杉山茂の後任幕僚長としては37期の俊英 井本熊男統幕事務局長が有力であった。
しかし同期である杉田元大佐は、井本元大佐を排斥するために
杉山に1年長く陸幕長をやらせた、とする陰謀節が噂され、
結局井本熊男は幹部学校校長で陸自を去った。

かの有名な山下、パーシバル会談の通訳を勤め
参謀本部欧米課長を歴任した経歴を持ち、
三国同盟にも反対した陸軍部内では数少ない英米通。
情報畑の出身者でありながら作戦班長という重職を担った貴重な経験を持つ。

しかし大本営参謀だった所以からか、政治的言動の多かった人物とされ、
伊勢湾台風の災害出動や安保騒動の治安出動が検討されたときも、
しばしば政治的発言をしたと伝えられている。
だが、後任の陸幕長を陸士出身から輩出できなかったことは失敗であったと言えよう。

退役後、堀江正夫(51 西部方面総監 のち参議院議員)の選挙対策本部長として
選挙違反に問われたり、陸幕人事に介入して後輩たちを困惑させたこともあるという。