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2004年8月  
近代世界の母ー戦争

 1989年の天安門事件やベルリンの壁崩壊から東欧革命、ソ連
消滅をへて目下のイラク戦争まで、我々は目が回るような時代の変
動に振り回されている。我々がどんな時代に生きているのか確信を
もって答えられる人間はどこにもいない。しかし現実を全体として
見通すことは不可能でも、部分的には押さえておくべき事実はいろ
いろある。その一つは、ここ二十年ほどの間に消滅したり体制が激
変した国家は、殆どみな戦争の産物として生じた国家だったという
ことである。東欧や旧ユーゴは第二次世界大戦の産物だった。ボル
シェビキが階級闘争について何を言おうとソ連は第一次大戦の産物
であり、スターリンがソ連を帝国主義に包囲された一国社会主義と
して定義したことはロシア革命が地政学的な出来事であったことを
確認するものだった。そしてアジアに目を向ければ、毛沢東が明言
したように新中国は日中戦争の産物であり、北朝鮮は韓国と共にや
はり大戦が生んだ国である。

 このように戦争が契機となって国家が誕生するということは、歴
史的に先例のない現象である。歴史を振り返れば国家を形成する要
因になったのは宗教と商業網であり、戦争の役割は二次的なものだ
った。もちろんローマはポエニ戦争をやり中国には春秋戦国時代が
あったかもしれないが、いずれも地中海世界や中国大陸における広
範な商業網の発達があってこその戦争であり、戦争から国家が生ま
れた訳ではない。この点では、ムハンマドのイスラム世界は商業帝
国ローマの後継者だった。そして中世ヨーロッパ世界を誕生させた
のは言うまでもなくキリスト教である。

 国家の形成に戦争が決定的な役割を演じる歴史的な転換点は、十
六、七世紀のヨーロッパの宗教戦争である。欧米の歴史家は概して
宗教改革の意義を力説し、個人の内面を重視する精神革命が近代世
界の出発点になったと説く。だがこれは現実をかなり美化した議論
であって、実際に近代世界を生み出したのは宗教戦争に他ならない
。この戦争を契機に、勢力均衡を原則とする主要国の併立体制がヨ
ーロッパに成立し、それが二十世紀の二つの大戦にまで繋がる。ピ
ューリタンの移住と国王から特許を受けた英国の商事会社による新
世界の開発からアメリカが生まれる。そして宗教戦争の決着の仕方
の違いが、英国、フランス、ドイツ三国の以後の国家的発展の方向
を決定する。それだけではない。ヨーロッパの海外発展も宗教戦争
の副産物である。大西洋の海上でのプロテスタントの英国とカトリ
ックのスペインの宗派的な争いが、その後のヨーロッパ人による植
民地拡大の端緒になった。

 宗教戦争の結果、キリスト教会はその政治的影響力を失い、国家
は教会から自立すると共に商業をその統制下に置いた。重商主義の
時代に商業は国家の戦略的な資産となった。マンパワーと資源をフ
ルに効率よく動員して戦争に勝つことが国家の至上目的にして存在
理由になり、この観点から国家の合理化が進行した。この所謂国家
理性の時代に近代的な官僚制と常備軍が整備され、兵器と軍服の規
格化された生産も始まった。この時代の転換が大砲や要塞構築術に
見られる当時の技術革新にどの程度関係があったのかは今後検討さ
るべき問題だろう。十七世紀はまた自然権論や社会契約説が伝統的
身分制秩序を思想的に攻撃した時代でもあったが、実際には強力な
国家を建設するための有能なマンパワーの必要が身分制を揺るがし
ていたと見るべきだろう。 こうして国家理性の名の下に、国家の
ダーウィン的進化論の時代が開幕する。すなわち国家の優劣は戦争
に勝って生き残る能力によって証明されるのである。そして国家の
経済的発展もこの進化の過程に左右されることになる。英国とフラ
ンスの産業革命を本格的な軌道に乗せたのはナポレオン戦争だった
。他方でアメリカでは、独立と共に先住民から土地を略取するため
の”低強度戦争”が開始され、それはメキシコやカリブ海に及んで
いく。そして第一次大戦への参戦をきっかけにアメリカはビッグビ
ジネスの国になった。こうして見ると、自由主義者の「市場」とか
マルクス主義者の「生産力」は現実から乖離したたわ言にすぎない
。そして完璧に戦争の論理で組織されたナチドイツは、ヒトラーの
狂気の所産というより近代史の本流に棹さしていた国家だったこと
になる。

 おそらくイラク戦争は、この国家進化論のエピローグだろう。自
由企業や議会制民主主義についてアメリカが何を言おうと、とどの
つまりはアメリカの国家体制の優越性を証明するものは戦勝だから
である。そしてアメリカが占領したイラクで目下進退極まっている
ことは、国家が戦争によって進化する時代が終ったことを暗示して
いる。いや、より正確に言えば、冷戦の終結によってそうした時代
には既に幕が降りたのである。冷戦は、米ソが見かけの上ではイデ
オロギーで対立しながら、戦争による国家の進化という原理を共に
忠実に信奉し、それを世界史的普遍的必然性とすることによって可
能になっていた。ゆえにソ連の崩壊で冷戦というゲームが打ち切ら
れたことは、事実上この原理の終焉を意味するものだった。

 しかしながら世界を見渡せば、冷戦にとって代わったのは平和で
はなく混乱と無秩序である。宗教戦争は「普遍的な正しい秩序」と
いう伝統的な信条を根本から揺るがしてしまった。そして過去四世
紀間、人類はこの信条を根こそぎ破壊することに努めてきたと言っ
ていい。我々は当分、この破壊の代価を払いつづけねばならないこ
とだろう。

著書執筆のため来月よりしばらくこの毎月のコラムは休みま
す。御了承下さい。 

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