けた。ちぎれるような痛みはこれでましになった。

 だが歩行困難は続く。朝の通勤時は特にひどく休みやすみ行き、500メートルに1回毎に腰の操体法をやり少しましになれば歩く。
 11月始めからはついに勤務後の映画団体の会議や休日の市民団体の会合にも行けないことが時々出てきた。何しろ尻右下、ふくらはぎ、足首が痛む上にすごく歩きにくい。やっとびっこを引いて歩けるくらいだった。つい15〜20分の会場に行けないのだ。休日も無理をして翌日からの仕事に差し障ればあまりにも困るし、じっと寝て本ばかり読んでいた。

 日常の買い物も困難でショップにたどり着いたら息も絶えだえでイスに座り15分ほど身動きができない。

 足を引きづっているので少しの段差でつまづき、しかも腰に激烈に響いて痛みしばらく動けなくなる。

 階段が上れない。下る方はましだが、上りは一足ずつ。しかもふくらはぎか足首に痛みがずっと残る。

 仕事は外で歩くときは必死で何とかかなり遅くなりながらもひょこひょことついていった。しかし外出せずイスに座っているときもしびれるように右足首とふくらはぎが痛む。あるいは突っ張るような感じで痛む。

 もはや県外へ行くなど夢となり2002年12月から2004年5月までに、30キロ離れた県内の市へ行ったのと大阪へいずれも仕事でやむを得ず出かけたのが1回ずつだった。

 このかかっていた医師はだめだと思う。9月以降この件では来院してない。ではなぜ他の整形外科医にかからなかったか。いろいろあるのだが、
・このかかっていた医師が本来は開業前は大手の病院に勤務していた整形外科医では奈良市内のトップにあげられるような医師だったこと。開業後何年かで腕が急速に落ちたのかと思う。

・それと今から思えばこれだけひどくなってから他の医師に見せると手術になる可能性が高いと本能的に恐れていたということがあるだろう。

回復へ

 私は操体法などができ、野口整体系の愉気や活元もできる。気を何とか操作できる訓練も目覚め際に1分足らず毎日している。太極拳もやれる。だがこれに対しては操体法などで痛みや歩行困難がじゃっかん緩和できる程度だった。しかし操体法で少しとはいえ症状に差がでてくるのだ。それで乱暴な話だがやはり自分で治すことにした。


 この段のこの線の間はその後のことで、月別で時系列が新しいものが上になります。

2004年10月 ずっと痛み止めを飲み続け時々痛みはじめる足首とふくらはぎをかかえつつ操体法で過ごしている。
 波があり、痛むと少し歩きにくくなる。階段の上りはこの間でだいぶ改善した。
 また左膝の関節炎は水も溜まらなくなりほとんど痛みもなくなった。自分で膝蓋骨を戻しつづけたおかげだと思う。

 2004年2月になり、壁に立って腰を突き出し手で留めてやがて力を抜き壁にポンと当てるという操体法を始める。これが改善に大きく踏み出すきっかけとなる。細かく毎日のように調整した。薄紙を剥ぐようにかなりましになっていった。遅めで違和感と足にびっこがわずかに残るが歩けるようになっていった。
 だが4月始め困ったことに今度は左膝が関節炎になり水が溜まる。バランスを崩したのかと思う。とにかく右足部が痛いのに左も痛くて歩けなくなる。1日休んでどうなるのか考える。今まで行っていた整形外科に行き診断。水を注射器で抜かないで引くように漢方薬と湿布で治療するとのこと。

 これ以上は自分の手では難しいと思う。それで接骨院に行くことにする。
 電気治療、足熱療法、ローラー器での全身リハビリ、マッサージ。ただし毎日行ってもじゃっかん歩行がましになるくらい。劇的効果はない。
 電気治療は右腰から尻、足ふくらはぎ、足首に通したが電気レベルを強くすると突きつるような痛みがひどく残る。

 6月始め、知り合いに医者に行くよう勧められたのと、もうこれだけ改善していれば手術だとは言われないだろうと思い、別のやや大きめの病院の整形外科に行く。これまでの経過を話すと徹底したレントゲンを撮影、左膝も撮られる。
 診察は、腰椎4番5番が老化で前部へ滑ってくる腰椎すべり症。そのため内部の神経が圧迫され痛みや歩行困難が生じる。すべりは治らない。これ以上滑らないように膝を曲げて腹筋運動して鍛えてほしいとのこと。
 神経圧迫による痛みを改善する痛み止めの薬を出すということ。
 また左膝は膝蓋骨が亜脱臼でずれて軟骨に当たり削られたもの。これは湿布薬しかくれない。

 インターネットでも調べた。腰椎すべり症は治らない。これは整形外科の常識である。もっと悪性のものはやはり私が本能的に恐れたように留め金具とネジを埋め込んで腰椎を固定する手術以外にない。
 私が歩行困難からほぼ治ってきたのもあり得ないことなのだ。

 その診察後、寝て少し腰部を持ち上げ腰椎4番5番部に気を入れて下へ落とそうと溜めてポンと下ろす操体法をやる。立って背中から気を入れてから壁に下ろす操体法も少し混ぜる。今6月半ばだがこれが劇的に効いて少ししびれや朝方起きた直前の歩行にじゃっかんの違和感やイスに座って立ち上がったとき尻部にモソモソッとしたような感じの小さな動かしにくさが残る程度となった。それも歩き出せば少しで消える。不規則に足首にたまに少ししびれが起きる程度。なお腹筋の運動もやっている。
 その後もときたま足首にしびれがくるが、腰椎4番5番に気を入れて落とす操体法で改善する。気を入れる位置を少し変えたらしびれが治らなかったので、飲んでいる痛み止めで消えているわけでは無さそうだ。

 実は昨日1年半ぶりに自分の用で県外へ出かけた。地下鉄の階段もわずかの違和感があるがラクラクと上れた。上ったためか少しふくらはぎの痛みが残ったが20分で消えた。多くの人が私が大変な状態になっていると聞いていたが回復に驚き喜んでくれた。
 その後も少し良化悪化の周期的な波があるが、階段上りへの小支障と、足首とふくらはぎの少しのしびれにとどまっている。

 なお左膝は湿布程度で以前の医師の漢方薬を残りまで飲んだ。フロで自分の手で膝蓋骨を戻している。それでかなり改善したが膝蓋骨はすぐ動くので水のたまりと関節炎は一進一退である。長い目で様子を見る必要がある

 それから接骨院はこれ以上改善に役立つかわからないので1週間に1回しか行ってない。4・5番すべり症であると説明し4・5番に電気を当ててもらっている。これもどうなるか様子を見ている。

他の人が治るか

 他の人が私のように治るか。これは何とも言えない。実は私のやったことでも私自身の体に関する技術はけっこう高くていろんな細かい調整をしてきた。
 私は発気の能力は低いので気の操作訓練だって短いとはいえ365日しているのだ。操体法でもそれなりに勉強し実践してきた。ツボだってかなり知っている。またマッサージもかなりうまいと、してあげた人みんなからの感想である。

 だからいきなり形だけしても治るとはいえない。また私は素人である。他の人の体はわからない。いずれにしろ自分のことでも発症から回復するのに1年半かかったのだ。

 でも苦しんでいる人は多いから経験をホームページに書いたらと知り合いに言われたからこのページを作った。悪いけど責任が持てないので質問には答えられません。


◎操体法公式サイト 操体法がわからない方がいるので説明。これも長い歴史と大系のある民間療法なのです。ただし最もやり方も大系も簡単ですが。
 私は20年前本で読んで独学しました。操体法は公式サイトがあるので見て下さい。
http://www.sotai.com/

◎参考本 新書版中川重雄 編「宝島社新書 操体道入門」(宝島社、2000年4月24日 出版)