靖国神社と千鳥ヶ淵戦没者墓苑

   靖 国 神 社   千 鳥 ヶ 淵 
 戦 没 者 墓 苑
沿 革 明治 2年 東京招魂社として創立
明治12年 靖国神社と改名
明治20年 神職の任命権が内務省から陸海軍省へ移管
昭和34年 竣工
ご 祭 神 明治維新から日清・日露戦争以降
大東亜戦争にいたるまでのすべての戦没者。
台湾・朝鮮の戦没者 約5万柱を含む。
民間人の多くは含まれていない
厚生省による昭和28年からの遺骨収拾時に
氏名の判明したものは遺族に返還された。
それ以外の無名戦没者の方々の納骨堂
祭神者数 2466000余柱
9割は支那事変/大東亜戦争時の戦死者
34万柱
祭祀形式 神道形式
終戦後はGHQ政策により宗教法人となったが
本来は宗教を超越した国家護持とされるべきもの
特定の宗教形式ではない
国が管理している
備 考 都道府県ごとの護国神社が建立され(明治14年)
地域出身の戦没者を祀っているが、
実質的には靖国神社の地方分社とみなされる。
支那事変から大東亜戦争までの
無名戦没者 遺骨奉安所
平成13年 秋季例大祭は、香淳皇后の崩御による御服喪により
1年間御差遣のなかった勅旨が御祭文を奉され、
新たに20柱の神霊を合祀申し上げることができた
旨の報告が行われた。

また小泉総理が公約としていた8月15日の参拝が
2日前に行われたことは真に残念だが、今回限りで
止めることなく、毎年の継続と春秋例大祭への参拝
をお願いしたいとの談話を発表した。

遊就館の改修と新館建設工事は
明年の、みたままつり前に完工の予定である。

秋季慰霊祭は、三笠宮寛仁親王妃殿下のご臨席を仰ぎ
内閣総理大臣、厚生労働大臣、防衛庁長官らの各代理
竹河内統幕議長以下各幕僚長、各国駐在武官ら多数が
参列して厳粛盛大に執り行われた。

13時 三笠宮信子妃殿下が式場に御到着、陸上自衛隊
東部方面音楽隊の奏楽に迎えられて式典は開始された。
国家斉唱後、瀬島龍三墓苑奉仕会会長の挨拶の後
昭和天皇御製を奉誦、小泉総理大臣の追悼の辞を代読。

妃殿下の御拝礼の後に来賓の献花が行われ、陸海空
自衛隊代表部隊の参拝と音楽隊の慰霊演奏があり
焼香が行われ、14時すぎにつつがなく終了した。