場とその参加者のダイナミズム

「場」の概念は、心理学の分野においてはレヴィンによって「場理論」というかたちで提唱されており(注1) 、量子力学においても「場」は理論的に重要な概念である 。全体の要素あるいは個としての参加者の行動は、全体としての「場」に影響を与えると同時に「場」から影響を受ける。したがって「個から全体へ」あるいは「全体から個へ」といった単一方向的な因果関係を想定しない。また参加者の「意思」そのものも、行動と同様に「場」に影響を与えると同時に「場」から影響を受けるものであるとする。このような参加者は、複雑系では「エージェント」という言葉で表現される 。ここでは、企業あるいは個人が参加する産業全体を「場」としてとらえ、参加者からの視座による記述と「場」とは独立した外部の視座から眺めた記述を併用する。

まず「場」の外部の視座から眺めた場合、日常の経営活動においては「場」における参加者が、彼ら独自の環境の認知および意思決定によってなされていると想定する。これは、各参加者は状況を異なる方法で理解しており、異なる意思決定プロセスを経て、行動という形で場に働きかけることを意味する。この結果、ある条件の下では、彼らの行動が相互作用を起こし、全体としてはこれまでとは違った新しい性質を持つ現象としての「創発的構造 」を生み出すことがある。これは各参加者の視座から見ると、彼らがあらかじめ意図して起こそうとしたものとは違う結果となっているはずである。

仮に「場」の一部が比較的安定的な成熟した産業や、手続き的な文化の支配する組織だったとする。しかし、エージェントとしての参加者が、それぞれ自分自身の意思決定に基づく行動を日々繰り返す場合、まったく同じ行動を繰り返すのではなく、少しづつ違う行動が現れる場合もある。このような現象をカオス理論の立場から眺めると、少しの誤差であっても、全体の振る舞いとしては大きく異なる結果がでる場合が想定される(注2)。このような日常の行動は、ある時、はっきりと以前とは違う現象を生じさせることがある。そして環境は安定から不安定な状態へと移行していく。この状態では、「場」の外部あるいは「場」の参加者から見て、乱気流が知覚される。その乱気流を「チャンス」としてうまくとらえて、一気に市場を制覇するような企業が出てきたり、これまで日陰の立場にいた参加者が主役に躍り出るといった現象が観察される場合があろう。「場」が不安定な状態にある場合、安定時には見られない現象が出現する。その一つは、非線型システムのポジティブ・フィードバックによる収穫逓増の現象 である。これは、参加者の視座から見ると、流れに勢いがつくため、安定状態における均衡理論のような収穫逓減の法則が働かず、自分の資源を投入すればするほど大きなリターンが得られるといった経験が可能となる。

個々の参加者の相互作用によって「場」全体としてこれまでにはなかった新しい現象が出現するのは、複雑系の研究では、「カオスの縁」あるいは「自己組織化臨界」といった、いわゆる定常的状態から不安定な状態に移行する際に現れる特徴である(注3)。これは、参加者の行動が安定しているのではなく、以前とは違う行動をとる頻度が高まる場合に生じる可能性が高くなる。この状況を「場が進化」すると表現することにする。「場」の参加者の視座からは、自分の意図した方向か、意図せざる方向かは特定できないが、環境が新しいものに進化していく一連の流れを経験することができる。

このような「場」における様々な状態を、場の参加者の視座から見れば、場全体をある状態から違う状態へと導く大きな流れや、場の局所的な部分において、ある状態から別の状態へと導く小さな流れなど、さまざまな流れが認識される。そしてこの流れの様子は参加者の認識の仕方によって異なることが想定される。例えば、流れの速さなどは、時間の相対性を前提とすると(注4)、参加者によって違った認識がなされるであろう。これは外部の視座から見ても客観的に特定できる流れとは言えない。

さらに自由意思を持つと仮定した「場」に含まれる参加者が、この流れを自分に有利に利用しようとした場合、それは必ずしも彼の思うとおりにいかないことは自明である。それは先に述べたように、全体の要素あるいは個としての参加者の行動は、全体としての「場」に影響を与えると同時に「場」から影響を受けるためである。したがって、ここで想定している「場」においては、個から全体へという一方的な因果関係を想定していないため、決定論的に流れをコントロールできる式が成り立たない。したがって彼が「場」の流れを有利に導くための絶対的な解は存在しないと言える。

しかしながら彼は全体の「場」の流れに全く無力であるわけではない。なぜなら彼の行動と場からの影響は相互的な因果関係で成り立っているため、何もしないことが流れに完全に支配されることを意味するのに対し、自分が流れに与える影響、その反作用として流れから与えられる影響などを随時考えながら行動することによって、流れを自分に有利に用いることができる可能性を高めるということができると思われるからである。

例えば、参加者の視座から見て、流れが自分に有利な方向に進んでいると認識した場合、何もしないことによって流れに身を任せるという行動をすることは、一つの合理的な行動であるといえる。また、有利な流れを大きくすることを意図した何らかの行動をとることも合理的な行動である。ただし「場」の性質から、両行動とも必ずしも参加者の意図した結果になるとは限らず、起こした行動が逆効果になる可能性もある。しかし常に流れを意識した試行錯誤的な行動によって、逆効果になった場合の不利益を最小限に食い止めながら活動することは可能であると思われる。一方、流れに対して無関心である参加者、あるいは流れとは独立した行動をとる参加者を想定した場合は、そういった合理的な行動をとらないため、流れを自分の不利益なものに変えてしまったり、さらにその好ましくない流れを助長させてしまう行動を堂々ととるといった可能性がある。

「場」の参加者としてある企業を想定し、その企業が自社の経営資源を用いた経営活動を行うことによって好調な業績を続けているとする。この企業は別の参加者の視座から見ると「時流に乗っている企業」であると認識される。この現象に関して当該企業自身の視座から自己省察を行うと、当該企業は自らの意思で経営戦略を立案し、戦略を実行する、すなわち自社の経営資源を効果的に用いることによって高業績を達成することができたと原因帰属を行う可能性が高い。しかし「場」の外部からの視座でこの現象を眺めてみると、当該企業が自分の意志で経営資源を操っているというよりは、力学的にまわりを惹き付ける中心が「場」のある地点に出現し、それが価値の高い資源を吸い込む流れを形成しているように認識することが可能である。これはシステム理論におけるベクトル場を想定した場合、シンクという集団力学的にまわりを巻き込むような状態にある(注5)。

逆に、悪業績が続き、施策がすべて裏目に出て、悪循環に陥っていると認識している企業があるとする。悪循環の状態は当該企業の視座から見た認識であるが、これを「場」の外部の視座から眺めると、重要な資源が外に流れでるような場が当該企業の位置に出現していると観察できる場合がある。これらの力学的な中心は、カオス理論ではアトラクタと呼ばれている(注6) 。重要なのは、これらの現象がある特定の参加者の意図(ここでは当該企業の意図)によってもたらされたものではなく、複雑系の研究対象の一つである自己組織化現象 として起こったということである(注7)。

ここでは、経営の諸活動の行われる「場」を、常に変化する複雑なものとして捉えた。このような記述では、「場全体」とその構成要素としての参加者、あるいはエージェントという概念を用いて行ってきたが、経済的な世界全体に対しては、個々の産業はエージェントとして捉えることが可能であり、また個々の産業を「場全体」として捉えるならば、各々の企業はエージェントとして捉えることが可能である。さらに個々の企業を一つの場とすれば、それを構成する個人はエージェントであると捉えることができる。このように考えるならば、これまでの記述は、何を全体とし、何を参加者あるいはエージェントとするかという規定をしない連続的な視点において適用することができると言えよう。

注1:レヴィンは、心理学的な効果をもつ相互依存的諸事実の全体として「生活空間」を提唱し、行動をこのような場の関数として説明した。「哲学事典」、平凡社、1971年

注2:「カオスの初期値敏感性」によると、非線形のシステムでは、初期値の微妙な違いによって、その後ある時間を経た後での振る舞いが全く異なってしまうということが分かっている。ニーナ・ホール(編)、宮崎忠(訳)、「カオスの素顔」、講談社ブルーバックス、1994年

注3:「 多くの要素が複雑に相互作用している大規模な系では、外部から制御しなくても自ら臨界状態と言われる状態に向かって移行する。この臨界状態では、あらゆるサイズの時間的、空間的な変化が生み出され、大部分の小さな変化の中にまれに大きな変化が引き起こされる」というもの。科学シミュレーション研究会、「パソコンで見る複雑系・カオス・量子」、講談社、1997年、p193-p224

注4:アインシュタインの特殊相対論においては、ニュートン的な絶対時間は否定され、各々の観測者は自分自身に固有の時間でもって、生起する様々な現象の時刻をはかるとされる。松田卓也・二間瀬敏史、「時間の本質をさぐる」、講談社、1990年

注5:千野直仁、「集団のシステム解析」、三隅二不二・木下冨雄(編)、「現代社会心理学の発展II」、ナカニシヤ出版、1991年、p385-p413

注6:ニーナ・ホール(編)、宮崎忠(訳)、「カオスの素顔」、講談社ブルーバックス、1994年、によると、アトラクタ(吸引子)とは、カオス系の位相空間において、他の領域のものも引き付ける力学的意味合いを持つ領域のことを差す。

注7: 例えば、コンピュータシミュレーションにおいて、(1)環境内の他の物体(仲間を含む)との距離を最小限に保とうとする。(2)近隣の仲間達と速度を合わせようとする。(3)近隣の仲間達の質量中心を知覚し、そこへ向かって移動しようとする、といった局所的な3つの規則を与えた個体の集団は、全体として「群を作れ」といっていないのにも関わらず、常に群を作って行動する様子が観察される。