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2003年6月  

   アメリカの没落 (その三)

 国連安保理が認めず国連憲章にも反する今回のイラク戦争は、明らかに非合法な戦争だった。しかしイラク戦争はそもそも戦争と呼べるような代物だったろうか。アメリカはこれまでにイラクに軍を進駐させただけであり、イラクの民主化どころか国際戦時法規上のまともな占領さえ実現できていない。アメリカとイラクの間に戦争に至るような国益の衝突があった訳ではないから、敗者による降伏の調印式もなく、サダム.フセイン大統領はイラク国内に潜伏してゲリラ戦による反撃を準備しているとも伝えられる。ブッシュは勝利ではなく戦闘の終了を宣言したにすぎず、しかも今なお一日平均一名の米兵がイラク人の狙撃などで殺されている。そしてイラク攻撃の口実となった大量破壊兵器は未だに発見されていないし、発見の見込みもない。

 古典的な帝国主義観に立つ人々は、イラク戦争を湾岸の石油を支配しようとするアメリカの野望の表れと主張した。しかし今のイラクでありそうなことはアメリカの傀儡政権の樹立どころか、シーア派の反米政権の誕生か泥沼の内戦である。こんなことも予測できなかったのだとすれば、お粗末な帝国主義もあったものである。勿論イラク戦争の結果としてブッシュ側近のネオコンたちの中東の政治地図をイスラエルの利益に合わせて塗り替えるという目的は達成されたと指摘することはできよう。だがいかに影響力が大きいとはいえ、イスラエル.ロビーだけが今のアメリカを動かしているのではない。嘘で固められた一見支離滅裂なイラク戦争とそれがもたらした混乱もアメリカの戦略に沿ったものであり、それはブッシュの個性などに帰することができないことが理解さるべきである。そしてこの戦略においてこそ、アメリカは一極支配の帝国になったという俗論とは正反対に、アメリカの没落がくっきりと浮かび上がっているのである。

 このイラク戦争を1991年の湾岸戦争と比べてみよう。この戦争ではブッシュ(父)大統領は、内実は不明でもとにかくポスト冷戦の新世界秩序という理念を掲げた。そして石油利権やアメリカに流入するオイル.ダラーを守るという戦争の目的も明確であり、アメリカはイラクの侵略を罰する世界の保安官として国連やNATO諸国のみならずアラブ諸国の支持と協力を取り付け、多国籍軍を組織して闘うことができた。そして秩序の回復が課題だったからアメリカはバクダッドに侵攻することはなかった。ところがイラク戦争ではアメリカは国際社会で無惨に孤立しただけでなく、戦争の目的およびイラクを処罰すべき理由について最後まであやふやなことしか言えなかった。擁護すべき秩序の理念も限定された戦争の目的もないという点で、イラク戦争は、まがい物の戦争でしかなかった。湾岸戦争の時の世界の保安官は、こうして全世界で忌み嫌われる通り魔に転落したのである。このことだけでも、この十年余りの間にアメリカの没落が加速化したことがよく分かる。

 冷戦でソ連に勝利したアメリカはその後のイラク戦争に至る過程で比類ない覇権国家、国際社会など鼻であしらい我が道を行く一極支配の超大国になったと論ずる人がいる。この種の論者は、未だに冷戦という巨大なフィクションに呪縛されているのだ。今日のではなくかってのアメリカこそ、そうした無比の超大国だったのである。アメリカが世界を自分のイメージに合わせて作り替えようとしたのは、第ニ次世界大戦に国としては殆ど無傷のまま勝利した直後のことだった。国連、IMF、そしてブレトン=ウッズ体制はソ連など殆ど無関係にアメリカの圧倒的な主導権の下で創設された。ブレトン=ウッズ体制はアメリカがドルを世界に散布するために貿易赤字を出すことを前提にしていたが、当時のアメリカの他国の追随を許さない経済的技術的優位ゆえにそうした赤字が恒常的なものになることはないと信じられていた。

 この戦後のアメリカの繁栄を可能にした政策は、アメリカナイズされたケインズ主義だった。アメリカはソ連の大義であるマルクスの階級闘争論を逆手にとる形で経済成長の論理を打ち出し、経済のパイが大きくなれば全ての国民が繁栄のおこぼれに与るとして労働者階級をアメリカ資本主義の論理にとりこむことに成功した。そして私が強調したいのは、米ソ冷戦はこの戦後ケインズ主義の論理がアメリカの覇権の下に国際政治に適用されたものだということである。冷戦はアメリカが設計した国際政治のシステムにほかならず、ソ連はそこにサブシステムとして組み込まれ、ケインズ的体制の一環となったアメリカの労働組合と似たような形でアメリカの限りない軍需による繁栄を支えることになった。

 してみればソ連の崩壊はアメリカにとっては”勝利”どころか大きな打撃、戦後にアメリカが作り上げたシステムの消滅を意味したことになる。一般的に言って戦後のアメリカ経済は、ドルとミサイルと石油の経済だったということができよう。そして通り魔的なイラク戦争の背景には、ドル、ミサイル、石油のいずれもが繁栄ではなく危機と衰退の要因に転化してきていることがある。ドルに関しては、ニクソン大統領が1971年にドルと金の交換を停止して以来、アメリカは国際的に信認されたドル紙幣の発行国であるという特権にあぐらをかくようになった。最近流行りの言葉を使えば、この特権に居直るアメリカは巨大なモラル.ハザードの見本のような国であり、それが製造業の致命的な衰退や詐欺商法のエンロンに代表される大企業の虚業化を招いたといえる。そしてドルショックは石油のドル建て価格を維持を図った産油国によるOPECの結成につながった。戦後アメリカはブレトン=ウッズ体制で世界経済のグローバル化を促進してきたのだが、このOPECの結成を機にアメリカはグローバル化した世界経済を次第にコントロールできなくなり、大戦直後のその比類ない地位は相対化されてしまう。たとえ米軍が今になって湾岸諸国や中央アジアに展開したところで、この流れは変えられるものではない。

 そしてアメリカ経済のシステムにおいてはドルとミサイルと石油の三要因は相互に絡み合っている。従ってドルと貿易赤字がもたらした製造業の衰退や空洞化および七十年代以降の石油価格の上昇は、戦後のケインズ的体制を終焉させると共に、残された唯一の選択として経済の軍事化をさらに進めることをアメリカに余儀なくさせた。冷戦が終結し軍産複合体の存在理由がなくなってもこの事情は変わらず、戦後に作られたアメリカのシステムはソ連という敵を失って方向転換もできないまま混乱と動揺を深めている、イラク戦争は実はイスラム過激派によるテロになど全く関係がなく、アメリカのこの”内出血”状態を反映した出来事と言わねばならない。そう見ればアメリカがこじつけめいた理由で通り魔的な戦争をやり、アフガンから中東へと混乱が拡大しても平然としている理由がよく分ってくる。

 今のアメリカがその硬直したシステムを維持するためには、世界中に不安と恐怖、混乱と動揺を故意にまき散らして恒常的な戦争状態を演出する必要がある。その点で、ブッシュの「テロに対する戦争」は限定された目標をもたないから、疑似戦争を果てしなく引き延ばし拡大することができる。そして冷戦期に想定されたような国家間の全面戦争はもはやありえないから、新しい形態の戦争を”有効需要”として創造する必要がある。イラク戦争は、小兵力がハイテク兵器をフルに駆使する迅速で短期間に終る死傷者が少ない局地戦という、アメリカが今後モデルとするであろう新しい形態の戦争のデモンストレーションにほかならなかった。そして戦争の結果国際秩序にひび割れが生じたり戦場となった国が無政府状態に陥っても、それは「あとは野となれ山となれ」で、どうでもいいことなのである。アメリカのシステムが生き延びさえすればいいのだ。ただ国際的な”死の公共事業”としての戦争を絶えず仕掛けていくためには、世界平和の枠組みをなしている国連や各種国際条約は障害物になる。ゆえにブッシュ政権が登場して以後のアメリカと国際社会の対立は、突発的で一時的なトラブルとはいえない。

 アメリカは常に自らを神に祝福された例外的な国とみなしてきた。そしてドル、ミサイル、石油のシステムの危機がアメリカの没落を加速化している今、この例外主義は国際社会の例外的なアウトローになるという選択へと発展した。この選択は当然国際社会の反発や白眼視を招く。だがそれだけに世界平和を執拗に撹乱しつづけるもう一つのアウトロー国家イスラエルの存在は、アメリカにとって貴重なものになる。イラク戦争にはネオコンの誇大妄想以上の歴史的なマクロな文脈があるのだ。しかもアメリカを例外的な国と信ずるアメリカ人の大多数が、”愛国者”として思考停止状態のままこのアウトロー路線を支持している。だが言うまでもないことだが、アウトローという選択は自己破壊的な選択でしかありえない。こうして二十世紀はソ連の崩壊で終り、二十一世紀はアメリカの没落を背景として始まったのである。     (完)
 
 
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