昭和46年着任早々、雫石での全日空機衝突事故が発生、
上田航空幕僚長、増原防衛庁長官が引責辞任するという異常事態が起こった。

陸上自衛隊は空自と一体となって遺族業務を実施、中村陸幕長はその指揮をとった。

また祖国復帰を果たした沖縄の施設の管理・部隊配置などを実施した。