戦史・戦記について



戦時中「知る権利」は無きに等しく、大本営発表の信憑性は低く、政治・軍事は厚い秘密のヴェールに包まれていた。戦後国民の多くが戦争の全貌を掴み、自分自身を再確認したいという知的欲求を持ったのは当然のことであった。終戦直後はGHQの検閲をうけたものの、独立回復後は一挙に解禁され、いわゆる戦記物は息の長いブームを迎える。
同じ現象は戦勝国であるアメリカ・イギリスにも見られたが、日本のように戦記専門の月刊雑誌「丸」(潮書房) が30年以上も続刊され続けているという例はない。私家版(自費出版)も含め刊行された戦史・戦記の総刊行数は、世界中でも我が国が断然トップであろう。

「広義の戦史」を区分すると・・・

@ 公式記録 (いわゆる一次資料とされる統帥命令・戦闘詳報・業務日誌・陣中日誌・命令電報綴など)
A 非公式記録/作品

の二分野に分けられる。 後者はさらに

@ 日記
A 第三者による研究的作品
B 戦友会等による部隊・軍艦史
C 体験記・回想録・自叙伝
D 戦記文学 (含創作)

などに分類される。

日記は作戦・戦争指導の中枢にあった人物によるものなどで、「戦藻録」 「井本日誌」 「杉山メモ」など公式記録に準じる一次資料足り得るものも多い。一方下級兵士の場合、日記は許されずにそのほとんどが体験記となる。生活・実体験の範囲−せいぜい中隊単位−は狭く、戦争の緊張感や迫力を伝えるものとしては十分だが、戦場全体を伝えることはできない。「丸誌」に見られる『狭義の戦記』としての限界がここにある。戦後の戦史・戦記刊行点数はおびただしい数にのぼり、玉石混交である。後になるほど参考データが増え敵側の記録も利用できるので、質が向上するように思えるが、そうとは云えないのが実状である。なまじ戦史を学び歴史の後知恵が混入されると、本来当事者が知り得ない事象を他から補う=創作の可能性 が生じるためである。

また一度出版すると、周囲から様々な影響を受ける。それは元上官や戦友・遺族からの称賛であり、非難であり、世相・風潮の影響である。これらの複雑な事情は改訂・増補の際に反映され、改訂と云いながらも実は検閲を受けたようなものに変質する場合もあるのである。ともあれ、戦後半世紀にわたって読み継がれた戦記作品はいろいろな意味で傑作と考えてよく、古典としての地位を確保している作品も多数ある。誇張されたもの、ことさら美化されたもの、事実誤認があるもの、著者の政治的思想を考慮する必要があるもの、等々の諸事情を考慮しながら、各種資料の取捨選択が必要であろう。