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二十世紀の謎
ホロコーストはなぜ起きたか(全四回)
 
 
第三回 「社会的なるもの」のカテゴリー
 

 ナチスが虐殺の対象にした「ユダヤ人」とは、一体誰だったのか? 「ユダヤ人」が人種でないのは確かである。太古のユダヤ人はセム系の民族だったのかもしれないが、二千年近く国々を流浪する間に混血もあったので、今は白や黒や茶色のユダヤ人がいる。だからヒトラーも純粋に生物学的な基準では、かえってユダヤ人を特定できなかった筈である。では「ユダヤ人」とはユダヤ教徒のことなのか? しかし当時の中欧や東欧のユダヤ人の大部分は信仰心を失っていた。してみるとナチスのいう「ユダヤ人」とは人々を特定の集団に分類する社会的なカテゴリーであることになる。分かりやすく言えば、”レッテル”である。
 それでは、この「社会的なるもの」とは何なのか? アリストテレスは「人間は社会的動物である」と言ったが、人間は一人では生きていけず、常に集団の一員として社会の分業体制に組みこまれて生きている。だから生物としての人間が自然の一部であるように、個体としての人間は社会の一部である。社会は人間にとって”第二の自然”なのである。集団に属さなくては生きていけないのだから社会的存在としての人間は受動的であり、そこから「社会構造」という言葉も出てくる。
 この「社会的なるもの」を「政治的なるもの」に対比してみよう。政治は人間の自由で能動的な行為である。ジョン・ロックの社会契約論を例にとるなら、政治においては人々は自由な同意と協力によって共同の秩序を作りだす。そして第二の自然である社会とはちがってこの政治的秩序からは任意に離脱できる。こうして社会が人々に否応なく押しつける「集団性」と人々が自由に創造し精神的に豊かな意味をもつ「政治的共同性」が対比される。そして社会の集団性をできるだけ政治の共同性に置きかえていくことが人間を自由にする(例えばフェミニズムは、男女の関係をそうした共同秩序に変えていこうとする試みである。また社会が存続してゆくためなら奴隷制も役に立つ。奴隷制は政治的共同性の立場なしには非とされない)。
 しかし近代世界においては、「社会的なるもの」が暴威をふるってきた。例えば十七世紀の英国革命においては、まだ人々は政治的なるものの次元で行動していた。この革命では王党派と議会派が武力で争ったが、どちらの派にも貴族から農民までさまざまな身分の人々が参加し、自分の思想信条のゆえに闘った。そして人はその信条と政治活動ゆえに敵とされても、社会的な身分や地位は問題にされなかった。政治活動を止めさえすればよかった。ところが十八世紀末のフランス革命になると、たんに貴族身分であるというだけで断罪されるということがおきてくる。そして十九世紀以降、人々に集団的レッテルを貼って断罪する傾向は、ますますありふれたことになっていく。
 なぜそんなことになったのか? その原因の一つは、フランス革命がルソーの社会契約を実現しようとして失敗したことである。この失敗の結果ヨーロッパ人は社会契約という思想に幻滅し、人間が社会の産物にすぎないことを強調するようになった。もう一つの原因は産業革命である。誰が意図した訳でもないのに社会生活の様相を根本から変えていった産業革命も、人間は社会の産物にすぎないという印象を強めた。
 しかしこうした思想は、進歩や発展の思想を装っていたとしても、現代に再生した古代オリエントの宿命論にすぎない。そして近代人は宿命論にはとても耐えられないから、自分は生まれつきと運命によって恵まれた集団に属している筈だとか、それでも自分が不幸なのはどこかに邪悪な集団がいるからだといった考えが頭をもたげてくる。「社会的なるもの」のカテゴリーが直ちにナチスを生んだ訳ではないが、それは考え方の枠組みとしてホロコーストを可能にしたといえる。
 社会契約論は、もともと中世のカトリック教会にあった思想である。キリスト教とその母胎であるユダヤ教には、人間は性別、年令、地位、職業などさまざまな社会的属性をもたざるをえないが人間の本性はそうした属性に還元できない、という思想がある。人間は何よりも自由な人格なのである。そして教会において、人々は地位や職業に関係なく人格として交わるべきとされる。人格としての人間が、社会の集団性を政治の共同性に変える。なぜなら人間には、集団に埋没せず、集団の一員としての自分自身に自由な態度をとる能力があるからだ。このキリスト教の思想的遺産を啓蒙主義者が安易な批判によって破壊したとき、ひそかにホロコーストの種が播かれたのである。

 (次回は「なぜドイツ人はナチスを政権に就けたのか」)

   
 
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