大東亜戦争終結後の陸海軍資料の行方



昭和20年8月 大東亜戦争の終結が決定すると、陸海軍は、それぞれの中央機関、各地の部隊・機関に対して秘密文書の焼却を命じた。これによって帝国陸海軍の重要資料の大半は、終戦時に散逸、消滅してしまった。その後、進駐してきた連合軍/特に米軍は残存する旧軍資料を徹底的に捜索・押収し米本土に持ち帰った。
終戦時に焼却を免れ押収されなかった公的資料は、政府諸機関や図書館あるいは個人の手によって秘匿保管された。個人の手によるものは、命令違反を覚悟の上での犠牲的・献身的行為によるものである。このうち軍事関係資料は、防衛庁発足後に防衛庁が収集し、また米軍から返却されたものは戦史室にて保管されてきた。

旧陸海軍の図書館が所有していた図書・雑誌は膨大なものであったが、大部分は散逸している。

陸軍大学校の図書類は、大戦末期に甲府市に疎開し、ついで小田原市に移管された。戦後一部は上野図書館に移りさらに一部は陸上自衛隊幹部学校図書館に保管されている。陸軍士官学校の図書類は、米軍が進駐して来た厚木飛行場の近くに校舎があったため処理の時間がなかったが結果的に散逸した。陸軍予科士官学校の分は、近くの埼玉大学に一時保管され、のちに防衛庁や浦和図書館に移管された。陸軍経理学校の蔵書は若松文庫と呼ばれ、大部分は陸上自衛隊業務学校、一部は一橋大学と戦史室で保管してきた。陸軍軍医学校の分は陸上自衛隊衛生学校と東京大学で保管している。

海軍関係の文書・文献類の保管先は、防衛庁戦史図書館をはじめ、財団法人史料調査会海軍文庫、海上保安大学、東京大学などで、今もって所在不明なものや、GHQから原型どおりに返還されなかったものも多い。人事関係書類は厚生省援護局などであるが、プライバシーの制約とともに未整理のものも少なくなく、各種資料の分類・整理は今後の課題であろう

国会図書館は防衛庁とは別に収集を行い、各図書館の中では最も豊富な蔵書数を誇っている。また外交に属する資料や復員・恩給に関する資料などはそれぞれ管轄の諸官庁にて保存している。

防衛庁防衛研修所戦史室では、このようにして秘匿・収集され、あるいはGHQから返却された資料は陸軍関係 約83000冊、海軍関係 約33000冊にのぼった。そしてこれらを元に多大な国費を投入して『公刊戦史叢書』を刊行したが、編纂はされたものの未公刊のものもあった。
また昭和54年に刊行が終了後、これを補完するために改訂作業が行われた。戦争指導史や、教育・人事・補給などの研究、統合作戦の見地からの考察など幾多の論文を作成している。しかし戦史叢書改訂版は世に出ることはなく、防衛庁内部の研究論文としての配布にとどまり広く刊行されることはなかった。