最後の陸軍大臣 下村定の国会答弁

 昭和20年11月26日 帝国議会において、冒頭質問から「戦争責任」が採り上げられた。
 28日 進歩党の代議士が質問にたった。
 昭和15年2月2日に支那事変に対する政府の無策を批判する演説により除名処分を受けた斎藤隆夫である。

 昭和6年の満州事変から、軍人が政治に干渉し、その弊害留まるところなく今日の悲運を招いた軍部大臣と
 合いまみゆることは陸海軍省廃止と決まった今日、これが最後と思われた。それゆえ、あえてこの機会に、
 なぜこのような事態を招いたのか大臣の所見をお聞きしたい…と。

 この質問に対し、最後の陸軍大臣・下村定陸軍大将が答弁にたつ。
 戦後はじめて、自らが犯した歴史的罪業について、当事者たる陸相が説明するのである。
 それこそ満場水をうったように静まったという。

 「いわゆる軍国主義の発生につきましては、陸軍内の者が軍人としての正しきものの考え方を誤ったこと、
 とくに指導の地位にあります者がやり方が悪かったことと、これが根本であると信じます。
 このことが内外のいろいろな情勢と、複雑な因果関係を生じまして、ある者は軍の力を背景とし、
 ある者は勢いに乗じましていわゆる軍国主義の発生につきましては、陸軍内の者が軍人としての
 正しきものの考え方を誤ったこと、とくに指導の地位にあります者がいわゆる独善的な、横暴な措置を
 とった者があると信じます。ことに許すべからざることは、軍の不当なる政治干渉であります。
 かようなことが、重大な原因となりまして、今回のごとき悲痛な状態を、国家にもたらしましたことは、
 何とも申し訳がありませぬ。」

 そういって陸相は深く頭を下げた。
 このあまりに率直な詫びように、議場内には勃然として大きな拍手が沸き起こった。

 「私は陸軍の最後にあたりまして、議会を通じてこの点につき、全国民諸君に衷心からお詫びを申し上げます。
 陸軍は解体を致します。過去の罪責に対しまして今後、事実をもってお詫び申し上げること、
 事実をもって罪をつぐなうことは出来ませぬ。まことに残念でありますが、
 どうか従来からの国民各位のご同情に訴えまして、この陸軍の過去における罪悪のために、
 純忠なる軍人の功績を抹消し去らないこと、ことに幾多戦没の英霊にたいして、深きご同情を賜らんことを
 この際切にお願いいたします。」

 声涙下る陸相の「過去の陸軍を代表して率直にその過誤を陳謝された名演説」は多くの議員を感動せしめ
 粛然となった議場より、もう良い、とやさしく陸相の発言を止めようとする声もあがったという。

 2日後の11月30日 内地復員を終えた陸海軍省が廃止、
 残務整理と外地からの復員業務のための復員省ができる。
 この日下村陸相は宮中に参内、復員が順調に進んでいることと、改めて敗戦のお詫びを奏上した。
 8月15日以来背広姿であられる天皇は、この日、久しぶりに大元帥服をお召しになった。

 ほんとうにご苦労であった。

 と大元帥陛下は勅語を賜り、最後の儀式は終わった。
 ただちに天皇は軍服を背広にお召し代えになった。大日本帝国陸海軍は永遠に姿を消した。

 『瓦礫の中の憲法』 半藤一利著 PRESIDENT H14.9.30号 より