通信出身であり、普通化(歩兵)特科(砲兵)などの後塵を拝してきたが、
徐々に頭角を現して来た大器晩成型。

昭和55年1月 宮永陸将補によるスパイ事件が起こり、引責辞任した。
辞任直後から政界への進出を考えており、源田實元航空幕僚長の後任として
自民党国防部会(いわゆる国防族)の参議院議員となった。