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  『誰の為の医療なのか』(1)

ある古代王朝で義理の父にあたる王を暗殺し王位を継承した王が追放され共和国が生まれた。

その共和国は世田谷区程度の大きさではあったが、もともと経済難民のような人々や昨今流行の言葉となるが「ならずもの」と呼ばれるような人々が集まっていたと言われている。「貧乏人の門構えは低い」の故事が当時にもあり、それに習ったのかどうだかは知らぬが、その共和国では王政時代より自由に出入りが出来、どのような所から移り住んでも以前から住んでいた人々と同様の権利が保障されていた。(所謂、居住の自由というものだろうか・・・)その居住の自由を求めるためそこには自由さを求める人たちが集まった。その結果、やがて共和国には人種が入り乱れた。もちろん集まった人々は信仰も風習も違う。そして、そこにはそれぞれのコミュニティが存在し、コミュニティ同士の衝突があった。そんな衝突を防ぎ、それぞれの人々の権利を守るためにルールが生まれた。現在、それは「人民のための法」と呼ばれ知られる民主主義のシステムを作るための重要なツールの一つとなった。

一体、どのような法を作れば国民が幸福になるのか、それがこの国家最大の関心事となり、やがて法で管理されるべきものは多くの権力が集中し国民に害をなす可能性がある専業的な政治や信仰の世界へと向けられた。

多くの人が一カ所に集まり、そこで生活を始めれば、作業の協力が生まれる。そして、分業が生まれ、やがてある作業を専門に行う者達が生まれた。それが専業だろう。つまり分業から生まれた専業とは、ある意味で自分が利益を受けるために自分が行なわなければいけないことを人に委ねるということに他ならないということであろう。

誰かに自分の権利を委ねるとき、委ねるものの影響が自分の生活と権利に直結すればするほどに、その権利を委ねられた者に無条件に権利を委ねるということは危険ではないだろうか。そう考えるのが普通であり、委ねた人間が本当に自分が求める仕事が出来る人間なのかどうかを検証する必然性も生まれてくる。それ故にこの共和国においても大きな力を持つ人々を律する法を作る必要性も自然と生まれた。

当時の先進国であるギリシャに前述の共和国は一年に渡り派遣団を送り、一体どのような国家(=法)が国民の為になるかを研究した。プルタゴラスを始めとしたソフィストと呼ばれる権力者の能力を検証する人々に教えを受けたのだろうか。その結果、民主主義の原型の一つとなったこの国家においては生活教育を司る聖職者にいたるまでもが能力によって選抜され選挙によって選ばれる事が法によって明文化されるようになった。もちろん議会を統括する最高権力者もそのようにして選ばれた。これらは国民の権利を守るために生まれた。



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