「ビジネスライク」は万国共通か

ビジネスライクという言葉がよく使われる。意味合いとしては、取引きなどのある事象に焦点を絞るため、対人的には、よそよそしいとか、そっけないとか、感情を挟まないというようなことが含まれている。「ビジネスのように」という言葉が示すように、暗黙的にビジネスというのは、そういった感情をはさまない、ドライな関係であるという前提もこの言葉には含まれている。よって、私生活でビジネスライクというならば、人付き合いをあまり考慮しない冷たいやり取りとか態度というややネガティブなイメージを持つ。一方、ビジネスの場面においてはそれが当たり前というかスタンダードであると考えられており、ビジネスライクといってもそのこと自体はネガティブな意味は持たない。しかし、前回の「感情のマネジメント」でも述べたように、ビジネスの場面では感情的なやりとりは禁物だとか、人と人とのつながりや交流をあまりにドライに考えるのはそれほど得策ではないと思われる。

ところで、このビジネスライクというのは万国共通なのか。つまり、ビジネスの場面では対人関係はドライに割切り、ビジネスそのものに集中するというのは、どの国にもあてはまる考え方なのだろうか。実は、このような考え方は世界的に見るならばかなり特殊なもののようである。とりわけ、北米に特有な考え方なのだという指摘がある。その根拠となるのは、北米では多数派をしめるプロテスタントの考え方に基づいていると思われるからである。このような見方を、ミシガン大学のサンテェスバークスは実験的研究を織り交ぜながら実証的に説明している。

よく知られているとおり、プロテスタンティズムの倫理においては、商売というのは宗教的に見て卑しいものとは見られず、むしろ望ましいものであるという見方が強調され、それが資本主義の発展に寄与しているといわれている。プロテスタンティズムにおいて教えられる職業というのは、一人一人が自律的に職業に従事することが、社会を豊かにし、人々の幸福をもたらすという考え方になっており、そこでは、自律的に職業に従事することが正しい行いであると考えられ、人々との馴れ合いとか社会的交流というのを仕事中に行なうのは卑しいこととされる。このようなプロテスタンティズムの考え方が浸透している北米などでは、ビジネスにおいては人々との社会的なつながりとか、感情的なやりとり、べたべたした人間関係をあまり重視せず、淡々とビジネスのやり取りを行なうことが美徳とされる文化が形成されてきたのだと考えることができるのである。

サンチェスバークスの実験研究によれば、プロテスタント信者とカトリック信者を比較したところ、ビジネス以外の状況設定では、対人的・社会的な情報についての感受性に両者の違いが見られなかったが、ビジネス場面の状況設定化では、プロテスタントはカトリック教徒に比べ、対人的・社会的情報への感受性をあまり示さないことがわかった。これは、ビジネスの場面とそうでない私生活の場面では社会的な行動という側面で異なる性質を持つのはプロテスタントに特徴的であることが示唆される。つまり、ビジネスの場面でいわゆるビジネスライクに振る舞うというのは、プロテスタンティズムの影響が強く表れていることが実験研究で示されたことになる。

よって、ビジネスの場面では「ビジネスライク」に振る舞うのが美徳だというのは、万国共通ではなく、プロテスタントが多数派をしめる国家に特有のことだということがわかった。また、ビジネスの場面でビジネスライクに振る舞うことが本当に効果的なのかどうかについても、唯一正しい見方があるわけではないということもわかる。もちろん、ビジネスライクに物事を進めることの効用はいろいろ考えられる。例えば、議論をするときなどでも、あるアイデアを痛烈に批判することができる。物事の良し悪しに皆集中しているから、同僚のアイデアを批判したとしても、それが私生活における彼との人間関係を悪化させるというわけではない。一方、ビジネスライクを美徳としない文化では、そのようなことをするならば、仲間の面子を潰すことになったり、私生活の人間関係にひびが入ることが予想されるため、アイデアを頭ごなしに批判することは難しい。しかし、ビジネスライクを美徳としない文化、すなわちビジネスの場面でもいわゆるべたべたな人間関係、ウェットなやりとりというのは重要な役割を果たすことは、わが国でも実感できることではないだろうか。たとえビジネスの場面であっても、ビジネスそのものに注目するよりも、人間関係の円滑化に時には注力することが、よい結果を残すであろうことは容易に想像がつく。ラテン系やアジア系の文化では、ビジネスであっても、ビジネスライクな振る舞いを美徳とするような伝統はあまりない。ラテン系では、ビジネスでも感情的な対人関係を維持しようとするし、アジア系では、ビジネス場面でもまるで家族のような人間関係や階層的なつながりを重視する。

要するに、ある特定の事象(ここではビジネスライクという言葉の前提となっている考え方)が、じつはユニバーサルな、あるいはグローバルスタンダードな考え方なのではなくて、特定の文化や宗教を反映したものであることが多いということを知っておくことは、今後、特に国際ビジネスや異文化間のやり取りを通じて異なる文化を背景とする人々と仕事をすることが多くなる人々にとって多くの教訓を含んでいるといえよう。

参考文献

Sanchez-Burks, J. (2002). Protestant relational ideology and (in)attention to relational cues in wors settings. Journal of Personality and Social Psychology, 83, 919-929.