C/F計算書の落とし穴 多分最終話 支出額の区分基準の同一性仮定 (2003/11/25)

もうC/F関係ページの更新をすることもないのかなと思っていたが、職場の人間と話をしていて、前から気になっている問題があることを思いだした。
正確に言えば落とし穴って話ではないのだが、理論レベルで本当にいいんかいなと思っている話である。
(ただし、多くの人にとっては「どうもいい話」である。すんません。)


たとえば、ある工事に100万円かかったとしよう。会計の方の判定で、70万円が固定資産、30万円が修繕費となったとしよう。
この時、何も考えなければ、C/F計算書では、70万円が投資C/Fのマイナスで、30万円が営業C/Fのマイナスにカウントされることになるだろう。

だが、ちょっと待ってほしい。
この区分はあくまでも会計の「利益計算」ルールである。
C/F計算上の「収支計算」ルールとして、「利益計算」ルールの分類をそのまま持ち込んでよいのだろうか?

以前も書いたように、営業C/Fセクションは現在のところ割合広い「その他」的概念なので、こだわらなければ関係ないが、本当は工事支出総額を投資C/Fとすべきという考えも理論的にはありうるのではないかと思われる。
とはいえ、制度会計ではそのような調整を見たことがないので多分みんなやってないと思う(だって面倒だもんねぇ)。

(何度も書くが)以前書いたように、染谷先生や鎌田先生が主張するような本当の意味でのキャッシュフロー会計が行われて、各仕訳生成レベルでC/F情報が抽出されるようになれば、このような議論も意味があるが、現時点では面倒くさすぎて、実務家としては構っていられないってのが本音だろう。
(期中でデータを拾っているならともかく「後からじゃそんなのできるわけないだろボケ!」って言われるだろう(^^;)

しかし、本当にこのようなC/F計算書が、当該企業のキャッシュフローの状況を適切に表示していると言えるかどうかはまた議論の必要なところではないかと思うのである。

そこでは改めてC/F計算書の存在意義、そして後ろ側の損益計算書の存在意義が問われていると言えるのではないだろうか。

余談)
利益計算とC/F計算との関係をどうとらえるべきかについては、以前私は”双頭の蛇”であると言ったが実は本心ではC/F計算書は「ピノコ」だと思っている。簡単に文章で説明するのは私の能力では難しいので是非読んだことのない人は手塚治虫先生の「ブラックジャック」を読んで下さいませ(最近「・・・によろしく」の方が有名だけど)。
そうすれば、私が「不即不離」って言っている真意がわかってもらえるんじゃないかと淡い期待を抱いています(^^;。


今回のネタって、多分、多くの人にとってはまさに「どうでもいい話」なんだけど、頭の片隅においておくと、資料の整合性に悩んだ時に何かの糸口になるかもしれないと思い書いてみた。
どうも失礼しました。

補足)
このような議論をすると直接法には独自の意義があることが強調されるが、反面、時折学者の方が書かれるような、直接法なんて簡単なんだという話からは遠ざかることになる。ま、いいんだけど。
(2003/11/25記:Yasuhiro-Hamada)