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不愉快! NHK
   
     
 今日もまたNHKが定時ニュースでニューヨークと東京の為替と株の相場を流している。あーっ愚劣。私にとって、今の日本でこんなに不愉快なものはない。

 今や我々は朝から晩までケーザイ、ケーザイという念仏とも脅し文句ともつかない呪文をきかされている。しかもこんな呪文をいくらきかされても、不況、リストラ、若者の就職難、その他の現実は一向に変らないのだ。思えば私が二十代だった頃の日本は、倍々ゲームのような高度経済成長のさ中にあったが、当時は経済というものは大して話題にならなかった。そして岩波文庫や「世界の大思想」といった類いの本が結構よく売れていた。ケーザイ、ケーザイという大合唱が高まってきたのは、先進諸国がドル・ショックと石油ショックの二つの危機を経た七十年代末頃からである。今の若い人は、NHKは昔から定時ニュースで為替や株の相場を流していたと思っているかもしれないが、これは最近の現象である(そもそも変動相場制がなければ二十四時間フル稼動の為替相場などありえない)。そしてケーザイ、ケーザイの大合唱は資本主義が順調どころか極めて不調であることのしるしである。順調な時代には、こんな雑音は生じない。これは、病気になった時にだけ自分に内臓があることを我々が意識するのと同じである。

 だが私の文句に対してNHKは、「経済は社会に重大な影響を及ぼしますので公共放送の使命といたしまして云々」とのたまうであろう。そこのあんさん、冗談もええ加減にせんかい。NHKの相場ニュースが誰の役に立っているというのか。秒単位で新情報を追って商売しているトレーダー達には、こんなものは全く無用である。日本では数の少ない、いわゆる個人株主にしても、NHKのニュースを頼りに株を売買するなどという間抜けなことはやっていない筈である。ましてや日本人の圧倒的大多数は株には無縁なのだから、こんなニュースはきいても坊主の読経と同じで、何のことやら意味がさっぱり分からない。それに、「経済が社会に及ぼす影響」などといっても、例えばニューヨークで株が1ドル下がればその結果1ヶ月後の日本人の暮らし向きがどうなるのかについては、経済の専門家とされる連中でも大道の易者以上のことは言えないのが現代経済の実態である。
  
 してみるとNHKは、一見、非常に具体的でリアルに思えるが実は全く無用なことをしていることになる。いかにもNHKらしいという人もいるだろう。だが不愉快なことに、この茶番劇は全く無用ともいえないのだ。定時ニュースの度に儀式のようにニューヨークと東京の相場が麗々しく報じられることは、日本人の企業社会との一体感を高めることに役立っている。人々はこうしたニュースを聞く度に、自分はカイシャなしには生きていけない存在であることを暗に感じさせられる。サラリーマンではない人々までが、「カイシャあっての日本国」という認識をたたきこまれる。だから些か月並みな言い方になるが、NHKの定時ニュースは、かつての大本営の戦果報告が陛下の臣民たちの皇国への一体感を高めたのと同じ役割を果している。日本人が少なくとも精神的には会社人間を廃業し、個の自由と責任を重視するようにならなければ、この国にもはや未来はない。そんな時代に企業社会との運命共同体的一体感を電波で撒き散らしているNKKの罪は重い。

 もっともNHKは、経団連とグルになってこんなニュースを始めた訳ではあるまい。国策マスコミNHKのプロパガンダ戦略といったものがあるとは思えない。日本のマスコミにそんなマキァヴェリ的悪知恵などありはしない。相場を定時ニュースで流すようになったきっかけは、おそらく「皆様のNHK」が時流に遅れていないところを見せたいという見栄だろう。そして何よりもNHK報道局の管理職の発想である。自分が大NHKの組織と一心同体になっている人間だから、視聴者の皆様もカイシャと一心同体だろうと思ってこんなニュースを流しているに違いない。下らないといえば、実に下らない。だが、そこにこそ問題がある。かつてヘーゲルは、ナポレオンのような並外れた世界史的個人が歴史を作ると言った。しかし下らない人物の下らない考えが何億もの人々の生死を左右しうるということが、二十世紀が残した教訓である。下らなさや愚劣さも、それなりに歴史を作る。腐敗した議員や無責任な官僚を批判するのもいいが、今日の日本の未来のなさに一番責任があるのは日本のマスコミの体質である。
 (ちなみに私は、株や為替や公債といった経済の基本的仕組みについては、小中学校できちんと教えるべきだと考えている。一部の銀行、証券会社、不動産屋、そして何よりも中央官庁!の詐欺商売に人々が騙されないようにするためには、そうした教育が必要である。)

   
 
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