参考文献  解説2



敗者の戦訓 =太平洋戦争にみる誤断と独善=
森松 俊夫 編著

公刊戦史叢書の執筆者あるいは編纂に参与した、防衛研修所戦史部に属する生田 惇、市来俊夫、内田一臣、近藤新治、末国正雄、栂 博、野村 実、不破 博 ほか全15名によって執筆されたものを森松俊夫氏が編纂している。
戦争指導、政戦略、戦闘・戦術、機密・情報、組織・人事、技術・支援、指揮・統率 などについて、大東亜戦争中のエピソードを主体に各1600字に限定され朝雲新聞に毎週連載された、80編からなる文集。

敗戦の歴史書であるから誰にはばかることなく、真相が率直に記述されている。 そこには、なぜ失敗したのか、なぜ無理な戦いを実施したのか等追及するとき、戦勝の歴史に比べ遥かに多くの教訓を汲取ることができよう。 古来より敗戦国の戦史ほど有益なものはないといわれる。戦史の教訓は何も戦いにだけ役立つものではない。平時の職場においても役立つものがあるはずである。
 

大 本 営
森松 俊夫 著

日本陸海軍の最高統帥に任じ、戦争指導の重責を担った大本営の実態と時代的変遷とを解明した名著。 陸軍部、海軍部の両者をまとめた「大本営通史」として簡潔かつ見事にその要点がまとめられている。

明治26年5月 戦時大本営条例が制定された。 以降3度設けられた大本営は、おのおの機構、性格、運用を異にしており、よく言われる ‘明治の興隆 大正の混迷 昭和の余弊’ がぴたり感じられるほど鮮やかに史実が示している。 また明治期から‘昭和の余弊’なるものの原因は胚胎しており、このため本書では、明治期にかなりの紙数を割いてその原因の解明に努めている。
 

最近の森松氏 戦史研究の第一人者 森松 俊夫氏  大正9年6月20日 京都府出身
陸士53期 元陸軍少佐 元陸将補
第1幕僚監部(現陸幕)第3部、武器学校教官、幹部学校教官
防衛研修所戦史編纂官などを歴任 昭和48年退官、同戦史部調査員を経て昭和60年3月退職
主要編著書
戦史叢書「支那事変陸軍作戦」「北支の治安戦」1・2  「支那事変」(国書刊行会)
「総力戦研究所」(白帝社) 「南方の軍政」(朝雲新聞社) 「指揮者の戦訓」(図書出版社) など

 

日本陸軍史
生田 惇 著

上記「大本営」とおなじ教育社歴史新書の1冊として、建軍以来80年にわたる帝国陸軍の歴史を軍制と教育に焦点をおき、歴史上の重大な転機に陸軍が果たした役割について簡潔にまとめている。 できるだけ公正な立場から、歴史上の因果関係を判別するに必要な歴史的事実の紹介に努めており、日本の近代史に一石を投ずる意味からあえて発表したものである。
著者は航空士官学校55期卒、永年防衛庁戦史部に勤務した陸軍航空戦史の著名研究家である。

日本陸軍史を研究するにあたり、同時代の日本海軍史と比較することは、陸軍が持っていた国防思想や用兵の特質をより鮮明に理解する上で有効である。 その帝国海軍の通史を著した姉妹本として、『日本海軍史』 外山三郎著がある。
 

海上護衛戦 (海上護衛参謀の回想)
大井 篤 著

昭和18年11月15日 海上交通路保護を担任する『海上護衛総司令部』が創設された。筆者は作戦参謀として終戦まで勤務した第一人者。実例だけでなく日米両国の多くの資料を基に記述されており、現代のシーレーン防衛にも通じる貴重な体験記である。
歴史は批判である、と信じる『海軍の良識派』からの作戦記録に留まらない「総力戦史」として、昭和28年に刊行されて以来度々復刊されており、特に昭和58年の朝日ソノラマからの文庫本は、共鳴する多くの読者を獲得した。

我が国の海上護衛作戦の戦法が拙劣だったことは言うまでもないが、第一義的な問題点は戦法技術をはるかに越えるところにあった。 本書はそれが何なのか、「血沸き肉踊らざりき戦記」として大東亜戦争中の戦争指導と戦略的視点とを解明している。