皇太子殿下(今上天皇)・マッカーサー元帥会見〜バイニング夫人の日記より

昭和天皇とマッカーサー元帥との会見は一般的によく知られているが、当時の皇太子殿下(今上天皇)との会見は、あまり知られてはいない。マッカーサー元帥夫人であるE.G.バイニング夫人は、昭和21年から25年にかけ、当時の皇太子殿下の英語の家庭教師を務めた女性である。夫人は、昭和22年(1947)5月3日から昭和25(1950)年12月7日の米国帰国までの間、マッカーサー元帥と会見したときの様子を生々しく日記に残しており、英文タイプ用紙37ページに及ぶ。

以下は、皇太子殿下に対し『ジミー』とニックネームをつけたバイニング夫人が、自分の車に皇太子を乗せ、日比谷のGHQにマ元帥を訪ねる形で実現したものである。皇太子殿下の英語は流暢とは言えなかったが、会話に不都合ではない、というのが元帥の感想だったという。

昭和24年6月27日 日記

<マ元帥>はじめまして、皇太子。お会いできて光栄です。
<皇太子殿下(今上天皇)>はじめまして、元帥。お会いできて嬉しいです。
<マ元帥>お元気ですか。
<皇太子>とても元気です。
<マ元帥>とてもお父様=昭和天皇のこと=に似てらっしゃいますね。そうだろう?(バイニング夫人に)
<バ夫人>はい。母方の方はともかく、父親の方には見た目よりもずっとよく似てるようです。
<マ元帥>おいくつですか?
<皇太子>アメリカ流に言うと15歳です。
<バ夫人>ということは、日本流でいうと16歳?
<皇太子>17歳です。
<マ元帥>15歳とは見えないほどご立派な成長ぶりですね。
<バ夫人>皇太子はクラスで最年少なのですが、身長は平均並ですの。
<皇太子>(微笑しながら)そんなに高くないですよ。

<マ元帥>あなたの学校には、何人の生徒がいますか?
<皇太子>分かりません。学習院には幼稚園から高校、大学とありますので、全部で何人になるのか…
でも私のクラスには30人の男子生徒がいます。
<バ夫人>3クラスあって全部で110人です。
<マ元帥>(夫人に)旧貴族の学校?
<バ夫人>今では貴族はあまりいません。
<マ元帥>放課後は級友と過ごしますか?
<皇太子>もう一度言って下さい(アフタースクールが分からなかった模様)。
はい、友達とテニスをします。
<マ元帥>グッド。野球はやりますか?
<皇太子>ノー、テニスをやります。

<マ元帥>テニスですね、良いスポーツです。お父さんにはどのくらい会えますか?
<皇太子>週1回、いえ週2回です。皇居には土曜と日曜に行きます。そこで父に会います。
<マ元帥>そこでお母さん(皇后陛下)にも会うのですね?
<皇太子>はい。
<マ元帥>ご両親にもっと会いたくはないですか?お父さんにもっと会えるようにと、お父さんにお話したことがありますか?
<皇太子>いいえ、ありません。
<マ元帥>ご両親に毎日会いたくはありませんか?
<皇太子>(考えながら)この方法も良いのではないでしょうか。
<バ夫人>殿下は寄宿舎で週3日、友人達と過ごされます。
<マ元帥>他の子供たちと!それは良いことです。友人と過ごすのはお好きですか?
<皇太子>はい、友達とテニスをします。大好きです。

会見が終わり、皇太子殿下とマッカーサー元帥は握手をし、お互いに「グッバイ」と別れの挨拶を交わしたという。バイニング夫人は「会見を通じて皇太子殿下は元帥の目を見て話され、自然に振舞われた」と日記に書き記している。
バ夫人が帰宅するとマッカーサー元帥の副官・バンカー大佐から電話が入り、「元帥は皇太子に好印象を持ち、『皇太子はバランスの取れた魅力的なお方だ』と話していましたよ。」と伝えている。
バイニング夫人は、『この日の会見は皇太子とマ元帥の双方にとって、良き贈り物だった』とこの日の日記を結んでいる。