香春岳は異様な山である。
 けっして高い山ではないが、そのあたえる印象が異様なのだ。
 福岡市から国道201号線を車で走り、八木山峠をこえて飯塚市をぬけ、さらに烏尾峠と よばれる峠道をくだりにかかると、不意に奇怪な山の姿が左手にぬっとあらわれる。
 標高にくらべて、実際よりはるかに巨大な感じをうけるのは、平野部からいきなり急角度 でそびえたっているからだろう。
 南寄りのもっとも高い峰から一の岳、二の岳、三の岳とつづく。
 一の岳は、その中腹から上が、みにくく切りとられて、牡蠣色の地肌が残酷な感じで露出 している。山麓のセメント工場が、原石をとるために数十年にわたって頂上から休まずに削り つづけた結果である。
 雲の低くたれこめた暗い日など、それは膿んで崩れた大地のおできのような印象を見る者 にあたえる。それでいて、なぜかこちらの気持ちに強く突き刺さってくる奇怪な魅力がその 姿にはあるようだ。
 目をそむけたくなるような無気味なものと、いやでもふりかえってみずにはいられないような 何かがからみあって、香春岳のその異様な印象をつくりだしているのかもしれない。
(五木寛之『青春の門 筑豊編』講談社文庫 P9〜10)




皆様、
「筑豊」 というとどういうイメージがあるでしょうか。私は、九州に来るまでは、 はっきり言って 「石炭」 というイメージしかありませんでした。石炭産業の衰亡した現在 では、さびれ放題なんだろうなと。まあ、実際、さびれている部分はあるんですけど、 福岡に住んでみて、筑豊という地域が実に大好きになった。地理的に言えば、まあ陸の孤島 といえば語弊がありますけど、どこからアクセスするにも必ず山を越えなければならず、 雪なんか降ろうものならたちまち車でのアクセスは困難になる、こういうところも味があ っていいし、主要産業が潰れてさびれていく中で、何とか再起を図ろうとするその手法に も興味がある。生活保護率も犯罪率も高く、筑豊在住の知人も何人も犯罪被害にあって いるし、街で見かける若者の茶髪率は驚異的な高さ、しかしこういう独特の風景すら、なんだか こうなっていった歴史的経緯を考えると趣があるように思えてくるから不思議です(笑)。 で、まあせっかくですから(何がだ!?)、総論はこれくらいにして、筑豊ウォッチャー の蓑田が、筑豊用語の基礎知識について逐一解説したいと思います。


【麻生財閥】(あそうざいばつ)
かつて筑豊御三家と称された炭坑系財閥。炭坑のなくなったいまでも「麻生」の文字は 筑豊各所で見られる。麻生スーパー、麻生セメント、麻生飯塚病院、麻生ゴルフ場……、 ちなみに『ゴーマニズム宣言』で紹介されていた国会議員の麻生太郎は、麻生財閥の総帥(?) です。

【飯塚】(いいづか)
筑豊の中心都市。人口約8万人。歴史は古く、江戸時代は長崎街道の宿場町として栄えた。 本町商店街の紀ノ国屋書店前にあるからくり時計(長崎街道をゆく行列を模したもの)は、 1時間に1度見ることができるが、実に趣がある。この地域の中心都市で、官庁も集まって いるせいか、人口の割には実に大きなつくりの都市で、昔からの商店街(本町)・官庁街(立岩) ・新興店街(柏の森)と、遠賀川を挟んでそれぞれの色分けも鮮明である。また、独特の菓子文化も栄えており、 その点でも蓑田にとって魅力的な街である(他項で詳述)。ただし、街の交通の中心部に位置する バスセンター内の店(エマックス)が全部ずっと潰れたままなのは、「斜陽筑豊」のイメージ 増進に一役買っていると思う。また、飯塚署管内の交通死亡事故件数は、県内各署の中で トップだとか。老人と学生が多いためか、異様に薬屋と本屋が多い気がする。あと、飯塚駅前 の炭都ビルは、つげ義春の「ねじ式」あたりに出てきそうな雰囲気。

【犬鳴トンネル】(いぬなきとんねる)
福岡方面から筑豊への玄関口のひとつ。幽霊が出るらしい。福岡の人は、みんな「あそこだけはシャレにならん らしい」というが、みんな「らしい」で、実際に「シャレにならん」目にあった人に会ったことがない ので、先日、夜中の0時頃、勇気を振り絞って行ってみた。しかし、トンネルが近づくにつれ恐くなり、 猛スピードで前の車に追いついて、その車にピッタリくっついて通り抜けたという(恥)。その後、2度ほど 通ったが、別に何もなかった。

【川崎】(かわさき)
人口約2万人の町。筑豊で最も恐いと噂される。蓑田も恐いもの見たさで一度、JRの豊前川崎駅 あたりをブラブラしてみたが、人っ子一人いないので、恐くなってすぐに退散した(笑)。

【川筋気質】(かわすじきしつ)
遠賀川筋(筑豊)の人の気性を言い表す言葉。「気性は荒いが根はいい」「弱きを助け強きをくじく」 「最初はとっつきにくいが、一度仲良くなれば尽くしてくれる」というような意味の誉め言葉だと思って、生まれも育ちも飯塚の人に「●●さんは川筋気質だから」 と言ったら、結構イヤな顔をされた。で、第三者の人が「川筋気質って何?」と聞いたら、●●さんは 吐き捨てるように「気が荒いってことです」と言ったため、もしかしたら現地では「悪口」として流通 してるのかもしれない。

【香春岳】(かわらだけ)
筑豊で最も有名な山。一ノ岳、二ノ岳、三ノ岳と連なるが、一の岳は石灰岩採掘のため大きく削られており、 独特の山容となっている。私も、気が向いたらこの山を見に行くことにしている。なんだか知らないが、スカーっと するのである。ちなみに山麓には香春神社があるらしく、私も結構探したが、結局見つけられなかった。

【さかえ屋】(さかえや)
千鳥屋、ひよ子と並ぶ、飯塚が生んだ三大菓子屋のひとつ。個人的には、この3社の中で、味は一番 だと思う。特に「なんばん往来」の美味しさには、不肖この蓑田、感動すら覚えましたよ。

【青春の門】(せいしゅんのもん)
五木寛之の大ベストセラー。1巻は筑豊編であり、筑豊を舞台に成長してゆく主人公の姿が描かれている。 蓑田も読んだのはつい最近だが、上京するため筑豊を去る主人公が、八木山から筑豊を振り返る場面が特に印象に残っている。

【田川】(たがわ)
人口約5万人の筑豊第三の都市。全盛期は人口約12万人を擁する筑豊最大の都市だったらしい。 後藤寺あたりが中心街になるのだろうか、どうにも掴み所のない印象がある。そういや、飯塚と田川 が合併して「筑豊市」をつくろうという動きがあるが、飯塚側が猛反対しているという噂をきいた ことがある。本当なのだろうか。

【炭坑節】(たんこうぶし)
盆踊りの定番としてあまりにも有名だが、田川が発祥らしい。 先般、炭坑節ほか、石炭労働者の唄った歌をおさめたCDが発売されたと西日本新聞 に紹介されていたので、その日に田川の石炭博物館へ買いに行ったら、数日後にはまた西日本新聞に、なかなかの売れ行き で売り切れ寸前だと書いてあった。ちなみに、CDは早速きいてみたのだが、なんだか歌というより、 そのへんの酔っぱらいの唸り声みたいで、いまいちだった(笑)。

【筑豊ナンバー】(ちくほうなんばー)
筑豊ナンバーの車は車両保険が割高になるというが、とにかく「危ない車」の代名詞。筑豊ナンバーを見たら 避けて通れというし、以前はなかった筑豊ナンバーが出来たのも(直方あたりは「北九州」ナンバーで、飯塚 あたりは「福岡」ナンバーだったらしい)、筑豊の車をすぐ識別できるようにするためだという噂もある。 でも、私が走った印象では、大阪あたりのほうがかなり危ない気がする。筑豊は、老人ドライバーが多い せいか、むしろ制限速度ギリギリくらいで走る車が結構多く、逆にこっちがイライラすることも。まあ しかし、ちんたら走ってイライラさせ、後ろの車をひきつけてから急にサイドブレーキをひいて追突させる という「当たり屋」の高等戦術もあるようなので、筑豊をドライブする際はご用心あれ。

【千鳥饅頭】(ちどりまんじゅう)
白あんを丸ボーロ地で包み、千鳥の焼き判を押した半円球状の饅頭。蓑田の最も好きな菓子のひとつ。 飯塚で生まれた千鳥屋の代表銘菓である。といっても、最初はそんなにおいしい と思ったことはなかったのだが、「炭坑のお菓子」として評判だったという歴史的経緯を知って食べてみると、 なんだか味わいが増すから不思議なもので、バラ売りを買ってきては食べるようになった。ただ、 今では筑豊銘菓というより福岡銘菓になってしまい、さらに大阪の阪神百貨店では、「大阪銘菓」として 千鳥饅頭を売っていた。ケシカラン!

【直方】(のおがた)
「なおかた」と書いて「のおがた」と読む。人口約6万人の筑豊第二の都市。筑豊地区で唯一、かつて城下町 だった。そのせいか、個人的にはやや他の筑豊と毛色の違う感じがする。文化圏も、北九州に近い。ただ、 直方市街から川を挟んでどす黒くそびえ立つ「筑豊工業高校」は実に恐ろしい(個人的感想です)。

【英彦山】(ひこさん)
大分との県境にそびえる標高1200メートルの山。日本三大修験道場として有名。私も一度、英彦山神宮 を参拝に行ったが、かなり階段があり、結構疲れた。

【ひよ子饅頭】(ひよこまんじゅう)
ひよこを形どった饅頭。形状のかわいらしさに特長がある。今は亡き祖母が、福岡からやってくる時はいつも これをお土産にしていたため、個人的にも思い入れがあるが、飯塚が生んだ菓子だというのは全然知らなかった。 ただ、今では福岡銘菓どころか、東京銘菓として定着してしまった感もあり(東京駅キヨスク売り上げ1位らしい) ちょっとさびしいものがある。

【山小屋】(やまごや)
筑豊ラーメンと銘打つチェーン店。筑豊を中心に、今では中国・四国にまで分布する。本店は香春町にある。 こってり系のラーメンは好き嫌いの分かれるところだが、私は大好きであり、特にのりラーメンは旨い。 最近、「昭和ラーメン」(むかしらーめん、と読むらしい)が新発売されたので、早速食してみたが、 これも実に旨かった。噂では、本店が一番旨いらしく、確かにいつ通っても駐車場に車がぎっしりだが、私はまだ 本店には行ったことがない。

【山田】(やまだ)
人口約2万人の小都市。全盛期には4万人近くいた人口も、石炭産業の斜陽とともに激減、一時期は日本で一番 小さな「市」になったこともある。街のつくりは結構大きいが、やはりさびれている感は否めない。