「赤い楯」が吸い上げた戦争の利益

アジア国際通信・神保隆見

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 第一次世界大戦勃発の時,アメリカ人民はドイツとの戦争をのぞんでいたわけではなかった。国際的銀行家が巨万の富を手に入れるために戦争を必要とし,周到な準備に基づいて引き起こされたのである。

 以下,ユースタス・マリンズの著書『THE SECRETS OF THE FEDERAL RESERVE』(日本語訳『民間が所有する中央銀行』秀麗社刊)に拠って進める。

 マイアー・アムシェル・バウアーは,1783年にコイン売買業者としてフランクフルトに小さな店を開いた。赤い楯の上に一羽の鷲を描いた看板を掲げることによって商売を宣伝した。

 この看板はフランクフルト市の紋章を応用したものであり,鷲の爪から彼の5人の息子を意味する5本の金の矢が広がり出るようにあしらわれていた。この看板ゆえに,彼は「ロスチャイルド」または「赤い楯」という名前をつけた。

 このバウアーこそがロスチャイルド一族の創始者であった。

 アメリカ植民地での反乱を鎮圧するため,ヘッセン選帝侯がイギリスに傭兵を貸すことによって大金を稼いだとき,バウアー(すなわちロスチャイルド)はその資金の運用を委託された。彼は,自身と選帝侯にすばらしい利益をもたらし,他の顧客を引き寄せた。

 1785年,彼はユーデンガッセ148番地の「緑の楯」として知られる5階建ての,大きな家に移った。この家はシフ家と共同で使用された。

 ●諺に残った「ワーテルローの物語」

 5人の息子たちはヨーロッパの主要都市に支店を出した。そのなかでもっとも成功したのは,パリのジェームスとロンドンのネイサン・マイアーであった。

 1913年イグナシアス・バラは『ロスチャイルド家のロマンス』という本を出版した。そこにはロンドンのロスチャイルドがどのようにして富を築いたかが書いてあった。

 1914年,ネイサン・マイアー・ド・ロスチャイルド男爵は,彼の祖父についての「ワーテルローの物語」は事実ではなく中傷であるとして,イグナシアス・バラの著書を即刻発売禁止にするよう法廷に訴え出た。

 1915年4月1日付『ニューヨーク・タイムズ』は,法廷が「その物語は真実であると裁定し,ロスチャイルドの訴えを退け,彼に法廷費用の全額支払いを命じた」と報じた。同時に,「ロスチャイルドの全資産が20億ドルと推定される」と記している。

 ネイサン・マイアー(すなわち男爵の祖父)は,ヨーロッパの運命が不安定な状態にあったワーテルローへ行き,ナポレオンが戦いに負けそうなのを知って,ブラッセルへ急いで戻った。

 彼はイギリスへの船を借りようとしたが,ひどい嵐のためにだれも船を出そうとしなかった。ある船員が「2000フランだったら連れていってもいい。それだけあれば,万が一の時でも女房にはなにかが残る」と言った。嵐にもかかわらず,彼らは海峡を渡った。

 翌朝,ロスチャイルドはロンドン取引所のいつもの持ち場にいた。彼の顔が青く,ひどく疲れた様子が他の人々にもわかった。突然,彼は大量の有価証券を売り始めた。

 取引所はとっさにパニックに襲われた。「ロスチャイルドが売っている」。「わが国がワーテルローの戦いに負けたことをロスチャイルドは知っている」。

 ロスチャイルドと彼が知っているすべての代理店は,有価証券を市場に投げつけた。ところが彼は,誰も知らない秘密の代理店を使って,密かにすべての有価証券を買っていた。

 たった1日で,彼は100万ポンド近くの利益を確実にした。このことは後に諺になって残っている。「連合国はワーテルローの戦いに勝ったが,実際に勝ったのはロスチャイルドだった」と。

 ●国際的銀行家の商売の神髄

 この「ワーテルローの物語」に,国際的銀行家の商売の神髄と,成功の秘訣のすべてが凝縮されている。ここでは3つのポイントを挙げてみたい。

 第1,真の情報だげを独占的に握ること。それこそが富の源泉で,情報のない者は収奪される。
 第2,情報はカネを手にした後も、徹底的に秘密にすること。
 第3,「情報のない者(暗愚な大衆)を欺くことこそが価値のすべて(善)である」という強固な信念をもつこと。

 マスコミを通じて「情報化時代」などと喧伝されてきたが“ボケ”も極まれりであろう。日本が本格的なテレビ時代を迎えたとき,評論家の大宅壮一が「一億総白痴化時代」と命名した。

 マリンズに戻る。ポール・エムデンは著書『王位の背後』(1934年刊,ロンドン)で次のようにいっている。 「…エドワード7世が彼らを相性の合う人びとと感じるようになったのは当然である。彼らの国際的な家族関係と,なおも拡大しつづける業務関係のおかげで,彼らは全世界を知っており,あらゆる人びとにかんする情報を受け,表面にあらわれない事件について信頼に足る知識をもっていた。

 金融と政治のこの組み合わせは,その当時からロスチャイルド家のトレードマークであった。ロスチャイルド家は,新聞記者や外務省に到着するレポートを読むことで得られる以上のことを常に知っていた。他国においても,ロスチャイルド家の利害関係は主権者をこえて拡大した。

 戦後何年もたって多くの外交関係の出版物が出るようになるまで,一般庶民は,戦争(第一次世界対戦)まえの20世紀における中央ヨーロッパの政治に,アルフレッド・ド・ロスチャイルドの力がどれほど強く影響していたかということを知らなかった」。

 ●ロスチャイルドのメディア支配

 『アソシエイテッド・プレス』(AP通信)の社長ケント・クーパーは自叙伝『バリアーズ・ダウン』で,「ロスチャイルド家支配下の国際銀行家たちは,ヨーロッパの3つの主要なサービス提供会社の株式を取得した」と書いている。

 すなわちロスチャイルド家は,ヨーロッパのあらゆるニュースの配信をコントロールしていたロンドンを拠点とする『ロイターズ・インタナショナル・ニューズ・エージェンシー』とフランスの『ハヴァス』,ドイツの『ヴォルフ』の支配権を買い取った。

(以下次号)


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