アジア国際通信

No.210 (1999/9/15)

SCRIBBLE

  • オルブライトの戦争は「完全な失敗」
  • 外交得点を挙げるチャンスを失ったクリントン

米外交

  • ゴア外交も「ロシアの資金洗浄疑惑」で立ち往生
  • 常に相手の弱みに付け込む大国の外交
  • バルカン戦争は「オルブライトの戦争」
  • 踏襲不可能な先例を残しただけのNATOの空爆

疑惑2

  • 「ウェコー事件」という厄介な疑惑
  • 筆者は「ガスを注入証拠フィルム」を見た!
  • 「ユーゴ空爆」に似たお決まりのコース

SCRIBBLE (NO.210,1999/9/15)

 ◆オルブライトの戦争は「完全な失敗」

 ●外交得点を挙げるチャンスを失ったクリントン

 アメリカの頭脳中枢の間から、「ユーゴ空爆はオルブライトの戦争」で、それは 「完全な失敗であった」とする声があがってきた。
 米外交問題評議会(CFR)特別会員のマイケル・マンデルバームが、『完全な失敗 としてのコソボ』という論文を『FOREIGN AFFAIRS』最新号に発表した。

 そこでは、NATOの戦争を明確に「悪い戦争」と断罪しており、それはまた「オルブ ライトの戦争」として、彼女の外交が批判のやり玉に挙げられている。

 マンデルバームが指摘していることは、実に初歩的な事柄である。それは、空爆前 に「NATOの横暴」を指弾した声の中に、いくらでもあったものだ。その声に、ほんの 少し耳を傾けさえすれば、今さらこんなことを言わなくてもよかったことなのだが、 アメリカの頭脳中枢に、それはまったく届いていなかったようだ。

 彼らが今になって、NATOの「ユーゴ空爆」を拙劣な軍事行動として断罪するところ に、「欧米の論理」に基づく世界再編の蹉跌の深さが感じられる。同時に、バルカン の事態が予想外の不透明で厄介な方向へ向かっており、「米東部エスタブリッシュメ ントが苛立ちを強めている」、とよむことができるであろう。

 加えて、米大統領選の綱引きがからんで、アメリカ外交はダッチロール化しつつあ る。
 コソボ爆撃で米ロ関係が悪化した際、調停役となったのはゴア副大統領であった。 そのゴアは、これまでロシアとの「関与政策」を主唱し、米外交の「ロシア担当」を 担ってきた。

 ゴアにとって特に重要な課題は、ソ連崩壊後のロシアとの軍縮協議推進であった。 この対ロ政策における「豊富な外交政策経験」は、他の大統領候補者にはないゴアの 強みであると、自他共に認めていた。それが今、裏目に出ようとしているのだから皮 肉なものだ。
(次項へつづく)


米外交 (NO.210,1999/9/15)

 ◆ゴア外交も「ロシアの資金洗浄疑惑」で立ち往生

 8月初旬、「ロシアの資金洗浄疑惑」が、ゴアの大統領選対抗馬によって暴かれ た。
 以前から指摘されていたロシアの腐敗ぶりに、「ゴアは援助融資を都合するなどロ シアを甘やかしてきた」として、その対ロ政策方針が猛烈な批判にさらされ、一転攻 守ところが変わってしまったのである。クリントン政権の対ロシア外交が、「民族浄 化」ならぬ汚れた「資金洗浄疑惑」で追求を受けているのである。

 マンデルバームは、「空爆前の外交、そして現実の空爆作戦のほとんどを手がけた のはアメリカだった。当然、今回の戦争はアメリカのバルカン戦争に大きな影響力を もつ二人の政府高官の記念碑的な努力の結果だった。二人の高官のなかでの脇役はク リントン大統領だった。彼は最高司令官の役割を不承不承担った」と、クリントンを 脇役に置いて、オルブライト国務長官の外交(「ユーゴ空爆」)を主役に抜擢してい る。

 実際問題として、これまでアメリカ政府は「ソマリアでの秩序再建」を約束してお きながら、極度の混乱状態のなかで撤退してしまった。また、「ハイチに民主主義を 回復する」といって介入しながら、残されたのは無政府状態だった。さらに、「国家 統一を維持するため」としてボスニアを空爆しながら、事実上の分割の指揮をとっ た。これにイラクを加えることもできるであろう。

 それぞれのアメリカによる「戦争」目的は、何一つ真実ではなく、したがって実り のあるものではなかった。もはや“スピン作戦”の手垢にまみれたクリントンには、 「外交得点」を挙げるチャンスは残されていなかったのであろう。そうであってみれ ば、マンデルバームがクリントンを脇役に置いていた意味は容易に理解できる。

 ●常に相手の弱みに付け込む大国の外交

 アメリカ外交が冷戦崩壊前から世界の至る所に残してきた足跡は、見え見えの「嘘 と騙し」のオンパレードであった。そのことさえみておけば、「ユーゴ空爆」へのト レンドを事前に予測することなど難しいことではない。大国の外交とは、常に相手の 弱みにつけ込み、「嘘と騙し」を駆使することを基本とする。アメリカの外交もその 例外ではない。

 欧米がミハイル・ゴルバチョフと交わした国際約束、すなわち「統一ドイツのNATO への編入を(ソ連が)認めてくれれば、それ以上東方へと欧米の軍事同盟関係を広げ ることはない」という約束を、クリントン政権(オルブライト)はあっさりと踏みに じった。

 怒り狂うロシア政治指導層をなだめる任に当たったのが、ゴアであった。ゴアが、 IMF・世銀ほかを動員したのはもとよりだが、「埋め合わせ」として、新たな3点の 約束を加えた。
1)NATOが主に民主主義と市場経済促進のための政治的組織へと変貌しつつあるこ と。
2)NATOが軍事的任務を負うとしても、それは防衛的任務に限定されること。
3)ロシアはNATOの加盟国でないとはいえ、ヨーロッパ安全保障体制の完全なメン バーの一員であること。

 しかし、舌のねも乾かないうちに「ユーゴ空爆」を必要としたアメリカは、約束の すべてを木っ端微塵に吹き飛ばした。NATOは、そのいかなる加盟国も攻撃していない 主権国家(ユーゴ)に対して戦争を始めたのだ。モスクワにこの戦争を阻止する力が ありさえすれば、アメリカも易々と約束を破壊することなどできはしなかった。
 “リアル・パワー”の緊張感だけが、「国際的約束」を実行させるのである。

 積もり積もったロシア民衆の憤懣は、「ユーゴ空爆」停戦後の200名のロシア軍部 隊によるコソボの首都プリシュティナ空港占拠によって、幾ばくかの溜飲を下げるこ とができた。しかし、それも一瞬の幻にすぎなかった。

 モスクワは、ロシア独自の分離された占領地域をコソボに確保しようと試みたが、 確保した空港でもその基盤を強化できなかった。NATO加盟諸国政府からの経済援助に 依存している悲しい身の上では、わずかなプレゼンスに甘んじるしかなかったのだ。

 コソボでの軍事的アレンジメントの安定にとって、“リアル・パワー”を持たない ロシアの同意など必要な条件ではなく、NATOはただ拒絶するだけよかった。「国際約 束」は締結した瞬間から、その枠組みを打ち破る新たな戦いに突入する“生き物”な のだ。

 ●バルカン戦争は「オルブライトの戦争」

 マンデルバームは、バルカン戦争を「オルブライトの戦争」であるとして以下のよ うに記している。

「NATOによる他のユーゴ地域での戦争とはちがって、彼女(オルブライト)にとって 今回の戦争は完全に(自国の国益とは直接関わりのない)国際的なものだった。(形 ばかりの介入で、問題に遭遇すればすぐに撤退するという)それまでのコースに政権 が捕らわれつつあるなか、彼女は自分自身の外交コースをつくり上げた。

 旧オスマントルコの戦略的価値も経済的価値も持たず、しかも、アメリカとの歴 史、地理、あるいは感情的なつながりもないわずかばかりの領土に対して莫大なアメ リカの外交資源をそそぎ込むなど、トマス・ジェファーソン、ジョン・クインシー・ アダムス、チャールス・エバンスヒューズ、ディーン・アチソンなどのアメリカ史上 もっともパワフルで構想力に長けた彼女の前任者たちたちですら、想像すらしなかっ ただろうし、ましてや現実化することはなかったはずだ。だが、アメリカによる空爆 開始と同時に、マドレーン・オルブライトはそれまで暖めてきた構想をなんと実現し てしまったのだ」と。

 だから、オルブライトは戦争が終わったとき、当時マケドニアに駐留しこれからコ ソボへと向かう“侵略”部隊のことを、「平和維持部隊とみなす」と詐称して得意の 絶頂にあった。さらに、自らが犯した犯罪を「(コソボは)世界でわれわれがなした もっとも大切なことだった」と自画自賛した。だが、これらのオルブライトの手前ミ ソが、ボロボロになるのに大した時間が必要だったわけではない。

 彼女はこうも付け加えていた。「民衆を助ける。これこそ、アメリカが得意とする ところだ」と。だが、この面でオルブライトは芳しい成果はなにもあげていない。コ ソボのアルバニア系住民が必要とする助けとは、家を再建し生活を立て直すことであ る。オルブライトにしてみれば、そのすべての責任は「ミロシェビッチにある」ので あって、彼女が担うべき課題ではないのだ。大量破壊などNATOの火力をもってしてし か不可能であるにもかかわらずである。

 マンデルバームが「オルブライトの戦争」を、「悪い戦争」でかつ「完全な失敗」 というのはこのことである。アルバニア系であれセルビア系であれ、NATO空爆前より も空爆実施とその後の方が、犠牲者の数にしても、破壊の規模においても桁違いに上 回っているのである。戦争の建前からすれば、こんなことになるはずはなかったの だ。

 幻想的なオルブライト・マジックの陶酔も、いまやひどい二日酔いに変わってい る。アメリカ軍(NATOも同様)が、かつて「民衆を助ける」ために戦争をしたことな ど一度もなかったからだ。いつのいかなる戦争も、「政策の延長」上にしかなかった のであって、いかにオルブライトが崇高な理念の大儀を掲げようと、これまで以上の 「政策の延長」をこえた新しい戦争を提示したわけではなかった。

 さらにオルブライトは致命的な失敗を犯した。NATOはユーゴに対して軍事行動をお こしつつも、戦争目的をめぐっては、その叩いている相手と「コソボ独立阻止」とい う大儀を共有したままだったのだ。

 マンデルバームは指摘する。
「戦争を周到な政策の延長とみれば、今回の戦争は完全な失敗だった。人々が苦境に 陥るのを回避するというNATOが模索した人道的な目的が空爆によって達成されたわけ でもない。むしろ、コソボのアルバニア人が望む、独立という政治的目的の実現を促 した。だがこれは、NATOがその実現を求めたものではなく、逆に積極的に反対したも のだった。

 さらに、コソボのアルバニア人が今後ベオグラードとのつながりを求める可能性は 低く、NATOは厄介な選択肢に直面させられるだろう。一方、コソボに独立を認めよう とすれば、安保理の常任理事国であるロシアや中国が反対するだろうし、当然、そう した試みを阻止できる」。

 だがKLAが主張する独立を否定すれば、コソボのNATO軍部隊とKLAの共存は不可能に なる。そうなれば、アメリカおよびNATOはいつかきた道を再び歩むしかない。
 70年代初期以来、北アイルランドでの英軍や、1982年と83年に、レバノンでアメリ カ軍が直面した、同じ不幸な事態が待っているだけだからである。
 両方とも、「平和維持部隊」であったが、結局は、現地勢力の攻撃目標となった。

 ●踏襲不可能な先例を残しただけのNATOの空爆

 好意的みるならば、戦争目的において「オルブライトの理念」は、少々時代を先取 りしすぎていたのかもしれない。実際には何のための戦争なのか戦う側にはわかりよ うがなかった。高高度からの空爆で、ミサイルや爆弾を消費するという、いたずらな 大規模破壊活動をやるしか他に選択の余地がなかった。

 オルブライトは、「国益のためではなく、それが伴う価値のための戦争」を掲げた ため、アメリカ兵から犠牲者を出すわけにはいかなかった。国益が脅かされていない ということは、「民主的」なNATO諸国の“くちさがない人々”の支持は大きく限定さ れざるを得ない。

 それはまた、NATOが最初に発表した「コソボのアルバニア系民族の保護」という目 的のために、実際には努力するつもりがないことを、言わずもがなで雄弁に物語って しまっていた。ただオルブライトが気づかなかっただけであろう。

 「この戦争そのものが、政治判断をめぐって大きな間違いをおかした結果だった。 この戦争への介入にあたって、欧米の政治指導者たちは、自分たちはバルカン民衆の ために戦っているのだと宣言したが、そもそも、いまやこの地域の民衆は戦争前より もはるかに困難な状況に追い込まれている」と、マンデルバームは記す。

 NATOはそもそも誤算に基づいて戦争を始めた。誤算であれば、そのコストも当然の こととして高くつく。だが、それを払うことになったのはバルカンの人々である。
 クリントンは「アメリカは復旧のためにそう多くは拠出できない」と尻込みした。 無理もない、「アメリカの国益をこえた『価値観』のため」という戦争など、そもそ もあり得ないものだったからだ。

 「誤算」とは、空爆が開始された当初、オルブライトが「短期間で相手を屈服させ られると思う」という、敵に対する甘い判断のことを指している。アメリカの国務長 官であれば、これだけ大規模な破壊活動を行ったことが「誤算」に基づいたもので あっても、「責任」をとらされることなく許されるのであろうか。

 マンデルバームは、オルブライトの戦争を断罪して次のように記す。

 「NATOは、ポスト冷戦世界での軍事力行使の新たな原則を確立させようと試みた。 しかし、この戦争は、今後において実行することも、踏襲することも可能であるとは 到底いえない無様な先例を残しただけだった。
 さらに、他の戦争と同じく、今回の戦争も、戦闘に関わった諸国の国益に影響を与 えたが、その結果は否定的なものだった。ロシアと中国という、巨大で重要性に富 み、しかも、問題含みの旧共産主義諸国との関係が、バルカンでの軍事作戦を契機に 大きく後退してしまった」。

 NATO諸国の介入目的は、彼らが「おぼつかない」とみなすバルカン諸国での政治的 安定を何とか守るとした。しかし、その結果はまったく逆の状況を招くだけであっ た。この戦争は、バルカン諸国全体をさらに不安定にしてしまったのだ。

 マンデルバームのような東部エスタブリッシュメントには、ロシアと中国という大 国のご機嫌が気がかりなのかもしれない。しかし、力任せなアメリカのそしてNATOの 侵略的な牙を目撃してしまい、それに戦慄したのはほとんど全世界の声なき人々で あった。
 これこそが、NATO空爆の最大の「誤算」であったことに、彼らはまだ気付いていな いかもしれない。■


疑惑2 (NO.210,1999/9/15)

 ◆「ウェコー事件」という厄介な疑惑

 ●筆者は「政府側がガスを注入する証拠フィルム」を見た!

 「ロシア資金洗浄疑惑」がクリントン政権を直撃したのが8月下旬であった。とこ ろが平行してもう一つの「疑惑事件」が政権を揺さぶっている。「ウェコー事件疑 惑」である。外交問題と違って内政問題であるだけに、クリントンの「下ネタ疑惑」 など比較にならない破壊力を秘めている。

 「ウェコー事件」とは、テキサス州ウェコー(Waco)市郊外の、古い宗教キャンプ (1935年建設の名称「ブランチ・デビディアン」)を包囲していたATF(酒・タバコ ・銃器取締局)、FBI、テキサス州兵が1993年4月19日午前6時、一斉攻撃に踏み切 り、籠城していた「信者と家族全員が焼死した」事件であった。

 一斉攻撃とほぼ同時に建物が燃えはじめたのだが、当局は「コレシュが火を放った ものだ」と発表した。当時マスコミは現場から5マイルの距離に遠ざけられ、作戦は 完全な政府のシールの中で行われた。このたため、マスコミは真相を知りうる状況に なかった。しかしマスコミは当局の発表をそのまま報じただけで、そこには疑惑のカ ケラもなかった。日本でもニュース映像が流されたので、ご記憶の方も多いであろ う。

 それが今になって、この事件の何が「疑惑」にさらされているのかというと、この 時実は「コレシュが火を放った」のではなく、一斉攻撃を行った司法・国防機関が、 タンクで建物内部にガスを注入し、火を放つという焼殺作戦が展開されたというのが 真相で、当局はその証拠を隠滅していたというものである。

 これが現在、マスコミの社説・論説・投書の対象となっているのだが、「日本のオ ウム真理教事件と類似する」などという、訳知り顔のコメントもあるが、これでは背 景がまったくゆがめられてしまうといわざるを得ない。
 筆者はかつて、ブランチ・デビディアンの信者が撮影したという、この時の政府側 がガスを注入して火を放つ場面のフィルムを、ニューヨークのある編集スタジオで見 ることができた。「信者と家族全員が焼死した」のではなく、証拠としてフィルムに 収めて脱出していた人物がいたのであった。古い読者の方は覚えておいでであろう が、95年11月、アメリカの極右武装集団「ミリシア」を取材した時のことであった。

 また、政府側の一斉攻撃の口実となった「コレシュ側からの発砲があった」という “事実”の映像も見せられた。FBIだかATFだか筆者にはよくわからなかったが、包囲 している政府側の狙撃手が前につんのめるよう倒れるものであった。映像をみせてく れた人の解説によると、「狙撃手は後ろから頭を打ち抜かれており、つまり味方に よって撃たれたのであり、これを口実として一斉攻撃が始まった」というものであっ た。

 この「疑惑」では、今のところインターネットを駆使したジャーナリストの、マッ ト・ドラッジの活躍が目立っているが、「80人以上の死者を出した政府による襲撃 は、米国人に対する国軍の動員であり、法律により大統領の裁可が必要だ。ホワイト ハウスは一貫して『クリントンは承認を求められたことはない』としているが、クリ ントンの机の上に承認申請書があったのを見たとの証人がいる」という告発も寄せら れている。

 「疑惑」が持ち上がった後の、ジャネット・リノ司法長官の対応は異様であった。 かつてリノは、「クリントン疑惑」が持ち上がった時、政府部外からの検察導入に徹 底的に反対した。しかし、今回は異常な早さで「本件は政府部外者の調査に委ねるべ き」と発表、さっさとミズーリ州の元共和党上院議員で、今は地元セントルイスで弁 護士を務める億万長者のジョン・ダンフォースを検事役に指名し、事実解明調査を依 頼したのであった。

 これにはさすがのマスコミも「異常とも言うべき迅速さ」と報じ、また共和党の大 物を抜擢したクリントンの人事の狙いなども様々な憶測が飛び交っている。
 余談になるが、ジョン・ダンフォースは現在63歳で、ミズーリ州の司法長官なども 務めるたことがあるが、日米摩擦では「日本叩きの最右翼」として活躍した。

 ●「ユーゴ空爆」に似たお決まりのコース

 そもそも「ウェコー事件」とはどんな事件であったのか?
 デビッド・コレシュは熱心なクリスチャンであった。彼を慕う信者、約130名がブ ランチ・デビディアンで共同生活をしていた。人種も様々で、職業も様々であった。 彼らは聖書の予言、世界の終焉を信じる熱心なキリスト教徒で、政府をまったく信じ ていなかった。この共同体は通常の武器を所有していたのであるが、それ自体は特別 なことではなかった。

 武器の所有など日本人には想像しがたいことだが、アメリカでは決して珍しいこと ではない。全米には人口に匹敵するほどの銃器が個人的に所有されている。ここには アメリカ建国の特殊な歴史的背景があり、それは憲法によって保障されている。
 あまり広く知られていないことだが、いまから10数年前のこと、政府はオクラホマ で新規農業政策を強力に押し進めた。ところが、政府を信じ、新政策に協力したにも かかわらず、収穫の時期になって相場が下がった。当然、政府からのローン返済は滞 る。だが、政府は法を盾に、農民財産没収の挙に出たのであたった。

 こうして土地と財産を取り上げられる農民が続出した。一部の農民たちは政府の横 暴に抗議して武装して立てこもったのだが、銃撃戦の末に制圧された。この事件はオ クラホマを中心とした中西部にあっという間に伝わり、政府への不信感は強まって いった。その記憶は今なお生々しい土地柄である。1995年の「オクラホマ連邦ビル爆 破事件」は、ウェコーの「ブランチ・デビディアン虐殺日」にあわせて起こされた事 件であったが、上記のような中西部の根深い政府不信が、背景にある。

 クリントン政権は歴代米政権で最も「銃器規制」に熱心な政権であった。銃の規制 の強い支持者であるジャネット・リノを司法長官に指名したのもそのためであった。 リノは就任早々からこの問題に取り組み、「アサルト・ウェポン(戦闘用銃器)の輸 入禁止と登録の義務づけ」や、「自動銃の民間所持を全面禁止」した。マスコミは概 ねこの「刀狩り」に好意的で、小さな銃犯罪でもクローズアップして報じた。だが、 この「アメリカ人民の武装解除」は、アメリカ建国の精神にかかわる問題であり、人 民からの根強い抵抗にあう。

 マスコミが好んでクローズアップする「銃犯罪」は、確かにアメリカの場合少なく ない。しかし、同じ犠牲者でも自動車事故と比べると極端にその比率が少ないのだ が、こちらは政府もマスコミもよほどのことでもない限り知らん顔である。つまり、 銃の問題というのは極度に政治的な問題なのだ。

 したがって、よほど大がかりな「事件」を作り上げなければ、リノの「銃規制」は 程なく行き詰まらざるを得ない。まず、「コレシュの人物像」の噂というのが、何も のかによって広められた。曰く「コレシュは色魔であり、信徒の娘や妻との性関係を 強要するものである」。デタラメな噂の出所はその後、特定されるのであるが、ここ でははしょる。この噂に飛びついたのがマスコミであった。「ユーゴ空爆」に似たお 決まりのコース。

 次は、この「反社会的な狂気の集団が、非合法の武器を隠匿している」という密告 だ。調査を行った保安官がその事実を否定したが、裁判所は捜査令状を発行してしま う。こうなれば、当局は執拗に挑発を繰り返すだけで、狙い通りに敵を追い込むこと ができる。
 武装した「危険分子」のレッテルを貼れば、後はテレビが期待通りに飛びついてく る。
 視聴者もワクワクして実況中継に釘付けになる。もはやだれにとっても「真相」な どどうでもいいことになる。われわれにも、なんと見慣れた光景ではないか。■

Jimbo Takami ,1999