新しい人事マネジメントのための「場の理論」

jinjisoshiki

場の理論とは

場の理論とは、ある対象を「物体」というよりはむしろ「場所」として捉えることを前提とする理論である。例えば経営において、企業を独立した主体とみるのではなく、ヒト、モノ、カネ、情報、といった様々な構成要素が行き交う場所であるととらえる。これはひとつの例であって、常に企業を場所として見ろといっているのではなく、業界をひとつの対象と見た場合は業界自体が場所であって企業はその場所の中を運動する構成要素であると捉える場合もある。

抽象的に表現すると「個は全体を反映する構成要素であると同時にそれ自体全体である。個は全体に働きかけると同時に全体からも働きかけられる。個のアクションは全体に影響を与えるが、全体からの反作用の影響もあって、それがどうなるかによって全体のあり方が変わるため、全体の予測は困難である」という考えに基づいている。

上の抽象的な命題を言い換えると次のようになる。経済的世界全体をひとつの場所であると大きく捉えると、個々の業界は経済的世界という場を構成する個々の要素となる。またひとつの業界全体を場所としてとらえると、個々の企業は業界という場を構成する要素となる。さらに企業を一つの場所と考えると、個々の社員は企業という場を構成する要素となる。このようにこの世の中全体から、物質を構成する粒子にいたるまで、全てを連続的にみるための理論である。このような場の理論を用いるには根拠がある。

活動単位の捉え方

これまでは経営戦略というと、暗黙的に企業が1つの単位になっていた。さらに企業は経営組織として捉えられ、1つのアイデンティティと自由意思を持つ単位であると仮定される。しかし、このような組織の概念は古くなりつつあり、ヒトという視点で見ても主役は経営組織から個人個人へと移行しつつある。むしろ企業は株主、債権者、経営者、従業員、サプライヤー、顧客といった個々の主役たる利害関係者が相互作用を行う場所であると考えた方がよい。

本来企業や、企業の活動するベースとなる資本主義は、人々を幸福にする目的で発生し、発展してきたものであろう。しかしながら、経営戦略という概念は、企業そのものの存続および発展のために他社との関係でどのような行動をとるべきか、という企業自己中心的なものとなり、本来主役であるべき人々の影が薄れつつあるように感じる。真の目的は、社員や環境を無視しても、資本や企業が栄え、増殖するためにあるのではなく、企業活動が社会に対して付加価値を貢献することであって、社会全体の付加価値の向上が望ましいはずである。

最近になって環境管理やアライアンスや共生というスローガンが発せられるようになってきたことは、このことに気付き始めた結果であって、再び主役をわれわれ個人個人に向けようとする動きであろう。また、組織を構成する従業員の流動性も高まってきており、組織の壁を超えて自由に行き来できるようになってきた。また経営機能のアウトソーシングはこのような「組織破壊」を加速させている。実際の企業ではなくても企業であるかのような状態である「バーチャル・コーポレーション」といった概念も今後はあたりまえのものとなろう。こうした状況下に置いては、場の理論を用いるのが適切である。

組織の捉え方

これまでの経営戦略は次のように捉えるのが常識的であった。「企業は外部環境と自社の経営資源の状態を把握し、他社との比較において優位性を発揮しつつ、環境に適応できるように自社の方向性を定め、資源を展開する」。

これは戦略という概念の発祥である軍隊の組織をイメージしている。つまり企業組織は戦略を練る機能、戦略を実行する機能というように機能分化しているわけである。しかし場の理論を用いた新しい説明の試みは次のようである。「勢いのある場所、パワーのある人のところに優秀な人材やお金や貴重な情報が集まってくる。そしてそのようなパワーを持つ場所や人は環境の変化に応じて変わる。言えることはいつも価値のある資源が集まってくる場所が存在し、そこは繁盛しているということである」

このような考え方を借りて成功した企業を見ると少し違った解釈になることがわかる。なぜ成功したのかは、企業が環境の機会と脅威を把握し、自社のコア・コンピタンスや強み弱みを把握し、コア・コンピタンスを最大限に生かすような形で資源配分を行ったからではなく、時流に乗ったパワーの中心がその企業に存在したために、競争力のある価値の高い資源がその中心である企業に集まり、価値の低い資源がその企業から排出されるといった流れが形成されたのである。何を原因とするかの問題である。

人材と組織

将来は、人材が複数の企業に属することが可能になるだろう。そうすれば企業にとってその人材はもはや企業固有の経営資源ではない。例えば私は一週間にA社のために2日、B社のために3日働き、あとの2日は自分の趣味に当てるとする。なんらかの環境変化でA社の業績は悪化し、報酬も下がる見通しとなった。対照的にB社の業績は向上し、報酬は上昇基調となった。そうしたら私はA社の仕事を週1日に減らす代わりにB社の仕事を週4日ベースに増やしてB社に対する付加価値貢献度を高め、それに応じた成果報酬を受け取るようにするだろう。投資家であるYさんはA社の株とB社の株を持っているが、B社の業績が悪化し、株式時価下落の恐れを感じ、A社株を放棄しB社株を買い増すだろう。こうして見ると、もはや企業は自らの資源をコントロールする能動的主体でなく、個々人が自分の能力を発揮して経済的利益を最大化できる場所を選択するようになるのである。