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  「民主主義」という殺し文句  
     
 現代において「民主主義」ほど強力な殺し文句はない。民主主義!と言えば、誰もがその前に跪く。これはもう、中世の人間にとっての神のようなものだ。しかしこの泣く子も黙る民主主義なるものは、果たしてどの程度実体のあるものなのだろうか。
 例えば民主主義には、思想的な裏づけが乏しい。近代民主主義はヨーロッパの産物と言っていいだろうが、プラトンからニーチェそして晩年にナチへの協力を非難されたハイデッガーまで、ヨーロッパの代表的思想家は圧倒的に反民主主義者である。ロックは自由主義、J.S.ミルは議会主義の思想家だろうし、プロレタリア独裁を唱えたマルクスは、もちろん民主主義者ではない。名著「アメリカにおけるデモクラシー」を書いたフランス人貴族ド.トックヴィルは、アメリカの民主主義という新現象を歴史の抗しがたい摂理と見てそれを社会学的に考察しただけであり、彼自身が人民の大義を奉ずる民主主義者だった訳ではない。またルソーを民主主義の思想家とみなすのは、根本的な誤解である。十八世紀の人間ルソーは現代的意味での民主主義なるものを知らず、ヨーロッパの政治理論の伝統である政体比較論に基づき、貴族制、独裁その他さまざまな政体の一つとして民主制を論じている。その比較論の中では、彼が概して民主制に好意的なことは事実である。しかしルソーの陰翳に富んだ政治思想は民主主義で割り切れるものではなく、民主主義者ルソーという評価は彼を薄っぺらな思想家にしてしまうのだ。こうして見るとヨーロッパの思想家ではっきり民主主義者といえるのはスピノザぐらいだが、この異端の哲学者は殆ど世に影響を及ぼすことがなかった。それ以外ではジョン.デューイがいるが、彼は民主主義者である以上にきわめてアメリカ的な思想家である。
 たとえ民主主義に思想的裏づけは乏しくても、歴史的に確立されたその実例があれば充分ではないかと言われるかもしれない。その場合、そうした実例とされるのは、言うまでもなくアメリカの民主主義である。しかしここにも大きな誤解がある。アメリカというと、メイフラワー号の誓約、ニューイングランドのピューリタン入植地におけるタウンシップ.デモクラシー、トーマス.ジェファーソンと独立宣言といったことが華々しく謳われ、過大評価される。だがこれはアメリカの一つの顔にすぎない。この国のもう一つの顔は、ドル紙幣に肖像が載っているアレクサンダー.ハミルトンであり、こちらがアメリカの主流である。西インド諸島出身のハミルトンは、英国が黒人奴隷を使った砂糖や煙草のプランテーション経営で大商業帝国にのし上がっていく様を目の当たりにして、アメリカの未来は英国をしのぐ帝国になることだと考えた。実際、アメリカという国の原型はニューイングランドのピューリタン入植地よりもむしろ、十六世紀以来英国が北米の植民地に王の特許を与えて作った商事会社にあると見た方がいい。そう見た方が、その後の合衆国憲法の制定、南北戦争、世界大戦への参戦といったアメリカの歴史が分かりやすくなる。先のアメリカ大統領選で民主党のゴアより得票が少なかった共和党のブッシュが勝利できたのは、選挙人制というややこしい投票システムのお蔭だった。実はこのシステムは、貧民(MOB)の影響力の拡大を恐れる富者でもあった合衆国建国の父たちTHE FOUNDING FATHERSが苦心して作り上げた安全装置である。要するにアメリカは、封建的な身分や格式といった遺制がないだけに、持つ者による持たざる者の支配を論理的に一貫して実現してきた国なのである。アメリカが本当に民主主義国だったなら、どうして1960年代まで深南部の黒人に公民権がなかったり大統領が議会の同意なしにベトナム戦争を始めるといったことがありえたのだろうか。 
 民主主義の実情はこんなものだとすれば、なぜ民主主義という言葉は問答無用の殺し文句としてこれほど世界中に広まってしまったのかという疑問が生じてくる。その答えは、過去二世紀の歴史にある。英国の産業革命とフランス革命に始まるこの二世紀は、工業化と国民戦争に大衆が動員された時代だった。この大衆動員の論理が民主主義と呼ばれただけのことなのだ。急速な工業化は人々の地位を流動化させ、その所得と生活水準を相対的に向上させる。生活様式の変動、アトム化、官僚制化や画一化を伴う社会のこの水平化現象が即ち民主主義とみなされたのである。またフランス革命は、旧来の王侯貴族と傭兵による征服戦争を禁止する一方で、ナポレオンと徴兵されたフランス国軍による解放戦争という新しい形の戦争を生み出した。戦争は新たに、敵国を民主化し人類を解放し進歩させるための正義の戦いとして正当化された。民主主義は、徴兵と総動員体制を正当化する言葉になった。この解放戦争というレトリックは、共産主義者だけでなく、英米の政治家によっても大いに愛好された。ウッドロウ.ウィルソンは「世界を民主主義にとって安全なものにする」と言い、チャーチルは「民主主義は、それ以外の全ての政体を除けば最悪の政体である」と言ったが、これらは共に戦争指導者としての発言である。
 こうして英米は第二次世界大戦を日独のファシズムに対する解放戦争として戦い、このパターンは今日のブッシュ政権の「人類をテロリストから解放するための戦争」でも踏襲されている。もっとも自分達を解放するB52が爆弾を雨霰と投下するのを見たセルビア人やアフガニスタン人がそれに感激したかどうかは別の問題である。戦後日本の知性を代表した知識人丸山眞男はかって「戦後民主主義の虚妄に賭ける」と言ったことがあるが、彼はこの主張によって間接的に解放戦争の論理に加担し、英米がやる戦争には敵国を民主化するという好ましい側面もあると考えていたことになる。しかし民主主義が征服者によって下賜されたりするようなものでないことは、昭和の日本でも今日のアフガニスタンでも同じではなかろうか。
 民主主義は、工業化と総力戦に向けて大衆を動員するための殺し文句にすぎなかった。してみれば、一党独裁の労働者国家こそ真の民主主義国というかってのソ連の屁理屈も、あながち根も葉もないプロパガンダとは言えなくなってくる。そして言葉のこうした手品が可能だったのは、ひとえに民主主義が選挙による政治指導者の選出ということだけに矮小化されてきたからに他ならない。この基準からすれば、なるほど世界は民主主義国だらけである。しかも今日では、民主主義の必要にして充分な条件とされる選挙こそ、皮肉なことに多くの国々で大企業や各種ロビーによる国家権力の横領、政治の金権化、市民の政治的絶望感や無力感の原因になっているのだ!。その名に値する民主主義の実現のためには、選挙制度だけでは充分でない。そのためには市民一般のリテラシー(政治的教養)そして市民のリテラシーを促進する言論界や教育制度、選挙以外のチャンネルによる庶民の国政参加の制度などが不可欠である。だがこの肝心な問題は大方の自称民主主義国では放置されたままになっている。
 そこで最後に、現代における民主主義の問題を考える上でヒントになりそうなことを三つ申し上げたい。第一に、民主主義は思想ではなく政治的実例として学んだ方がよい。アメリカはともかく、ヨーロッパの小国の中には成熟した民主主義国といって間違いのない国がある。オランダ、スイス、北欧諸国は、キリスト教的市民文化を地盤に民主主義がしっかりと根づいている世界でも数少ない民主国家の実例といえる。最近のオランダでの暗殺事件を見ても、もちろんこれらの国は聖人君子の理想国などではない。しかしこれらの国で常識とされていることを極東にあるどこぞの国と較べると、「これが民主主義というものか」と改めて感銘することが少なくない。民主主義について考えてみたい人は、あやしげな思想書など読むより、オランダ、スイス、デンマークなどのの歴史と国情を勉強した方がよい。
 第二に、こうした民主主義の先進国から教えられるのは、民主主義とは制度以上に一国の政治文化の成熟度の問題だということである。たんなる選挙による政権交代や複数政党制の次元においては、旧東側諸国や多くの南の国々は民主化されている。しかし例えば白ロシアやインドネシアで混乱が続いているのは、まさに民主的な政治文化が未だに育っていないせいである。そして第三に、そうした民主的な政治文化は独自な歴史と個性をもつナショナルな文化でしかありえない事実に注目する必要がある。ゆえに民主主義と民族的アイデンティティの意識は矛盾しないどころか、前者は後者に裏打ちされねばならないといえる。例えばオランダ人やデンマーク人は、人種的宗教的文化的にはドイツ人の親類といってもいい民族である。しかしすぐ隣の小国オランダとデンマークが常に普通の人々の良識が尊重される民主主義国だったのに対し、プロイセンの軍事力が作り出した近代ドイツは国家としての生ける統一を欠き、隣国とは正反対の軍国主義やナチズムに走った。これは、政治文化があくまでナショナルなものでしかありえないことをはっきりと示す不幸な実例といえよう。


     
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