◆◆◆ HOMEに戻る ◆◆◆
このコラムのバックナンバーはこちら
野良猫blog(こちらではみなさまのコメントを応募しております)
2003年11月  

ニーチェのこと(二)           

 ニーチェといえば処女作「悲劇の誕生」が名高く、そこから彼
をアポロン的とデュオニュソス的という二つの原理の対立によっ
て現実を論じるロマンチックな生の哲学者とする見解が広まって
きた。しかしこうした見解では、ニーチェが初期の著作で自分が
敬服する思想家としてショーペンハウアーと並んでモンテーニュ
の名を挙げている理由は説明できないだろう。私見ではニーチェ
の思想的な出発点は、「反時代的考察」の中に収められているエ
ッセー「生に対する歴史の利害」に求められるべきである。そし
てこのエッセーがヘーゲル哲学とそれが正統化しているドイツ帝
国を容赦なく攻撃したものであることは、どれほど強調されても
いい。というのも十九世紀におけるヘーゲル哲学の最大の敵手は
、マルクスでもキルケゴールでもなく、ニーチェであったことは
今日なお充分に認識されているとは言えないからである。

 「生に対する歴史の利害」という題名は誤解を招くが、ここで
ニーチェは歴史を創造するという意味での本来の歴史性を近代人
が喪失したこと、プロイセン国家御用達のヘーゲル哲学が表現し
ているのは悔恨と愛惜、憧憬と希望に引き裂かれた人間の歴史性
の抹殺にすぎないことを明らかにする。ヘーゲルとその亜流たち
は、生きぬかれるべき歴史を過去の史実に関する知識の山に変え
てしまった。文化の創造性の枯渇と共に歴史学は至高の学問にな
ったが、それは宗教や芸術の霊感を失った社会において過去の文
化の死体解剖をやっているにすぎない。いや、それだけなら、ま
だいい。ヘーゲルの亜流たちは、そこから機械的自動的な”歴史
の必然”という虚構をでっち上げ、それを崇拝するようになった
。彼らは大学教育で、未来への憧憬に燃える若い世代にかって起
きた事柄とその満足すべき成果とされる現在への老人じみた崇拝
を叩き込んでいる。

 近代人は、この「歴史としての現在」の認識という罠から抜け
出す必要がある。人間が真に歴史的に生きるためには、余計で末
梢的なことを忘却させてくれる非歴史的なもの、宗教や芸術が暗
示している超歴史的なものの介助が要るのだ。というのも人間に
肝心なのは、学問のための学問である歴史学の研究対象となって
いる終りなく目的もない生成変化に対抗すること、自らをあえて
限定し、個性ある文化を創造することだからである。そして歴史
学が代弁しているものは、ばらばらになった小賢しい功利的個人
であり、彼らを大衆としてまとめている冷血な国家にほかならな
い。

 こうした地点から出発したニーチェは、やがて「神の死」を告
知するに至る。十八世紀の啓蒙主義者は唯物論や自然主義の立場
から、キリスト教の神を邪悪で愚劣な迷信として否定したが、彼
らの批判は誠実で一貫したものであったろうか。かってキリスト
教はヨーロッパ人の生き方そのものであり、ヨーロッパ文明を作
り上げてきたその鑄型だった。神は政治的権威を神学の用語で定
式化したものであり、ゆえにヨーロッパの国家や学校の諸制度は
神の存在を確固たる前提にして構築されてきた。ところが啓蒙主
義は自由や理性の名で神を抹殺しながら、キリスト教に代わる継
続的な文明の原理を提出できず、キリスト教の形骸化した遺産を
横領し、それを倫理、文化、政治の次元で食いつぶしてきただけ
なのである。ニーチェは、この啓蒙主義の安易さと自己欺瞞を赦
すことができなかった。そこで後期のニーチェは、神が人間への
愛のために自らを犠牲にするという福音主義的キリスト教自体の
中にその自己破壊と解体の契機がはらまれていたのではないかと
問う一方、キリスト教に代わってニヒリズムを超克すべき文明の
原理を模索することになる。ニーチェはキルケゴールのように単
独者として信仰の危機を問題にしたのではない。彼は反時代的と
いう形で時代に深くコミットしていた。彼にのしかかっていたの
は、キリスト教の衰退の結果として、ヨーロッパ人が従うべき倫
理的教育的な生ける範例が世界から消滅したという問題だった。

 ニーチェは前に言ったようにファシスト的思想家ではない。し
かし古代ギリシャの奴隷制やルネサンス期イタリアの暴君を賛美
する彼には、貴族趣味の要素がある。彼は近代人の自由、平等、
幸福という合い言葉に命令と服従、訓育と序列という大衆に受け
ない言葉を対置する。だが、これは一部の批評家が言うような封
建性への郷愁を示すものではないだろう。彼は貴族と平民(畜群
)をその存在様式において区別する。貴族は生まれながらに貴族
であり、「在ることBEING」がその存在様式であるような人間で
ある。ところが貴族を打倒した近代の市民は、労働、能力、業績
によって自分の価値を証明し地位を獲得しなければならない人間
であり、「為すことDOING」がその存在様式である。そしてニー
チェにとっては、後者は奴隷道徳に従って生きる賤民以外の何も
のでもない。近代人の自由は、ばらばらな個人の自発的畜群化に
行き着くだけなのである。従ってニーチェの課題は、近代人をBE
INGの価値観に引き戻し、「生まれながらに人間であること」を
貴族的な尊厳と愉悦に満ちた事柄に高めることにあったと言えよ
う。そこから彼の超人という思想が生まれるが、超人のモデルに
なっているのはゲーテやエンペドクレスであ?て、どこかの暴君
や独裁者ではない。

 こうして振り返ると、ニーチェは些か忘れられていても、ニー
チェが取り組んだ問題は過去のものになったどころではないこと
が分かる。「歴史の終り」という本を書いたアメリカのネオコン
思想家フランシス.フクヤマはアレクサンドル.コジェーヴの下
でヘーゲル哲学を学んだ人間のようだ。ところが「生に対する歴
史の利害」を読み直してみれば、十九世紀においてもドイツ帝国
が顔のない畜群が黙々と働く巨大な工場と化しつつある中で、や
はりヘーゲルの流儀で歴史の終りが説かれていたことが一目瞭然
なのである。そしてフクヤマの空論には、市場原理主義という俗
悪きわまりないニヒリズムが対応している。ニーチェは文化的に
干涸びた虚ろなドイツの自己破壊を予感していたが、おそらくア
メリカもそうした解体と自己破壊の途を歩んでいるのだろう。「
歴史の終り」とは、廃人にこそふさわしい想念なのである。

 超人と永劫回帰そして生成の無罪というニーチェの個人的な神
話は、彼を救うことはできなかった。ニーチェの悲劇は、ルター
の国の思想家として彼がキリスト教を極端に福音主義的に解釈し
たことにあったと私は考える。そのためにニーチェは福音的で超
越的な愛とギリシャ的な快活で現世的な運命論の間に引き裂かれ
たままだった。彼に閉ざされていたのは、新約以前のヘブライの
信仰を再考し旧約聖書を新約とは全く異なる現世的な政治思想の
書として読み直すという可能性である。彼の時代には、ドイツの
ヴェルハウゼンがようやく旧約を近代的な文献批評の手法によっ
て新たに解読する作業に手をつけたところだった。その点、当時
と今日では、旧約の解釈は一変していると言っても言い過ぎでは
ない。しかしもしもこの私の見方に分があるとしても、時代の制
約を背負いながら時代と格闘しぬいたニーチェの偉大さには些か
も変わりはない。彼のような人間を生み出せたということは、十
九世紀ドイツにとっての最大の名誉でなくて何であろうか。  
(完)    

  ・このコラムは毎月追加更新されます。
 
(c)2003 Noraneko Journal. All rights reserved.