生来病弱であり、第12師団長時代からその病弱は危ぶまれていた。
にもかかわらず陸幕長になったということは、陸士首席卒業、砲工学校恩賜軍刀組
という経歴のおかげではなかったか、とされている。

学究肌で鋭い分析力を持ち、部下の幕僚は教えられることが多かったという。

退職後フォースターの威光で天下りすることはなく、
努力して簡易裁判所判事となり後に弁護士となった。