市民運動と困った人

人のつきあいが市民運動。困った人も多いもの。その対応法など。

○プライドの高い人
又は話し合わない人
 自分は特別で他の連中とは違うのだから話し合う必要もない。正しい意見は出しといてやる。それについてもなぜなのかこの話し合いの場にはいろんなやつがいるから理由も述べる必要がない。後で少人数になったときに教えてやる。又は何かの機会に親切心から提言してやる。
 あるいは手配など正しいことを私がしておいてやる。後でやっておいたと言えばいいだろう。
 本当にみんな頼りない。こんな連中と意見を交わしても仕方ない。

 これは意識的でなくても自分をごまかしつつ実はそう思っている方もいます。

 まあ傲慢かつめちゃくちゃですが、こういう人は実は意外によくいるのです。もちろんトラブルメーカーとなる場合が多い。一緒にやれない場合がありその場合は無理をしないでお引き取りを願った方がいいです。ここでそれ以外の人から、いろんな人とも一緒にやるべきだなどと言う方がいますが、こういう意見も教条的で思考停止で現実離れしています。こういう人でスタッフとしては的確ではない人が多いはずなのです。ご意見番やアドバイダーなど別の形で協力していただきましょう。スタッフも適性がいるのです。

 こういうひとは専門職、技術者、又は長い間運動をやり凝り固まってしまった人、あるいは学歴が高くその学歴特権意識が染みついた人、などに多いです。
○「活動家」に
なりたくない
 別に困ったまでいかないですが、自分は「活動家」としてみられたくない。そういう人として周辺に思われたくない、という人がいます。でもこの方もスタッフとしてどうでしょうか。

 正直勘違いだと思うのです。NPO活動がアメリカで国民総生産の8%を占めるように、現代社会では市民組織が重要で、バラバラの大衆社会を支えオピニオンしていくのが市民の中のオピニオンリーダーの役割なのです。それぞれが市民組織スタッフとしてのノウハウとテクニック、宣伝方法などに熟練する必要があります。ボランティアとしてほぼ国民全員が何かをする米国、そしてOECD諸国。そういう中から当たり前のこととして市民組織のスタッフは存在します。そういうのは変わった人なんだ。そうなりたくないんだというのではスタッフとしてやっていけないのでは。人に働きかけるというのは大変なことで熟練していく必要があると思うのです。ごくわずか数ヶ月間くらいというふうな及び腰ではスタッフはつとまりません。スタッフとは当たり前の存在として考えを改めてもらう必要があります。
○頭の悪い人  頭の悪い人とは何ということを書くのかと言われそうですが、現実に問題がまったく理解できない人がいるのです。社会問題に関心のない人も含めそういう人も関わってきますが、長く対応しない。市民運動は別記しますが、その形態も含めオピニオン運動なのです。社会的なオピニオンをいかに確立していき世論を動かしていくということが主眼で、社会のすべての人を説得する運動ではありません。これがわからないという人もいるでしょうが、特定の人としかつきあってなくてかえって世の中いろんな人が存在するのだと理解できないのだと思います。
○関心のない人
○暇つぶしの人  街頭で署名運動などをやっていると必ず議論をしてきて延々と話し続ける人が出てきます。それで運動側でいつまでもいつまでも辛抱強く相手をする人がいます。大抵2時間以上話していて署名運動ができない。

 正直適当に切り上げた方がいいと思います。連絡先を教えて電話してほしいとか。これも全員を説得する運動ではないということをまず理解すべきなのです。相手はほとんど暇つぶしでやっているだけなのですから。何時間相手をしても徒労です。だいたいそんなに興味を持っているのなら他の場所でいくらでも方法があるはずなのにわざわざそんなところでじゃまになる形で延々としなくてもいいはずなのですから。普通の人だったらそう考えて後で電話をかけて聞くとか遠慮してくれるでしょう。冷静に見るとかなり悪意がこもっているんですね。だいたい後で連絡してきたという例は関西レベルですが私が知る限り一件もありません。

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