◆◆◆ HOMEに戻る ◆◆◆
このコラムのバックナンバーはこちら

     
  2001年9月11日の世界 (その三)  
     
 昨年の9月11日以来、同時多発テロについてその背景や影響その他が延延と論じられてきた。しかし大部分の人々に直接関わりがあるのは、テロ自体よりもテロに対する自国の政治家の反応である。現にイスラム過激派によるテロなどありそうもない日本でもテロ以来、憲法解釈、自衛隊、有事法制などに関し本来なら国論を二分してもおかしくないほどの変化があった。

 そこでまずアメリカだが、ブッシュ政権はテロへの反応としてタリバンのアフガニスタンを攻撃した。だがその結果はどうか。当初の目的だったはずのビンラディンは取り逃がし、しかも空爆によりニューヨークのテロ犠牲者を上回る数のアフガン住民が巻き添えになって死んだ。「アフガン攻撃は自衛権の行使」というアメリカの主張自体もともと国際法的に疑問があるのだが、この結果はもう戦争犯罪といっていいのではないか。それでもタリバン政権下の抑圧からアフガンの人々が解放されたのだから、攻撃には意義があったという見方もあるかもしれない。しかしアフガニスタンの変化は従来からの目まぐるしい勢力の変転の一コマにすぎず、タリバンも一時的に影が薄くなっただけであり、山賊まがいの北部同盟がより良い政治をやる保証など全くない。もちろん「災いを転じて福となす」ということがあればそれに越したことはない。だが民族自決の原則ではなくアメリカの空爆のせいで生まれた政権が、正統なものとして人々に受け入れられる可能性はきわめて乏しい。それに比べればタリバンの教権政治さえ、治安の維持という点では人民に評価されてはいたのだ。つまりアメリカの反応は、無辜の犠牲者の数を増やしただけで、何も解決せず、むしろ混乱を拡大したのである。

 なぜこんなことになったのか。ブッシュ二世は、共和党右派や大企業が操るのに都合のいいデクノボーとして大統領になった人物である。しかもこの人物が本当に選挙で勝ったのかどうか、今でも?である。ところがこのデクノボーはテロに狙われたショックで「これは戦争ACT OF WARだ」と口走り、それがマスコミに流れてしまった。そうなると今さら「大統領の発言は間違いで、あれは大規模な刑事犯罪でした」と訂正して、ブッシュの知性の程度についての世人の懸念を確証してしまう訳にはいかない。そこでブッシュの発言に辻褄を合わせるためにアメリカはアフガンを攻撃したのである。知性にもその地位の正統性にも疑問のあるデクノボー大統領の面子を守ることが、すべてに優先したのだ。まさかと思われるかもしれないが、今のアメリカという国はその程度のことで動いている。アフガン攻撃の背景には中央アジアの石油資源へのメジャーの関心がある等々の解釈は、うがちすぎであり、ブッシュ政権の脆弱性を認識していない。

 アフガン攻撃にはまた、失政を覆い隠すという動機もあった。イスラム過激派のテロ組織がアメリカを攻撃目標にしていることを熟知していながら大規模なテロをやられてしまったのは政権の大黒星である。その失政には、規制緩和で競争が激化している航空業界が空港での乗客のチェックを手抜きしていたといったことも含まれる。そもそもテロリストが、アメリカ本土でのうのうと空前のテロを準備できたということは、さまざまな規制緩和のお蔭なのではあるまいか。

 こんな戦争だから、そこには明確な目標も戦略も理念もなく、ブッシュは「善と悪の戦い」という無内容な空文句で攻撃を正当化するほかはなかった。そして問題は、世界中の政治家がこのデクノボー氏の空文句に飛びついたことである。「今日の政治の最大の課題はテロ対策だ」というのは、今や彼等の合い言葉である。

 世界の政治家達は、冷戦後の状況にどう対処すべきか途方に暮れており、あれこれの複雑な連立方程式を何とか泥縄式に解くという難題を課せられている。そんな彼等にとっては、「善と悪の戦い」は問題を一挙に単純にしてくれ、おまけに人気取りにもなる出し物である。だから英国のブレア首相など、自国の鉄道や病院の運営さえまともにできないのに、チャーチル気取りで世界中を飛び回っている始末である。ロシアのプーチンや中国の江沢民も抜け目なくテロ対策協議会の賛助会員になった。だがこんな例は可愛いほうだ。ブッシュの愚挙は、イスラエルのシャロンやインドのヒンドウー主義右派政権のテロを口実とした開き直りに御墨付きを与えてしまった。国際法の見地からすれば、パレスチナ紛争ではイスラエルに、カシミール紛争ではインドに非がある。しかしアメリカのアフガン攻撃以来、イスラエルもインドも自分こそテロと戦う正義の味方のような顔をしている。

 パレスチナ紛争のさらなる泥沼化と一触即発の印パ情勢を見ても、ブッシュ政権の愚挙ないし暴挙のせいで、テロの問題は何ら解決に向かって前進することなしに、世界は一層混乱し不安定になった。そしてこの現実から我々は二つの教訓を引き出すことができる。その一つは、今日のアメリカは全く自己中心的な発想しか持たず、自分さえよければ後は野となれ山となれの姿勢で動いている国だということである。アメリカがこんな見下げ果てた国になったきっかけはニクソンのドル政策だろう。二つ目は、今日の政治家は、問題を提起し解決する人間であるどころか、問題を悪化させたり増やしたりする危険人物だということである。今時の政治家の大半は、旧ユーゴのミロシェヴィッチの同類である。 

 もちろん有権者がそんな政治家を選ぶのが悪いのだとは言える。しかし有権者の良識を云々する以前に、先進諸国の市民とくに若い世代は政治に関心や興味を失ってしまい、投票率は下がる一方である。その原因は、民主主義が建前にすぎず、実質的には殆ど機能していないことにある。二十世紀の国家は民主主義を一応の看板にしながら、現実には国民戦争に勝ち抜ける国家になることを最優先の課題にし、この目標にあわせて国家の制度を設計してきた。ゆえに民主主義の制度的な進化は、前世紀初めの普通選挙権の確立あたりで止まってしまっているのである。例えば十九世紀のフランスは、民主主義の制度化を目指して実験を重ね、その中からトックヴィルやプルードンらの政治思想家も現れたのだが、そうした模索は世界大戦と共に立ち消えになってしまった。これと対照的に、国民戦争に縁のない永世中立国スイスは、できるだけ民意を反映する国家を実現するためにさまざまな工夫を凝らしてきた。私はスイスを理想国とは思っていない。しかしスイスの例は、平和な国では民主主義が進化することを示している。他方で、昨今のアメリカにおける民主主義の空洞化や政治の商品化と反米テロやアフガン空爆の間には密接な関係がある。二十一世紀を迎えた今、我々が抱えている最大の問題はテロ対策などでなく、民主主義の根本からの再設計なのである。


     
(c)2002 Noraneko Journal. All rights reserved.