JCCA・移住者の会共同主催
日本語による特別講演会

異文化適応の光と陰

 1998年1月15日、JCCAと移住者の会が主催する日本語による特別講演会「異文化適応の光と陰」が開催された。JCCAと移住者の会が共同主催した同講演会には、異文化適応の専門家で長年、日本人や日系人の相談に応じられている野田文隆先生(東京武蔵野病院、BC大学精神科)と堀江通旦先生(サイコセラピスト、カウンセラー)が招かれ、異文化に適応しながら生活する移住者の精神衛生やバンクーバーに居住する人々の間で多く見られる季節性情緒障害などについてそれぞれ専門家の立場から講演を行った。 

異文化適応と精神障害:

野田先生のお話

 当日はまず、野田文隆先生が「異文化適応と精神障害:移民の精神病理」というテーマで講演を行い、移住が精神衛生にどのような影響を与えるかということを概説、移住者にとって何が精神衛生の危険因子になりやすいのかについて解説を行った。
 「移住は精神障害を引き起こし易いか?」という疑問について、野田医師は精神学的なリサーチの結果をまとめ、この問いに肯定的な学者と否定的な学者がいることを指摘している。しかし、「最近は、移住そのものは精神障害を引き起こす要素ではないが、移住に付随するいくつかの危険因子が障害の要素となりうる」という見方が一般的であるということだ。
 では、「移住に付随するどんな危険因子が障害の要素となりうるのであろうか?」野田医師は、年齢や性別、文化的背景といった人口学的な要素と移住時の条件や移住後の要素といった社会的な要素とに分けてそれぞれの分野で顕著な危険要素について解説を行った。

人口学的要素

  1. 年齢:移住者の中で精神障害を経験する危険の高いのは、思春期あるいは老齢期に移住を経験した人である。思春期は、自己アイデンテティが確立される時期にあり、移住をその過程で経験することによってその自己アイデンテティの確立にゆらぎがおこりやすい。その結果、アルコールや薬物に依存したり、非行やうつ病などを患う場合もあるという。また、老齢期で移住する人には、自分の財産や友人、価値観を喪失する傾向が高い。適応にも時間がかかることから、喪失感を感じ、孤立感やうつ状態に悩まされることが多いという。
  2. 性別:性別に関しては、一般的に女性が精神衛生に危機を被りやすいと言われている。これは、特にアジアの大家族の中で主婦であった女性がカナダのような国に移住した時に起こり易い。というのも、移住の過程で伝統的な家族の役割が変化、大家族から核家族になる中で自分の価値や役割を見失ってしまい、それに適応できないことがあるからだという。性別自体が適応に直接影響するのではなく、家族構成や家族の役割、経済や夫婦関係の変化など、他の要素が絡んだ結果、女性の方が男性よりもハイリスクになると考えられる。
  3. 民族・言語などの文化的背景:リサーチによると、出身地と移住地の文化度の差は移住者の適応度や精神衛生にはそれほど影響を及ぼさない。
     しかし、言葉という要素は非常に大きく、移住地で話されている言葉が上手であればあるほど適応の過程もスムーズにいく傾向があるという。野田医師は、日本に移住した中国戦争孤児のケースを例にあげ、これら戦争孤児が日本に家族や親戚がいるかどうかということよりも、どれだけ孤児が日本語を知っているかが移住適応に影響を及ぼすという事実をあげている。
     一方、移住者の教育レベルは必ずしも適応の良否には影響しない。かえって高学歴の移住者の方が、移住地で専門的な仕事を見つけられないことから、スムーズな適応が難しい場合も見られる。

移住時の条件

  1. 移住前のストレス:難民のように、移住前に非常に大きな心の傷を受けた人は移住後の適応が難しいと言われている。しかし、一般的には、移住前のコンディションよりも、移住後どういう所に住むか、どういう仕事に就くかといったような社会適応の方が精神衛生に与える影響が大きい。
  2. 家族構成:家族構成も移住者の精神衛生に影響を与える要素のひとつである。一番精神障害の危険率が高いのが、単身者や配偶者と離別してきた移住者で家族と離別して移住してきた人でも、将来、家族がやって来るかもしれないという想定のもとで移住する人はリスクが低いという。また、大家族のサポートも、特にアジア系移民の場合は重要になってくる。
  3. 未来への期待:移住に対し、現実的な考え方を持っている人のほうが精神障害をきたす割合が低いという。野田医師は、「期待も大事だが、その裏付けも大事」といい、移住する前に移住地の情報に触れてきた人や以前にも外国へ出た事のある人は、非現実的な夢や期待を抱いてきた人よりもリスクが低いことを指摘している。

移住後の要素

  1. 移住国の受け入れ態勢:野田医師は、移住者を受け入れるホストカントリーの受け入れ態勢が移住者の精神衛生に大きな影響を与えるということを強調している。特に、就労機会につなげる体制があるかないかは移住者のストレス軽減に重要なシステムだ。仕事を得る可能性があるということは精神衛生上大変重要で、こちらの社会での安定感を与えるという意味でも大変意義が大きい。また、学生等の場合、学校で英語だけでなく自国語でしゃべれる環境にあった方が子供の適応がスムーズだという。授業は英語でも、休み時間には日本語でしゃべれる。そういった柔軟な対応をしている方が子供も早く適応できるという。
  2. 社会的地位・経済状況:野田医師がたびたび強調するように、雇用は移住者の適応に大変重要な要素となる。満足できる仕事に就けるということは、移住前のストレスや家族の離別といった要素よりも、優位に精神衛生に影響するという。結局は、仕事が安定していないと、家族関係にも影響を与えかねないこともあるからだ。満足できる雇用を促進することは、移住者の受け入れ対策には重要な要素だといえよう。
  3. 民族コミュニティの構成:移住者が必ずしも民族コミュニティと接触するかしないかは別として、可能性として同じ文化を分け合う人々と接触できる、あるいはそういうコミュニティがあるということは大切な要素である。コミュニティもなく孤立してしまったり、友人や同じ民族の知り合いがない人は、精神障害を経験するリスクが高い。文化的に孤立することは非常に危険で、精神分裂症で初回入院する率は、このグループに多いという調査結果を発表する学者もいるほどである。

滞在期間

 「移住してからどのくらい経った時に精神的なゆらぎや不安定さを経験するのか?」野田医師は、ハイリスクな時期として、移住直後、3ヶ月から18ヶ月の間、そして5年・10年・15年といった区切りあげている。まず、移住直後は急激な環境の変化に適応しなけらばならないことから当然と思われるが、野田医師によるとこの時期はなんとかがんばる人が多いという。しかし、少し馴れてくる3ヶ月から18ヶ月の間が危険な時期で、特に1年目あたりをアニバーサリー・リアクションといって危険視する声が大きい。これは、移住直後の大変な時期を乗り越えてホッとするのがちょうど1年目あたりで、生活的にもいろんな物がそろってきて落ち着いたころに過去を振り返り、疲れをどっと感じる人が多いからだ。そして、5年目・10年目・15年目という節目は、家族や夫婦の問題が連動して望郷の念にかられたり、老後の憂慮しはじめている折りに問題がおこることが多い。5年以後のディプレッションは、生活に密着した問題を要素として引き起こされる場合が多いという。

まとめ

 野田医師はまとめとして、移住者の精神障害を引き起こし易い危険因子を以下の7つに大別する。

  1. 移住にともなう社会的・経済的地位の低下。
  2. 言語能力の欠如。
  3. 家族離散。もしくは、家族の離別。
  4. 受け入れ国の友好的態度の欠如。
  5. 同文化圏の人々と接触できない。
  6. 移民に先立つ心象的体験もしくは持続したストレス体験。
  7. 老齢者と思春期世代の移住。

 野田医師は、最後に、移住者の90%は大きな問題もなく適応に成功するということを強調している。残りの10%の人々は、これらの危険要因が重なり合った時におもいがけない落とし穴を経験することになるという。野田医師は、こうしたことを頭に入れておいて日頃から気をつけておいた方がいいと提言、講演の内容をしめくくった。           

季節性情緒障害

堀江先生のお話

うつ状態の症状と要因

 日本から移住してきた人がカナダに住んでみて感じるのは、季節によって日照時間が大幅に異なるということではないだろうか。北緯度に位置するバンクーバーでは、夏は非常に日が長く、冬は極端にその日照時間が短くなる。雨の多いバンクーバーでは、特に冬になるとどんよりとした空模様が多くなり、気分が憂鬱になる人も少なくない。

  1. 睡眠障害(寝付かれない、熟睡できない)
  2. 食欲障害
  3. 気分が落ち込む
  4. エネルギーのレベルが落ちる(すぐに疲れる)
  5. 集中力が落ちる
  6. 自信がなくなる
  7. 自殺願望が強まる

 「こうした症状の背景にあるものはたくさんあります」と語る堀江先生は、日常生活のストレスだけではなく、脳手術の直後や肺炎の回復期など体の一部が完璧に機能していない場合や、長期のアルコール依存症など化学物質の副作用によってもうつ的な症状が引き起こされると解説する。心の悩みやストレスが生じて起こるうつ状態を心因性あるいは外因性うつ状態と呼び、体の器官がうまく機能していないために起こるうつ状態を器官性あるいは内因性うつ状態と呼ぶ。しかし、実際の場合には、外因性・内因性の要素が絡み合ってうつ状態を引き起こす場合が多い。

季節性情緒障害(Seasonal Affective Disorder: SAD)

 しかし、1980年代に、うこうした要素以外にも、日照時間が短いために起こるうつ状態があるということが判明した。これは医学的に「季節性情緒(SeasonalAffective Disorder: SAD)」と呼ばれている。症状としては、秋や冬になると家庭や社会的な問題があるわけでもないのに気分が落ち込み、そうした状態が最低60日間以上続く。しかし、春になると気分が晴れ、夏になると正常に戻る。こういう体験が2年間続くとSADと呼ばれる季節性情緒障害にかかっている可能性が強い。
 SADと他のうつ状態のちがいは、SADにかかっている人は不眠ではなく多眠に陥りやすく、食欲不振ではなく食欲が増すという点にある。「ずっと寝ていて甘い物が食べたくなる」という症状がSADの典型的な例だと堀江先生は語る。
 また、この季節性のうつ状態は、日照時間と深い関係があると強く信じられている。アメリカの学者がリサーチしたところによると、北緯65度に位置するアラスカ州の町の住民はその8.9%がSADにかかているにも関わらず、北緯38度のモントゴメリーという町の住民の間ではその比率がわずか4.3%という結果が出ている。これは日照時間の違いによって引き起こされていると結論づけられている。

大脳、日照時間とうつ病との因果関係

 うつ状態と大脳の間には深い因果関係があるということは1970年代から知られているが、日照時間とうつ状態が関連しているその背景にもやはり大脳の機能が絡み合っていることが明らかになっている。
 大脳の構造は間脳、大脳皮質、大脳辺縁系に大別されている。このうち大脳辺縁系は間脳を司るだけでなく、種の保存の機能、記憶(短期間の記憶)、人の情緒を司っている。この大脳辺縁系には神経伝達物質を作り、送り出す神経が集まっており、この神経伝達物質の1つ、セロトニンの量が下がるとうつ状態になるということが判明している。このセロトニンの量を正常に戻すことで情緒の起伏を抑えることができる。これは、セロトニンが他の神経伝達物質の量にも影響を与え、これらの物質が何らかの形で私達の気分に影響を与えるからだとされている。SADが起こるのは、このセロトニンの量を調整している機能が日照時間と関係があるからだ。
 脳には内的時計と呼ばれる機能があり、細胞の活動が12時間おきに興奮している状態から休んでいる状態へと変動する。この細胞は網膜や頭の真ん中に位置している松果体と呼ばれるホルモン器官にあり、12時間おきにこの松果体の機能が上下するからだ。この松果体の中にセロトニンが集中しており、日中はこのセロトニンの量が上がり、寝ている間に下がることが知られている。そして、この量がある程度まで下がると目がさめるという機能関係が存在する。そして、この松果体が大脳辺縁系と密接な結びつきを持っており、松果体の中で起っているセロトニン量の変動が感情を司る大脳辺縁系の中でも行われるのだ。このセロトニンの量は日照時間に影響されて変動すると考えられいることから、うつ状態と日照時間が密接な関係を持っていることが理解される。しかし、日照時間が極端に減っていくと、頭の中にある時計が適応できなくなってしまい、それがセロトニンの量に影響を与え、大脳皮質の機能である情緒の弊害を与えることになる。

SADの対処法

 日照時間とうつ状態が相関的な因果関係を持っていることから、人工的に日照時間を伸ばすことでうつ状態を治療することができる。例えば、日照時間が短い冬の間にメキシコ等南部の地域へ旅行したり、朝か夕方に人工的な強い光にあたったりすることでうつ状態から解放されるケースが多い。堀江先生によると、SADにかかっている人の60%から70%はこうした対策をこうじることで薬物投薬などの治療を受けなくても効果的に反応するという。しかし、残りの30%から40%の人々は、セロトニンの投与による投薬治療が必要になる。
 人口的な光にあたる治療法では、光の明るさは少なくとも2500ルクス必要であるとされている。これは、蛍光燈6本を一度に80センチの所から朝あるいは夕方に1〜2時間浴びることで可能な量である。UBCの研究では、10000ルクスの光を毎日30分浴びることでSADの治療に成功している。(10000ルクスの光を作るのは一般家庭では無理)しかし、この治療を止めると、4日以内に症状が再発することが判明している。現代人は普段から屋内で生活する時間が多く、自然の光を浴びる機会が少ない。普通のオフィスの明るさは400ルクスから600ルクスと言われており、そうした環境がSADに与える影響も大きいと考えられている。堀江先生によると、明るい光に照らされることは、一般的な精神衛生からみても大切であるという。

参加者との質疑応答

 両先生の講演の後、参加者からの質問が受けつけられ、精神衛生に関する質疑応答の時間が設けられた。ここで、その一部を紹介する。