《報告》奈良新聞義援金問題と労組の取り組み        98年8月17日
新聞労連近畿地連

 震災3年目の各紙の企画報道が終わり、普段の紙面に戻りつつあった2月3日、毎日新聞朝刊1面に、「奈良新聞社・事業団、震災義援金を不透明処理」の題字が目を引いた。奈良新聞社が県民から集めた震災義援金の一部の3800万円でファクスを購入して「救援物資」として送り、その購入の過程で奈良新聞社の西島謹二会長(当時)の関係する会社が2700万円の利益を得ていた、というもの。 西島氏は、同日の記者会見で「ビジネスマンとして後ろめたさはない」と義援金を元手にした商行為を正当化する発言をした。また奈良新聞社厚生文化事業団は、翌日付奈良新聞1面に、ファクスを「市価よりも安く購入」し、「不明朗な点は一切ありません」とした「県民の皆様へ」と題する告知を掲載した。

 奈良新聞社は発行部数公称12万部、社員170人の、県紙としては規模の小さな新聞社である。本紙の他に「奈良リビング」というフリーペーパーも発行し、いずれも地域に密着した報道・編集姿勢が県民からの支持を得ている。オーナーの西島氏は、93年に株式の過半数を収得し、社主となった。奈良で不動産業を中心とした会社を経営しており、マスコミの経営は奈良新聞が初めて。それ以外の役員はプロパーである。

  奈良新聞労働組合は問題が明るみに出た時点での組合員数62人。社員数から考えれば決して強力な組合とは言えないが、この問題に対する対応は早く、しかも力強かった。3日夕の緊急集会には非組合員も含め60人が参加、深夜に渡る議論の中で、真相の徹底解明を求める決議を行い、さらに5日には約70人が参加する公開団交を6日未明に渡って開催させた。その中で西島氏は「新聞人としての意識に欠けた。全責任は私にある」、社長で厚生文化事業団理事の渡辺氏は「物資の購入を(西島氏に)依頼した私に責任がある」、他の役員は「新聞人として会長を補佐できなかった私たちにも責任がある」などといずれも責任を認め、目に見える形で責任を示すとした。

  奈良新聞社はこれを受ける形で西島氏の会長辞任、渡辺氏の平取への降格をはじめとする引責人事を発表したが、事はそれでは収まらなかった。当然と言えば当然である。事の真相も明らかにせず、「新聞人としては道義的にみて決して許されるべきものではない」という曖昧模糊とした理由での引責人事である。義援金を拠出した県民や読者が納得するはずがない。

  新聞協会は2月19日の理事会で奈良新聞社の除名を決めた。「新聞業界全体に対する信頼を傷つけた」というのがその理由である。終戦直後の混乱期の会費滞納や、販売に関わるトラブルでの除名は今までに何件かあったが、新聞協会が倫理的な理由で除名を決めるのは初めてである。

  新聞協会除名が何を意味するか。ここで協会そのものの存在意義を云々する気はない。しかし、実際に協会を除名されると副次的影響があまりにも大きい。まず各記者クラブは、その加盟条件として新聞協会加盟社であることを条件にするクラブがほとんどである。したがって、規約を変えるか余程の特例措置を認められない限り自動的に協会除名とともに記者クラブも除名されることになる。

  さらに重大なのは、広告に与える影響である。大手企業が広告代理店を通して全国的な広告を打つ場合、ひとつの基準にするのが新聞協会加盟社である。政府広報や自治体の広報も同じようにそれを基準にしている場合があるようだ。普通、新聞社の収入の約半分は広告収入である。その中でも全面広告の多い大企業の広告の占める比率は決して少なくない。発行部数10万程度の地方紙の経営は、どこもぎりぎりの状態である。協会除名を理由にこれらの広告を切られることは、奈良新聞社のような小さな地方紙にとっては、即存亡の危機を意味する。

  そのような重大事にもかかわらず、新聞協会のこの処分は、事態が明るみに出た直後の理事会で即決された。170人の社員の生活を考えると拙速である。新聞労連は直ちに新聞協会に対し処分撤回の要請をした。さらに各記者クラブに対しても、事態の特殊性を考慮して除名としないよう要請して回った。結果としてクラブは規約どおり除名となるところが多かったが、今までどおりの便宜を図るなど、取材に支障がないよう配慮されているケースが多いようだ。

  一方奈良新聞社は、ようやく重い腰を上げ、第三者を含む調査機関の設置と社内調査の実施に踏み切る。

  奈良新聞労組は3月6日、義援金問題を議題とした臨時大会を開き、@真相の徹底究明と責任追及A真の県紙としての奈良新聞の再生B民主的経営体制の確立C公正中立な紙面づくりと言論機関としての倫理観の確保の4点を柱とする方針案を決議した。そしてこの方針に基づき、街頭でのビラまき、署名活動、県民・読者向けの報告集会の開催などを実施した。当初62人だった組合員も、このころには80人にまで増えた。

 また、部次長級の管理職社員も3月2日、管理職ユニオンを結成し、会社に対して真相の徹底究明を求めるとともに、経営陣の責任追及に乗り出した。 この時点で、西島氏は会長職を辞したものの、過半数の株式を所有する社主として相変わらず社内に大きな影響力を持っていた。その後西島氏は所有していた株の大半を、1年半程前に関連する法人3社に売却していたことがわかった。この3社は、西島氏が過去に役員として在籍していたり、今でも西島氏と関係が深いと言われる人物が役員になっているなど、実質的に西島氏の支配下にあると見られる。 また、渡辺氏は代表取締役社長を解かれたが取締役としては残留し、新たな代表取締役に就任した甘利氏も震災当時からの役員で、その責任が問われていた。さらに社は4月の定期人事異動で渡辺氏を取締役編集局長に就任させた。この人事はさすがに社内外からひんしゅくを買ったが、社は6月の定期株主総会で渡辺氏を解任するに当たっての花道作りのつもりだったのだろうか。それにしてもお粗末である。

  6月の株主総会を前にした決算取締役会で会社は渡辺氏の退任を決議し、さらに西島氏から所有する全株式の譲渡の申し出があったことを明らかにした。さらに総会後、今まで会長退任後も西島氏が借入金の債務保証を行っていたことについても、7月以降の債務保証の打ち切りを発表した。組合のこれまでの運動が、不十分ながらも社に対しての一定の圧力となって働いた結果である。

  しかし、まだ前述の法人3社の所有する株式が西島氏と奈良新聞の関係にどう影響するのか、など不透明な部分も多い。また、今回新たに取締役に昇格した役員の中にも、西島氏と近い人物が相当数いるとの話もある。

 今回の問題は、労働組合として取り組むにはある種の難しさがある。94年に起こった栃木新聞争議のように、解散・全員解雇などというような、組合員の生活と暮らしを直接脅かす不当労働行為については、組合としては闘いやすし、外部の理解や支援も得やすい。しかし今回の場合は、直接組合員が解雇されたりといった不利益を被った話ではない。が、このまま放っておけば確実に組合員の生活を脅かす結果になるだろう。

  実際、奈良新聞社は現在、新聞協会除名に伴う広告減で危機的状況にある。組合員の雇用を守るためには、この危機的状況をまず乗り切る必要がある。しかし、その為に問題の真相究明と責任の徹底追及の手を緩めることは許されない。実際に西島氏をはじめとする奈良新聞経営陣は、県民・読者に対し義援金によって利益を得たこと自体についての謝罪もしていないし、はっきりした形でその償いもしていない。

  生活を守る闘いと奈良新聞の真の再生の追求を、別個の課題として扱いつつ、車の両輪として回していかなければならないところに、今後の運動の展開の難しさがある。

 そこで、奈良労組としても、これからはこの2つの問題を別々に闘うことになる。一方の生活を守る闘いについては、取り組みの遅れた春闘・夏闘を始動させるとともに、雇用の確保の観点から、経営の安定を図る取り組みを強める。具体的には、新聞協会への復帰が、最も効果的な策であり、且つ緊急の課題である。

 もう一方の、奈良新聞の真の再生と、西島氏や奈良新聞社に対する責任追及などは、義援金を拠出した県民・読者とも密接に関わりのある問題であり、こうした人たちとの共闘が不可欠である。そうした観点から、奈良新聞労組と新聞労連近畿地連は7月20日、広範な市民・読者とともに「奈良新聞を考える市民の会」を立ち上げ、奈良新聞社と西島氏に対し、要求書を提出するなどの活動をはじめている。

 いずれにしても、新聞社として相応しい経営の安定、雇用と賃金の安定、奈良新聞の信頼回復などには、なお時間がかかる。息の長い取り組みになると思うが、全国からの熱い支援を、引き続きお願いしたい。

以上

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