Special Thanks to 謎の東洋人同志 ヽ(´ー`)ノ

注:   このページは米国国務省のリポートを、謎の東洋人同志が読みやすい日本語に訳したものです。

一國堂同志の労作である読みづらい(けどおもしろい)機械翻訳こちらに移動しました。

オリジナルページ(英語)はここ→ http://www.state.gov/www/global/human_rights/1998_hrp_report/northkor.html


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アメリカ合衆国国務省

朝鮮民主主義人民共和国
人権実態に関するカントリー・レポート 1998年度

民主主義・人権・労働局発行, 1999年2月26日.

第1節     人間人格の尊重と自由について

第2節     市民の自由

第3節     政治的権利の尊重について:国民が政府を変革する権利

第4節     国際機関と非政府組織による人権侵害の査察に対する政府の態度

第5節     民族・性別・宗教・障碍・言語・社会状況に基づく差別

第6節     労働者の権利

Blue Bar 
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* 朝鮮民主主義人民共和国 *

朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)は、朝鮮労働党(労働党)の絶対的支配にもとづく独裁制をとっている。金日成は北朝鮮を、その発足当初から1994年の死去にいたるまで指導した。それ以降は息子の金正日が無二の権威を担うことになった。1997年10月、金正日は労働党の総書記に指名された。9月には最高人民会議が金正日を国防委員会委員長に再承認し、“国家の最高職責”に指名した。主席職は廃止され、故金日成のみを北朝鮮唯一の主席とした。金日成金正日はひき続き、ともに熱烈な個人崇拝カルトの対象となっている。体制は、自らを信じる、とする国家イデオロギー“チュチェ(主体)”を強調している。司法は権力から独立してはいない。

朝鮮人民軍は外敵に対する安全に任を置く主要機関である。軍は大量の常備軍と、労農赤衛隊、人民警備隊などを含むいくつかの準軍事組織によって補強されている。こうした組織は国内の治安維持において、社会安全省や労働党幹部を補佐している。人民警備隊のメンバーは重大な人権侵害に関与している。

国家はすべての経済活動を監督下に置いており、労働者の組織は国家の管理下にあるもの以外認められない。1998年には経済が逼迫したが、これは20年前から毎年みられたことである。この財政悪化は、部分的にはソビエトブロックの崩壊と、ソビエト・中国からの譲歩的条件での貿易と援助が消滅したことに起因する。また、(経済資源の)配分におけるボトルネックや不適切な資源の割り当て、北朝鮮の対外債務不履行に端を発する国際的資金の入手難、そして国家生産の推定 4分の1 を軍事支出に割り当てていることも原因となっている。1995、1996、1997年には悪天候によって作物が損害を受け、数千人が家を失った。このことが、すでに困難になっていた経済状況に拍車をかけた。1998年の収穫高は最低限必要とされる需要を下回った。政府は国際的な食糧援助を、他の形態での援助とともに要請した。食料や衣料、そしてエネルギーは、国家全体にわたって配給制である。

政府は国民の人権を認めていない。国民は平和的に政府を変革する権利を持たない。法規によらない死刑や、失踪の報告が続いている。国民は恣意的に拘留され、その多くが政治犯とみなされる。刑務所の環境は劣悪である。司法の独立性と公平な裁判は憲法で保証されているが、現実には守られていない。体制は国民に強い統制を共用している。国家の指導者層は人権に関する国際水準のほとんど、とくに個人の権利を、違法であり、外国の社会的概念が国家と党の最終目標を覆滅するものと見做している。刑罰の内容はきわめて厳しく、一連の“革命に対する罪”に対しては、死刑と全資産の剥奪が規定されている。“革命に対する罪”には、逃亡、逃亡未遂、党や国家の政策に対する中傷、海外放送の聴取、“反動的”文書の著作、そして反動的印刷物の所持などが含まれる。政府は言論・報道・集会・結社の自由を禁止しており、文化活動と報道活動はすべて、党の厳しい統制下に置かれている。北朝鮮で販売されているラジオは、北朝鮮の放送だけが受信できるように作られている。海外で入手したラジオは、同様の方法で改造を受けなければならない。こうした環境では、政府が認めて報道する以外に、海外の情報が公衆に届くことはほとんどない。政府は宗教・市民運動・労働者の権利を認めていない。

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人権の尊重

第1節     人間人格の尊重と自由について

a.     政治犯と、その他法規によらない死刑
b.     失踪
c.     拷問と、残虐かつ非人間的で下劣な措置と折檻
d.     恣意的な逮捕・拘置・追放
e.     公平かつ公開された裁判の拒否
f.     プライバシー、家族、家庭、通信の恣意的な侵害


a.     政治犯と、その他法規によらない死刑

亡命者によると、体制は政治犯、反体制者、本国に送還された亡命者、その他 (報告ではスパイ容疑や金正日暗殺計画の容疑をかけられた軍将校など) の抹殺を続けていると報告されている。刑法では、“国家的な解放闘争の妨害”を目的として、“帝国主義者と共謀して”、活動をおこなった場合、例外なく死刑に処すると明記している。囚人の何人かは、こうした病的な“犯罪”、すなわち“イデオロギー的相違”、“反社会主義”、あるいは“反革命的犯罪”によって死刑宣告を受けている。労働者・学生・学校児童らが参加した集会で公開処刑が行われたケースもあると報告されている。拘置所内で、収監者たちの目前で処刑が行われたこともある。国境警備隊は亡命のおそれがある者を射殺するよう命令されている、という報告もある(第2節参照)。

8月にロイターが未確認情報として伝えたところによると、3月に反金正日クーデター計画が露見したあと、当局は軍メンバー数千人を逮捕した。報告は政府が無数の人間を粛清したと伝えている。

多くの囚人が疾病・飢餓・遺棄によって死んだと伝えられている (第1節 c 参照)。

日本と韓国の未確認報道によると、党の上級幹部数人が1997年9月に粛清された。共同電は、労働党の Seo Kwan Hui 農業委員会議長 (Secretary of Agriculture) ほか、軍と金日成社会主義青年同盟を含む17名の上級幹部が、腐敗と南側との謀議の罪により粛清された模様と伝えている。1月のAFP電は、今回の粛清者には朝鮮人民軍政治局に所属する4つ星級将官と、最高人民会議の外務委員会 (Foreign Affairs Committee) メンバー、Choe Hyon Tok 氏が含まれていると伝えている。AFPによれば、このグループの7名は数千人の観衆の前で銃殺された。

韓国のニュース誌は、1997年に牛泥棒や電線泥棒、逃亡などを含む、経済的敵対行為のかどで、少なくとも20回の公開処刑がおこなわれたと伝えている。1997年1月にアムネスティ・インターナショナル (アムネスティ) は、1970から1992年までの間に、“山賊行為”や“列車から米を盗んだ”といった前述の敵対行為のかどで、少なくとも23人が公開処刑になったと報告した。政府当局者は1995年、アムネスティに対して、1985年以降に行われた処刑はただ1、2回にすぎないと伝えている。

b.     失踪

政府がこうした事件に関与していると報告されている。亡命者の報告によると、政治犯の容疑をかけられた者は国家の保安職員に深夜に拉致され、裁判を受けることもなく政治犯用の収容所に送られる。韓国や日本をはじめとする国外での誘拐事件でも、北朝鮮が関与しているという報告もある。日本のマスコミは、過去30年間に20人もの日本人が拉致され、北朝鮮に抑留されていると推測している。さらに、朝鮮系の中国人やロシア人を恐喝することを目的として誘拐や略取、暴力行為がおこなわれたことが明らかな事件がいくつか報告されている。たとえば、中国で伝道師として働いていた韓国人の失踪に、北朝鮮が関与していたとする確かな証拠がある。この伝道師はその後北朝鮮で公衆の面前に現れ、亡命者を演じることになった。北朝鮮は誘拐事件への関与を否定している。

この年、報道記事によると、朝鮮戦争中に捕虜となり、その後45年間抑留され重労働を強要されていた韓国軍将校2名が第三国経由で逃亡し、韓国に帰還した。

AFPは1月、貿易関連職員が解任されたと報道した。香港のメディアは3月、対外貿易と投資を担当する数人の北朝鮮当局者が消息を絶ったと報道した。

1997年11月、韓国政府は北朝鮮のスパイと目される数人を逮捕した。韓国政府が発表した調書によると、逮捕者は1978年に失踪した韓国の高校生3人が北朝鮮に拉致され、スパイとして訓練を受けていたと証言した。この3人は仙遊 (Song Yu) ビーチで消息を絶った金英男 (Kim Young Nam) 君と、紅島 (Hong To) のビーチで消息を絶った李明雨 (Yi Myong U) 君と洪建杓 (Hong Kyun Pyo) 君であることが明らかとなった。逮捕されたスパイによると、他にも数件の拉致がおこなわれた。

アムネスティは日本人柴田幸三氏とその妻Shin Sung Suk夫人を含む一連の失踪の詳細を報告している。夫妻は1960年に日本から北朝鮮に向かった帰還者だ。1962年、当局は日本からの帰還者が不当な扱いに抗議してデモをおこなった際、これを支援した柴田氏を逮捕した。アムネスティは1993年に、彼がいまだに劣悪な健康状態で拘留されており、さらに1965年以降、彼の妻と3人の子供が消息不明となっていると指摘している。1995年に北朝鮮当局はアムネスティにたいし、柴田三郎氏とその妻子は1990年はじめ、柴田氏が30年近い拘留から釈放された直後に列車事故で死亡したと伝えた。しかし、アムネスティは事故当時、柴田幸三氏がまだ拘留されていたと主張している。

北朝鮮当局は1995年、アムネスティにたいし、日本人 Cho Ho Pyoung (日本名 小池秀子)氏と3人の子供が、逃亡を企てたため処刑されたと伝えた。当局者がアムネスティに伝えたところによると、Cho氏はスパイ容疑で拘留されていた拘置所から脱走し、その途中で警備兵を殺害したと伝えた。

北京に住んでいた朝鮮系中国人3人 (年齢は16、18、20歳)の場合、1995年のアムネスティの報告によると、彼らは意思に反して北朝鮮に拉致され、いまだに解決していない。3人は、北朝鮮で囚人として暮らした経験を持つ彼らの父親が、北朝鮮の人権侵害を日本のテレビ局と報道機関を通じて批判したため、その明白な報復として拉致された。北朝鮮当局は、3人は中国の法を侵したため追放されたもので、現在も親類とともに生存しているとして、この主張を否定している。

一般市民が外国人との接触を持ってはいけないことは、多くの報告が示している。アムネスティは、外国人との友人関係を持った多数の北朝鮮人が失踪していると報告している。アムネスティは、ロシア人と友人関係を持っていたという理由で処刑された市民も少なくとも1例あると報告している。

c.     拷問と、残虐かつ非人間的で下劣な措置と折檻

最近おこなわれているものについては情報がないが、信頼できる報告によれば、囚人は適切な処置を与えられず、疾病・飢餓・放置などで死亡している。

2月にポーランドの新聞が、中国経由で韓国に亡命するまで、10年間北朝鮮の強制収容所ですごした女性の経験を報告している。その収容所にいた約1800名の収監者は、通常1日16〜17時間働いた。報告した女性は、激しいむち打ちと、胃にゴムホースで大量の水を流し込んでから警備兵が胃の上に渡した板の上を飛び跳ねるなどの拷問、さらに軍が収監者を使って生物化学兵器の実験などを行っていると述べている。韓国のメディアは、北朝鮮の国家安全局が強制労働や暴力と公開処刑によって収容所を管理運営していると報告している。

刑務所の環境は劣悪である。国際非政府組織(NGO)と亡命者筋によると、亡命者の家族は子供も含め、全員が刑務所に収監される。“労働を通じての再教育”が一般的におこなわれる刑罰であり、劣悪な条件での木材伐採や農作業などの強制労働を指す。強制収容所から脱走してきたという少数の人々は、飢餓と処刑が日常的に起きていると指摘している。ある刑務所では衣料は3年に1度しか支給されていないと報告されている。元囚人は歩くことはできるが走ることができないように作られた特製の足枷をした囚人の写真を作成した。アムネスティは立ち上がれないほど天井が低く、寝られないほど狭い“拷問室”が存在し、所内の規則に違反した者は数週間にわたってそこに閉じ込められると報告している。北朝鮮訪問者は、金属性の足枷と首輪と手枷をした囚人が行進させられているのを見たと報告している。

アムネスティ事務局は最近、模範的な“矯正収容所 (rehabilitation center)”を訪問する許可を得たが、政府は通常、人権監視団による刑務所の査察は認めていない。

d.     恣意的な逮捕・拘置・追放

政府は人々を望むまま無制限に拘置・収監・監禁することができる。

北朝鮮における犯罪者の裁判手続きに関する情報はほとんどなく、外部からその法治システムを観察できるのは、交通違反や微罪に関する“公開裁判”に限られている。

拘置された人物に対する量刑を知ることは、家族や知人にとってさえ、ほとんど不可能である。司法による拘置実態の監督は、法律上も現実にも存在しない。

拘置経験者は、北朝鮮には政治的理由で、ときには家族とともに、遠隔地にある警戒の厳しい収容所に拘置された者が、15万から20万人いると主張している。元囚人による1992年10月の報告には、いわゆる“強制収容所”の厳しい生活環境が記されている。北朝鮮当局者はこうした囚人収容所の存在は否定しているが、“過って犯罪を侵した”人々のための“教育センター (education centers)”の存在は認めている。

信頼筋の報告には、北朝鮮にあるこうした囚人収容所が12箇所リストアップされている。元高官のうち何人かも、こうした収容所に収監されていると言われている。以前は収容所の訪問も認められていたが、現在はいかなる形での収監者との接触も認められていないようだ。

5月に、ある朝鮮系外国人が収監され、釈放されるまで3カ月館もの間監禁されていた。9月には、べつの朝鮮系外国人が詳細不明のまま“法律違反”のかどで収監され、国外追放になるまで1カ月間監禁された。

韓国紙はまた、元主体思想研究所指導者で金日成金正日のアドバイザーを勤め、1997年に北朝鮮から亡命した黄チャンヨプ氏の家族は自宅に拘禁されているか、もしくは政治犯刑務所に収監されたと伝えた。しかし、北朝鮮を訪れた外国人は彼の家族の何人かを目撃している。

1991年、北朝鮮国家安全省高官を務めた亡命者は、拘置所には2種類あると語った。ひとつは閉鎖された収容所で、環境は劣悪で囚人はけっして出所することはない。もうひとつでは、囚人は“矯正”する機会が与えられる。

1997年10月、誤って非武装地帯 (DMZ) の北側へ迷い込んだ韓国人農民2名を北朝鮮部隊が捕らえた。彼らはDMZに入ったことを謝罪して、数日後に解放された。

政府が国外追放を行った例は知られていない。しかし、政府は定期的に強制移住を行い、数十から数千人単位で平壌から辺地へ移住させている。身体に障碍を持つ者や政治的に信頼されない者も、国内での追放を受けていると報告されている。こうした移住者はしばしば家系に基づいて選抜される。しかし、体制が“人民”の連帯や海外同胞との“共同戦線”を強調する必要があるため、階級的な背景は以前ほど重要ではなくなっていることがいくつかの証拠から明らかにされている。1997年9月の未確認の外国電によると、500人程度の中級幹部が国内で追放に遭ったと伝えられている。

e.     公平かつ公開された裁判の拒否

憲法には、裁判所は独立であり、司法手続きは厳格に法に基づいて行われねばならないと規定されている。しかし、北朝鮮に独立した裁判官と個人の権利は存在しない。人民保安省は政治的事件に関する裁判を省略し、被告を国家保安省に委ねて刑を執行する。

憲法には厳密な手続上の保護措置が記されており、事件は公開の場で質疑され、被告には弁護の権利があると規定されている。もっとも、法は質疑が公にされない場合があるとも規定している。裁判では、法律家は政府によって任命される。報告では、弁護士役の法律家は被告の代弁を行うわけではないことを示している。むしろ裁判所を助けて被告を説得し、罪の自白を引き出すことが期待されている。いくつかの報告は、政治犯罪の被告と一般犯罪のそれとでは区別がなされ、政府が裁判と法律家を用いるのは後者の場合だけだと記している。政府は体制の批判者を “政治犯罪者”と見做している。

政治的な攻撃には、かつては金日成の写真を載せた新聞紙の上に座ったり、(強制労働刑を宣告されたという大学教授の場合)金日成が公教育をほとんど受けていないと教室で記すことさえ含まれていた。朝鮮労働党は金日成金正日のイメージを守るために、特別の規定を持っている。北朝鮮人はこの規定によって、ダメージを与えるようなことがらから2人の金氏を守らねばならないとされている。1970年はじめ、“党の唯一思想体系確立の十大原則”は、2人の金氏の新聞の掲載写真を破いたり損なう者をすべて政治的犯罪者と見做し、相応の厳罰に処すると定めた。北朝鮮亡命者は、子供が誤って2人の金氏の写真を汚したために、その家族全員が処罰されたと語った。すべての家庭は2人の金氏の写真を飾り、常にそれを保衛していなければならない。党の地方幹部は月に一度、通告なしに査察を行う。写真を掲げていない場合の刑罰は、1年間、自己批判文書を書かせることである。

体制が行う海外放送のために雇用されたある外国人は、裁判もなしに1年間収監された。体制の海外向けプロパガンダの品質を批判したためである。彼は釈放された少しあと、会話の中で収監が不当だと洩らしたため再び裁判を受け、その後6年以上服役させられた。アムネスティは58人の政治犯について実名を挙げているが、拘留されている政治犯ははるかに多い。亡命者数人と元服役囚は、政治犯の総数は約15万人程度だろうと報告している。また韓国の当局者は総数20万人程度と語っている。

韓国統一院は1997年10月の韓国国会で、北朝鮮では20万人以上の政治犯が強制収容所に収監されており、多くが凍死、餓死しており、飢饉が状況をさらに悪化させていると報告した。この報告は続いて、電気も暖房設備もない収容所の実態について言及している。報告は、脱走を試みる者は直ちに処刑されると述べている。収容所のほとんどは遠隔地の山中や鉱山地帯に設けられている。政府の経済政策の失敗について公に語る者が増えているため、政治犯の数が増加しているという報告もある。

f.     プライバシー、家族、家庭、通信の恣意的な侵害

憲法では個人とその住居の不可侵と通信のプライバシーが保証されている。しかし政府は、現実にはこうした保証を遵守していない。体制は市民に強固な統制を強いている。国家の指導者層は国際的にもっとも基本的な人権、特に個人の権利を、国家と党の最終目標を覆滅する違法な外国の社会的概念と見做している。政府は批判者と潜在的問題人物の同定する上で、大規模かつ多層にわたる密告制度に依存している。すべてのコミュニティは時々保安監査を受けなければならない。金正日によると、北朝鮮社会は“新方式の思考 (a new way of thinking)”を示しており、外国から輸入された“古い尺度”の人権では測ることができない、ということである。こうした文脈から、北朝鮮はその閉鎖社会を自賛している。“反動的物品 (reactionary material)”の所持と海外放送の聴取は犯罪とされ、厳罰に処される。場合によっては家族の一人が政治を批判しただけで、家族全員が処罰される。たとえば、北朝鮮亡命者は、子供が誤って2人の金氏の写真を汚したために、その家族全員が処罰されたと語った。すべての家庭は2人の金氏の写真を飾り、常にそれを清潔にしていなければならない。党の地方幹部は月に一度、通告なしに査察を行う。写真を掲げていない場合の刑罰は、1年間、自己批判文書を書かせることである(第1節 e 参照)。

憲法は請願権を保証している。しかし、国家運営に関する匿名の請願や抗議が投函された場合、国家検閲省と社会安全省は著者を電話盗聴によって特定する。捜査によって割り出された容疑者は処罰される。

体制は集団的意識という概念と、個人に対する集団の絶対的優越性によって、独裁を正当化している。これらは国家主義に訴えるものであり、また“チュチェ思想”の引用でもある。北朝鮮人は、チュチェの確信概念は“外部の妨害に抗して独自に活動できる能力”であると強調する。朝鮮語の文脈でもともと“マルクス・レーニン主義の独創的応用”とされたチュチェは、体制のイデオロギー的な要求の変化に応じてたびたび再定義され、体制によって“精神的な”支柱として使われてきた。柔軟な哲学思想である。

金日成によって定義されたとおり、チュチェは疑似神秘主義的な概念である。チュチェでは、人民の集合的意思は蒸留されて最高指導者の中に注がれ、指導者は国家と社会の要求を体現する、とされる。したがって、こうした指導者や統治・制度・その体制の定めた目標に反対することは、反対すること自体が国益に反する、ということになる。体制はこうした理由から、反対者を同定し隔離することに社会的意義があるのだと主張している。

1950年代後半から、体制は社会を“中核 (core)”、“浮動 (wavering)”、“敵対 (hostile)”の3つの主要な階級に類別した。これら3階級はさらに、党と指導者層への忠誠度に基づいて、いくつかのサブカテゴリに類別された。保安レベルが各個人に指定されている。推定によると、人口のほぼ半数は“浮動”または“敵対”階級に類別されている。忠誠度の格付けによって、雇用や高等教育、居住地、医療、高級商店の可否が規定されている。忠誠度の格付けは、違法行為に対する刑罰の軽重にも影響する。こうした厳格なシステムも緩んできている兆候が見られる -- たとえば呪術医の子息でも高等教育の機会を得ることができる -- 、しかし北朝鮮社会の基本骨格として残っている。

北朝鮮の厳格な忠誠度システムでは、朝鮮戦争時に韓国へ亡命した親族がいる市民は、現在も“敵対階級”の一部とされる。このサブカテゴリの存在自体が、北朝鮮人口の相当数を惑わせることになる。ある亡命者は、この潜在的に敵対していると見做される階級には人口の25〜30%が含まれると推定している。ほぼ20%程度と見積もる者もいる。最近になって扱いは向上していると語る亡命者もいるが、この階級の構成員はいまだに差別の対象となっている。

当局は年齢別グループや職分に属するすべての市民に対して、強力な政治的・イデオロギー的教化をおこなっている。金日成の死後も、彼の人格と、彼の一族と公式なチュチェイデオロギーをたたえるカルトはそこかしこに残っている。このカルトは国家宗教といえるレベルになっている。

教化の目標は依然として、国家と指導者層のイデオロギーへの服従とともに、システムと指導者層への忠誠度を確固たるものにすることである。こうした教化の必要性は、金正日の著作の中で繰り返し強調されている。彼はソビエト連邦崩壊の主要原因を、イデオロギー的教化が不充分であったところに外国に影響力が強まったことにあるとしている。

教化はマスメディアだけでなく学校や労働組合や隣組も用いて、システマティックにおこなわれる。金正日は、わが国の学校ではイデオロギー教育は能力教育より先に行わねばならないと定めている。彼はまた、成人労働者に対しても義務制のイデオロギー学習と討論学習を通じた教化を呼びかけている。

1997年、労働新聞は金正日が労働党最高会議を引き継いだ後は、階級教化プログラムを強化することになるだろうと伝えた。このプログラムは国内にある労働党の末端組織すべてで運営されているものである。プログラムは2点に重点を置いている:金正日の指導が朝鮮人民の将来を約束していること、そして北朝鮮の人民は国家経済のために心身すべてを尽くすこと。

国家的な教化システムのもうひとつの側面は、大衆の行進や結集、ステージ演技の利用である。ときには数百から数千人を動員する。9月の国家創立50周年記念祝賀では、念入りに振り付けをしたデモンストレーションによる大衆から指導者への賛辞が1時間にもわたって続いた。1997年10月には、同様の祝賀行事が労働党50周年を記念して行われ、平壌とその周辺人口すべてが動員された。外国人訪問者は、平壌市民でこの行事に参加しない者がいるとは考えられないという話を聞いた。

政府は通信と電話を検閲している。ごく例外的に国際通話サービスも存在するが、電話は基本的に国内通話に限られている。

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第2節     市民の自由

a.     言論と出版の自由
b.     (平和的な) 集会と結社の自由
c.     信教の自由
d.     国内の移動、海外旅行、移住、帰国の自由


a.     言論と出版の自由

憲法の条文は、国民に“社会主義的な生活規範”を守り、個人の政治的・公的自由に優越する“集団精神”に従うよう求めている。憲法が言論と出版の自由を保証しているにもかかわらず、政府はこうした権利を現実には禁止している。体制が認める活動は、その目的に沿ったものに限られる。

政府は表現の自由を厳しく制限している。当局は体制やその政策を批判した人物を収監や“矯正労働”によって処罰する。亡命者が1986年に報告したところによると、ある科学者は自宅で金日成を批判する言動をおこない、そのことがラジオに仕組まれた盗聴器で露見しため、逮捕・抹殺された。アムネスティは、ある日本からの帰還者が政府を非難する意見を言ったとして、その家族全員が“労働による再教育”施設に送られたと報告している。

政府はすべての情報を統制しようとしている。西側ジャーナリストは注意深く管理されている。1996年、CNNは金日成の死去2周年記念行事を無編集で生中継することを認められた。体制は最近、外国人ジャーナリストが食糧事情を報道するのを認めた。外国人ジャーナリストはまた、1997年に琴湖で着工した朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)の軽水炉について報道することも許可された。多数の外国人ジャーナリストが北朝鮮入国を許可されているにもかかわらず、政府は外国人訪問者に対して、きわめて厳しい移動の統制を維持している。国内メディアの検閲は厳しく強化され、政府の公式見解からの乖離はまったく認められない。

体制は政治エリート以外の海外放送の聴取を禁じており、違反者は厳しく処罰される。ラジオとテレビセットは国内のプログラムだけしか受信できないように作られている。海外で入手したラジオは当局に提出して、同様の方法で改造を受けなければならない。私的な電話回線は国内用のシステムで運用されており、国外からの電話は受けられないようになっている。国際電話回線は、非常に限られた場所にしか存在しない。政府はインターネットのウェブサイトを設置したが、それはプロパガンダ目的で日本の東京に設置したものだ。最近の報告によると、北朝鮮ではインターネットの利用は、政府職員などきわめて限られている。

1997年終わりに、政府は韓国メディアに対して、北朝鮮指導部を批判したという理由で警告文書を出した。最初は韓国の新聞の論説委員に対してのものであった。次は北朝鮮の生活を描いたテレビドラマに対してであった。

政府は学問の自由を厳しく制限しており、芸術・学術活動を統制している。訪問者の報告によると、演劇・映画・オペラ・児童遊戯・書籍の基本的役割のひとつは、金日成金正日を取り巻く個人崇拝カルトに貢献することである。

b.     (平和的な) 集会と結社の自由

憲法は集会の自由を保証しているにもかかわらず、政府はこの保証を事実上遵守していない。政府は許可なしでいかなる集会を行うことも禁じている。

憲法は結社の自由を認めているにもかかわらず、政府はこの保証を事実上遵守していない。政府よって結成された以外の組織は、まったく知られていない。職能組織は基本的に組織の構成員に対する政府の検閲と統制の手段として存在する。

c.     信教の自由

憲法は、“宗教を目的とした建築物を設立する権利”を含む“宗教的信条の自由”を保証している。しかしこの条文には、社会制度を破壊したり、“外国勢力を引き込むのに宗教を利用してはならない”と付け加えられている。事実上、体制は国家の利益に沿うものを除いて、すべての組織的宗教活動を弾圧している。

近年、体制は政府に支援された宗教組織の設立をいくつか認めた。これらは外国の教会組織や国際援助団体の窓口となるものである。これらの組織の職員に会った外国人には、彼らを本物の信者だと確信している者もいる。一方、彼らが教義や礼拝、教えについて何一つ知らないと主張する者もいる。

宗教活動が認められているところには仏教寺院がわずかに存在し、また1988年にはキリスト教会が3つ -- プロテスタントが2つ、カソリックが1つ -- 平壌に開かれた。事前に当局への届け出なしにこれらの教会の礼拝に訪れた外国人クリスチャンは、イースターサンデーにもかかわらず立ち入りを禁止され、礼拝への出席も拒否されたと報告している。当局は外国人訪問者に、3年に一度行われるプロテスタントの礼拝の一つであれば、6歳から9歳の子供にのみ出席が認められると伝えた。

北朝鮮は500宗派のキリスト教徒が1万人程度、また朝鮮半島の民俗信仰に基づく政府系のグループ天道教青友党が現存すると主張している。

d.     国内の移動、海外旅行、移住、帰国の自由

以前は、体制は国内旅行を厳しく統制し、自宅のある村から出るためにはいかなる場合も旅券を必要としていた。旅券が交付されるのは、効用の旅行か親族の婚礼と葬儀の場合に限られていた。必要な許可を得るのに非常に長い時間がかかったため、上述の限られた場合でさえ旅行はしばしば不許可となった。近年、国内の旅行統制は大幅に緩和されたか、あるいは廃止された。食料を求めて国内を多数の人々がさまよっていると報告されている。ごく少数のエリートメンバーだけが自家用車を保有している。体制は民間航空、列車、バス、食料、燃料にいたるまで、その利用を厳しく統制している。

おもに亡命者から得られた情報は、政府が特に政治的に信頼できないと見做した人物に対して、定期的に強制移住を行っていることを示している。政府は平壌市の居住許可と、立ち入りさえも厳しく統制している。食料、住居、医療をはじめとする全体的な生活環境は国内のその他の場所と比較して平壌でははるかに良いため、これは有効な手段となっている。

アムネスティ・インターナショナルは、極東ロシアで働く北朝鮮労働者と、ロシアで生活する北朝鮮人亡命者を含む深刻な人権侵害を報告している。極東ロシアには約6,000人の北朝鮮人労働者がおり、農作業や鉱山労働、土木作業などに従事している。これら北朝鮮人が送られる作業所の環境は劣悪である。食料の配給は滞り、規則は厳しい。過去には、反抗者の膝の間に丸太を置いたまま座らせて猛烈な痛みを与えるなどの肉体的虐待が行われたいう申し立てもなされた。近年では、反抗者は北朝鮮に送還されて処罰されている。1990年代はじめに、ロシアと外国のメディアがこれらのキャンプの実態を詳細に調査して報道し始めたためである。

ロシアにいる北朝鮮人亡命者は2つのグループに分かれる。ロシアで働くために選抜されてきたが、本国への帰国を拒んだ者。そして、北朝鮮からロシアへ亡命してきた者。1993年までは“秘密協定”によって、北朝鮮の社会安全局はロシア国内でキャンプから脱走した労働者を捜索することが出来たと伝えられている。1993年以降、多数の北朝鮮人亡命者が極東ロシアで仕事に従事している。

ロシアにいる北朝鮮人亡命者の多くは身分証明が何もないため、深刻な問題に直面している。ロシアに着いた労働者は通常、北朝鮮の国境警備隊にパスポートと身分証明書を没収されているからである。

北朝鮮政府は、外交チャネルを通じてロシア当局と国際機関に働きかけて、ロシアでの亡命を繰り返し防ごうとしてきた。多くの場合、北朝鮮当局は繰り返しロシア当局に対して、ロシアまたは第3国への亡命を希望したその北朝鮮人は犯罪的敵対者である、と伝えるものであった。両国が1957年に調印した犯人引き渡し条約が、犯罪歴を持つ亡命者を強制送還するよう定めているためだ。

体制は、政府職員や信頼の厚い芸術家、スポーツ選手、学者や宗教的重要人物の外国旅行を制限している。移住は認められない。最近、中国や香港、ベトナム、その他アジア諸国への亡命が増加しつつあると頻繁に報告されている。体制は逃亡を図った者の家族に対して過酷な報復を行っている。罰則では、亡命と亡命未遂 (政治亡命を求めて外国公館入口へ近寄ることを含む)は死刑と定められている。亡命者は、北朝鮮の国境警備隊は中朝国境を越えようとする亡命者を射殺するよう命令されていると断言する。別の亡命者は、本国へ強制送還された亡命者は処刑されていると報告している(第1節 a 参照)。ヨーロッパ共産主義の崩壊にともなって、体制は数千人の留学生を外国から引き揚げた。中国とその他数カ国を除いて、もはや学生を海外に派遣することはなくなった。

韓国のメディア記事によると、1997年の黄チャンヨプ氏の亡命後、北朝鮮は国民に対する統制を強めた。

1959年から1982年までの間、日本に住んでいた朝鮮系住民93,000人が、日本人の妻6,637人とともに、自発的意思で北朝鮮に帰還した。北朝鮮は、1/3がまだ日本国籍を保持していたこれら日本人妻に対して、2〜3年に1度の里帰りを約束していたにもかかわらず、1997年まで誰も里帰りすることが出来なかった。日本に住む親類や友人の努力にもかかわらず、その多くはいまだに消息不明のままである.

北朝鮮と日本の政府は1997年4月から北京で2国間協議をおこない、この一連の協議の中で北朝鮮は日本人妻数人の一時帰国を認めた。最初の一時帰国は1997年11月におこなわれ、15人の日本人妻が1週間の里帰りを果たした。1月と2月には、続いて12人ずつが一時帰国した。6月、北朝鮮当局は日本生まれの女性の里帰りをキャンセルした。国家統制下のメディアはキャンセルの理由を、“日本側の妨害工作と非人道的扱い”にあると報道した。

北朝鮮は、北米・日本・中国その他の国に住む在外朝鮮人による親族訪問を認めており、その数は過去十数年間に増え続けているが、訪問者のもっとも大きな要望はいまだに拒否している。1995年、平壌で行われたスポーツフェスティバルの訪問者は、彼らが平壌からわずか数マイル先に住む親族さえ訪問を認められず連絡することさえ拒否されたと語った。

北朝鮮は国連加盟国であるにもかかわらず、国際難民フォーラムには参加しておらず、国連難民高等弁務官事務所とも接触を持っていない。この国の亡命者に対する政策や処遇はいまだに不明である。

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第3節     政治的権利の尊重について:国民が政府を変革する権利

国民は、自らの指導者層や政府を変革する権利も制度も持たない。政治システムは労働党によって完全に支配されており、党は金日成の後継者金正日によって完全に統制されている。金日成の死後、体制内部での政治に関して信頼できる情報はきわめて少ない。1年にたった数日間だけ開かれる立法部、最高人民会議は、党指導部が提出した政策にただ了承の判を押すだけの代物である。1997年10月、金正日は朝鮮労働党総書記の地位に就任した。9月、最高人民会議は金を国防委員会委員長に指名し、この職を“国家の最高指導者”の地位であると宣言した。主席職は廃止し、故金日成を北朝鮮唯一の主席とした。

民主主義に見せかけるための努力の中で、北朝鮮はいくつか“少数政党”を作っている。これらは支持基盤のない根無し草政党として、最高人民会議で形ばかりの質疑を投げかける職員の名簿としてのみ存在する。彼らの主目的は、外遊議員として政府目標を海外に宣伝することにある。自由選挙は存在しない。金正日は自由選挙の概念と政党間の競争を、資本主義者の腐敗の遺物だと批判している.

最高人民会議議員や道・市・郡議会の選挙は不定期に行われる。7月には、1990年以降はじめて最高人民会議の議員選挙が行われた。政府管理下のメディア報道によると、選挙民の99%以上が投票し、100%労働党推薦の候補が当選した。過去の最高会議選挙でも、まったく同じ結果となっている。労働党の構成員300万人 (総人口は2300万人) の大多数は、党の少数のエリートが作成した決定を実行するために働いている。

党と政府の高位に就く女性はほとんどいない。

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第4節     国際機関と非政府組織による人権侵害の査察に対する政府の態度

政府は、国内に人権状況を監視したり人権侵害に提言を行うような独立機関を設置するのを認めていない。1992年には朝鮮人権委員会が設立されたが、委員会は北朝鮮における人権侵害の存在を否定しており、体制のプロパガンダの道具にすぎない。しかし、国際的な人権機関にたいして明白な公式窓口となることで、委員会は国際機関が体制と双方向の対話に入るのを助けている。

4月、国連人権委員会の第54回総会で、北朝鮮代表団は北朝鮮の人権記録を中傷したとして、国際社会を非難し、さらに、“人権を口実にして共和国の主権と威厳を傷つけようとするいかなる企てにも”、北朝鮮政府は忍耐しないだろうと付け加えた。

1996年、アムネスティ代表団が北朝鮮を訪問し、法制度の変革と囚人問題について、高官と会談した。政府は他の国際人権団体からの訪問要求を黙殺している。

1997年8月、国連の差別防止と少数民族保護に関する小委員会は、北朝鮮の人権に対する慣行を批判する決議を採択した。北朝鮮はそのあと、決議を国家主権への攻撃だとして、公民権と政治的権利に関する国際協約 (ICCPR) を破棄すると声明を発表した。10年以上の間、北朝鮮はICCPRの履行を国連人権委員会に報告することが出来なかった。1997年10月、国連人権委員会は北朝鮮のICCPR脱退の試みを批判し、ICCPRを批准した国はどこも協約を脱退することはできない、とする声明を発表した。8月、人権委員会は北朝鮮に人権に関する記録をより促進するよう勧告する決議を再び採択した。

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第5節     民族・性別・宗教・障碍・言語・社会状況に基づく差別

a. 女性
b. 児童
c. 身体障碍者


憲法はすべての国民に平等な権利を与えている。しかし、政府は事実上、国民のもっとも基本的な人権さえ否定している。社会的ステータスによる差別が深く浸透している。

a. 女性

女性に対する暴力の情報はない。

憲法では、“女性は男生徒同じ社会的ステータスと権利を持つ”と規定されている。しかし、女性は労働力としては相当の割合で見られるのに対して、党や政府の高位に就く女性はほとんどいない。小工場の多くでは、労働力はほとんど女性である。男性同様、就業年齢に達した女性は働かねばならない。したがって、彼女らは就学前の児童を年長の親類や国営保育園に預ける必要がある。しかし憲法では、多産の女性は表彰され、労働時間が短縮される。

b. 児童

社会規範は伝統的な家族中心的価値観を反映しており、子供は大事にされている。政府は15歳以下のすべての子供に義務教育を実施している。社会や家庭内での児童虐待については、情報がない。忠誠度類別システムと“集団による懲罰”という制度が存在するため、両親の罪によって教育の機会を奪われたり、罰に服したり不利益を被っている子供もいる(第1節 f 参照)。

子供は、社会の他の構成員と同様に、強度の政治教化対象である。算数の教科書にさえ、党の理念が書き込まれている。さらに、外国人訪問者や研究者によると、子供は幼時から、学校で週に数時間の軍事教練と思想教育の義務を負う。生産目標を達成するため、学童は短期間の工場労働や農作業に従事させられる。

北朝鮮の子供は事実上、大人と同等以上の公的自由を与えられてはいない。6月、国連子供の権利に関する委員会 (UNCRC) は、1996年2月に北朝鮮が提出した報告に関する調査結果を発表した。北朝鮮はその報告で、子供の権利に関する国際慣行の支持を表明している。しかし、UNCRCは北朝鮮の“子供のためのストラテジー、ポリシー、プログラムは、一般に重視されている人権に基づいたアプローチを反映したものではない”と述べている。また、UNCRCは“障碍を持つ子供に対する事実上の差別待遇と、国家政党が採用している不適切な優劣判断”に対して懸念を表明し、“こうした子供たちに医療・教育・公的サービスを効果的に与えて完全な社会参加を促進するように”提言した。

国連世界食料計画によると、国際社会は7歳以下のほぼすべての子供に食料を与えている。遠隔地のいくつかでは6歳以上の多数が長期間の栄養失調に罹っていると報告されている。1997年8月、国連児童基金 (UNICEF) 関係者は、北朝鮮の子供8万人が飢餓と疾病による死の淵にあり、80万人以上が深刻な栄養失調に罹っていると伝えた。

9月、北朝鮮で活動している最大の救援団体である、国境なき医師団 (DWB) は、病気と栄養失調に侵された多数の子供たちに彼らが接するのを政府が拒否するならば、撤退もありうると声明を発表した。パリに本拠を置く世界の医師は8月に同様の理由で撤退している。DWB関係者は、孤児となったホームレスの子供たちがいわゆる“9-27収容所”に集められている証拠があると述べた。この収容所は、国内の“正常化”のために、金正日の1995年9月27日命令に基づいて設置されたものだ。9-27収容所から中国に脱出した北朝鮮亡命者は、収容所の非人道的環境を報告している。

c. 身体障碍者

伝統的な社会規範は、身体に障碍を持つ者に対する偏見を許してきた。平壌市内では、障碍者はほぼまったく見ることが出来ない。数人の亡命者と元北朝鮮在住者は、障碍者は定期的に辺地へ移住させられると報告している。ある報告によると、当局は2〜3年毎に首都を巡回して奇形を持つ人物を捜索し、辺地の特殊施設へ移住させる。建物や政府施設には、障碍者のために法的に定められた設備はない。国連の子供の権利を守る委員会は4月の声明で、障碍を持つ子供に対する北朝鮮の “事実上の差別待遇”を批判した。

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第6節     労働者の権利

a.     団結権
b.     団体行動権と団体交渉権
c.     強制労働の禁止
d.     児童の労働慣行と最低雇用年齢
e.     容認できる労働環境


a.     団結権

労働組合は政府ベースのもの以外存在しない。労働党はこれを、すべての労働者の意思を示したものだと主張している。唯一の労働者組織である朝鮮労働組合総連合 (General Federation of Trade Unions of Korea) は、かつてソビエトが統制していた世界労働組合連合 (World Federation of Trade Unions) の加盟組織である。この傘下では、組合は古典的な“スターリニストモデル”として機能する。生産目標のために労働者を動員する一方で、医療・教育・文化・福祉などの施設を提供するのである。組合はスト権を持たない。

北朝鮮は国際労働機関のメンバーではないが、オブザーバー参加はしている。

b.     団体行動権と団体交渉権

労働者は団体行動権も団体交渉権も持たない。賃金は政府省庁が決定する。すべての仕事は政府が決定する。仕事を得るべき人物を決める際、イデオロギー的純粋性は職務遂行能力と同じぐらい重視される。合弁を行う外国企業は、社員はすべて労働党が提示した者から選ばなければならないと報告している。工場労働者と農業従事者は委員会 (council) に組織化されているが、方針の決定には影響力を持たない。

c.     強制労働の禁止

強制による労働力の使用は禁止されていない。政府は建設プロジェクトのために、頻繁に大衆動員をおこなう。挑発した兵員もこのために使用される。“労働による改革”や“労働を通じた再教育”が、政治的反抗に対する一般的処罰としておこなわれる。アムネスティは、木材伐採や農作業などの強制労働が囚人に対して慣行的に行われていると報告している。生産目標を達成するため、学童は短期間の工場労働や農作業に従事させられる(第5節参照)。

d.     児童の労働慣行と最低雇用年齢

憲法によると、政府は16歳以下の児童の労働を禁止している。教育は広く普及しており、15歳までは義務教育であるため、この規定は守られていると信じられている。児童の強制労働は禁止されていない。生産目標を達成するため、学童は短期間の工場労働や農作業に従事させられる (第6節 c 参照)。

e.     容認できる労働環境

国有企業における最低賃金に関するデータはない。最近の食料不足までは、賃金と食料は労働者と家族を養うのに最低限必要な量を満たしていた。政府がすべての教育と医療需要を無料で提供しているため、賃金は労働に対する報酬としては主要なものではなく、商品交換のときにのみ必要とされる。北朝鮮の経済特区 (free economic and trade zone、FETZ) における最低賃金は、およそ月80ドルである。FETZ の外にある外資系と合弁の企業では、最低賃金はほぼ110ドル程度と報告されている。賃金のうち、どの程度の割合が労働者の懐に入り、また政府に入るかはわかっていない。朝鮮半島エネルギー開発機構 (KEDO、軽水炉とその他を設けるために設立された国際機関) は、賃金とその他労働条件に関する理解のため、KEDOプロジェクトで働く北朝鮮人と議定書と覚書きを交わしている。非熟練労働者は月110ドルを受け取り、熟練労働者は職務内容によるがこれよりやや高い賃金を受け取る。

憲法は、就業年齢に達した国民は全員働かねばならず、“労働原理と労働時間を厳しく遵守”せねばならないと定めている。刑法の条文は、“正常に機能しているように見せかけ”ながら故意に命令を実行しないことで国家の工業・商業・輸送を妨害した者は死刑に処すと定めている。また、命令を“怠惰に遂行した”者は5年以下の懲役と定めている。

条文では、恒常的な遅延さえも“反社会主義者による破壊活動”と定義されている。しかし、食料不足によって故意の欠勤は拡大していると伝えられている。食料探しに時間を割かねばならないからだ。北朝鮮当局者は、北朝鮮の労働力を外国の企業幹部に紹介したとき、こう評した:管理によって“暴動も、ストもせず、意見の相違もない”。

1994年、代表者会議は外資系を含む企業に対して、新しい労働規則を採択したと伝えられている。労働契約に関する新しい規則は以下のことがらを定めている:雇用の提供と労働者の解雇、技術指導、労働時間、休息時間、報酬、安全措置、社会保障、規則違反に対する罰則、労働争議について。

憲法は1日8時間労働を明記している。しかし、複数の情報筋はほとんどの労働者が1日12〜16時間労働を行っていると伝えている。超過勤務の一部は義務化された金日成金正日の著作の学習に当てられる。憲法は国民すべてに、有給休暇、休日、公費での保養施設の利用を含む“休息の権利”を保証している。労働環境は多くの場合危険で、労務災害の発生率は高い。



*  アメリカ合衆国は朝鮮民主主義人民共和国と外交関係を持たない。北朝鮮は外国政府代表、ジャーナリスト、その他招待した訪問者に対して、人権の実態を把握するのに必要な移動の自由を認めていない。この報告書は10年以上の間に得られた情報に基づいており、最近のインタビューや報告、その他の文書に書かれた情報によって、できるだけ更新してある。詳細については限られているものの、この情報は今日の北朝鮮の人権状況をよく表している。

[以上]

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