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2004年7月  
イランの影


昨年四月にアメリカ軍がバクダードに侵攻した直後、私は共同通信に書いた
論評で「これはアメリカの没落の印であり、没落を加速化させる」と述べ
た。その後のイラクの状況は、私が言ったとおりになったようだ。何も先見
の明を誇りたいのではない。ブッシュのアメリカの殆ど精神病理学的な振る
舞いに国家が没落する徴候を感知しない方がおかしい。当時アメリカを「向
かうところ敵なき唯一の超大国」などと持ち上げていた連中は、何かアメリ
カの覇権につるんだ利権があった人間なのだろう。

 目下イラクで、アメリカは進むことも退くこともままならない窮地にある。
ところがアメリカがこのような窮地に陥った原因についてのまともな分析を
見たことがない。開戦前後にマスメディアなどで盛んに流れたのは、原油利
権とイスラエル.ロビーの圧力がアメリカをイラク戦争に踏み切らせた動機
とする説だった。しかしこの種の俗論はその後事実によって反証されている。
原油利権どころか原油の国際価格はイラクの治安悪化のせいで石油ショック
以来と言われるほど高騰している。これは石油資本が恐れていた事態だった。
また戦争はこれまで以上に世界の耳目をパレスチナ紛争に集める機会になり、
イスラエルの国際的孤立はさらに深まった。

 とにかく基本的なことが失念されている。1979年のイラン革命以来、
アメリカの中東政策は一貫してイランの影響力の拡大を阻止することにあっ
た。湾岸地域とサウジアラビアが世界最大の産油地域であることは、もちろ
んこの政策の一要素ではあるだろう。しかし原油は国際商品であり、金さえ
出せば誰でも買える。むしろアメリカにとって問題なのは、イランの異質さ
であり非順応性である。常に異民族を支配していることを意識したかっての
英国の帝国主義と異なり、アメリカは自らのシステムに他の国々を同化させ
ることでグローバルな大国にのし上がってきた。アメリカにとってすべての
国はカナダやメキシコのような半ば自国の一部であるような国でなければな
らない。しかるにイランは世界で唯一そうした同化を徹底的に拒否し、それ
を国策としている国である。

 それゆえにイスラム共和国イランは、アメリカの国家的なアイデンティ
ティーを脅かす存在になる。そして原油利権という点では、イラン革命以降
アメリカはこの利権を維持するために大戦後中東でやってきた非行のツケを
払わねばならなくなった。言うまでもなく中東におけるアメリカの非行の原
点は、外国資本の石油企業を国有化しようとしたイランのモサデク民族主義
政権を米英の情報機関が倒し国王の傀儡政権を作った1953年のクーデター
である。これを皮切りにアメリカはイラクやサウジの腐敗した独裁政権の後
ろ楯になってきたのだから、イランほどアメリカの中東政策を告発する権利
を正当に要求できる国はない。そしてイランが中東で唯一、イスラエルを叩
き潰す意志と実力をもっている国であることも、イラン封じ込めというアメ
リカの中東政策の一因になっている。

 こうした視点に立つと、アメリカがイラク戦争をやった動機や理由がきわ
めてすっきりと理解できる。イラン=イラク戦争や経済制裁で疲弊したサダ
ム.フセインのイラクや王政が揺らぐサウジはもうイランに対する防波堤に
ならない。そこでイラクをアメリカが直接占領して民主化し、新しいイラク
を中東世界全体を民主化する拠点とすることでイランの拡大する影響力を封
じ込める。”民主化”されたイラクは、イスラエルにとっての安全保障にも
なる。そしてアラブの民衆に、アメリカが解放軍を送り込んで過去の非行を
償っていると思い込ませねばならない。これは、アメリカが戦後日本を繁栄
する資本主義のショーウィンドウに仕立て上げ東アジアにおける反共の防波
堤にしようとしたことによく似ている。

 これに関連して興味深いのは、オサマ.ビンラーディンの国際イスラム戦
線も、反米というよりむしろイランを意識した運動を見ることができること
だ。ナチズムはソ連のボルシェビズムを意識し、それに対抗した右翼のボル
シェビズムだったと言える。それと同じようにビンラディンの運動は、イラ
ンの台頭に危機感を抱き王政を見限ったサウジ保守派の対抗戦略と見てもよ
さそうだ。ワハビ派イスラム原理主義、中世イスラム世界復活の夢、パレス
チナ問題に必ず言及することなどビンラディンの言辞は、イラン聖職者政権
との張り合うためのものとしか考えられない。ビンラディン一派の競争相手
はイランなのだから、9.11のテロはイランを出し抜いてアラブの民衆に
一派の力を誇示するための行為だった訳で、これが犯人たちがテロに際しな
ぜか特にアメリカを非難する声明を出さなかった理由なのである。

 だがイラク戦争の結果はどうなったか。民主化計画は水泡に帰し、アメリ
カ軍の実態を知ったアラブの民衆は、イランに言われなくてもアメリカを反
イスラム新十字軍を意図している悪逆非道なグレート.サタンとみなすよう
になった。そして紆余曲折はあっても最終的には、選挙によって人口の多数
を占めるシーア派の政権がイラクに誕生することは間違いない。これで中東
におけるイランの影響力はレバノンからイラクに拡大し、やはりシーア派の
多い湾岸諸国もイランの隠然たる影響力の下に置かれることになろう。サウ
ジの王政はもはや余命幾許もなく、かねてから「サウジ王家にメッカを管理
する資格はない」としてきたイランのこの国に対する影響力も王政の混乱と
共に深まるだろう。イランからイラク、湾岸諸国を経てサウジに至る世界の
原油の大半を埋蔵する地域で、イランが事実上地域の盟主となる途が開かれ
つつある。何のことはない。アメリカはイランを封じ込めようとして、頼ま
れもしないのにイランの影響力を飛躍的に拡大してやったことになる。そし
てこのドタバタ劇には、以前からイランに対しては宥和的だったヨーロッパ
と強引なアメリカの亀裂が決定的になるというおまけまで付いた。アメリカ
は何をやっても裏目に出て、イランは何もしなくても順風満帆。歴史におけ
る国々の栄枯盛衰のドラマとは、こうしたものなのだろう。  

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