複雑系研究発端の背景

 

社会科学とニュートン力学的パラダイム

従来の科学パラダイムでは、客観的なデータの存在とその測定が可能であるということが前提となっている。これは、現象から、仮説としての理論の検証に必要なデータのセットを完全に切り離した形で取り出すという操作を意味している。しかしながら、量子力学の世界においては、観測者側の行動から独立した、客観的なデータの存在を認めていない (注1)。

従来の科学パラダイムは決定論の立場をとっており、再現可能な検証の方法を主張している。しかし、後に説明するカオス理論における「初期値に対する敏感性」の事実 は、社会科学における再現可能な検証方法の限界を示している。つまり、カオスの性質を持つようなものを研究対象とする場合、実験等の実施におけるわずかな誤差が、結果に大きな違いを生じさせてしまう可能性を取り除けない。

従来の科学パラダイムは、全体は要素の集合からなるという要素還元主義の立場をとっている。しかしポアンカレの提示した「三体問題」から複雑系に関する研究の大きな流れに代表されるように「全体は要素の集合によって説明できるものではない」とする学問的態度が多く出現している。

「複雑系」に関する研究

1990年代初頭から、さまざまな学問の領域において「複雑系」に関する研究の流れが起こってきている。複雑系に関する学問は「複雑なものを、複雑なまま受け入れることによって研究しようとする態度」であるといえる。

複雑性あるいは複雑系(complexity)とは「無数の構成要素から成るひとまとまりの集団で、各要素が他の要素とたえず相互作用を行っている結果、全体として見れば部分の動きの総和以上の何らかの独自のふるまいを示すもの」(注2)である 。ポール・クルーグマン(1997) は、複雑系の特徴として「複雑なフィードバック・システムが驚くべき振る舞いをする」「予定外の状況が生まれることを前提とする創発という現象」「ほとんどランダムな状態から、やがて大規模なパターンを形成する自己組織化システム」を挙げている(注3)。

複雑性そのものを対象とする複雑性科学は、保守科学が内容していた二極構造、すなわち単純な系の科学(古典力学の決定論)とランダムな系の科学(統計力学の確率論)の矛盾を止揚 (注4)する図式として、カオス理論および非平衡系科学の自己組織化論の展開上に現われてきたと言える(注5) 。以下に複雑系に関する研究の大きな流れを概観する (注6)。

従来、複雑な自然を前にして正統的な科学がとってきた中心的手法は、対象を構成要素に分解し、その要素の性質によって対象の振る舞いを論じようという「分析的手法」であった。これは、研究の対象がひどく複雑に見えたとしても、それは単にそれを構成している要素があまりにも多いからであって、対象そのものが本質的に複雑なわけではないという信念に基づいている。そういった態度に対し、1960年代から70年代にかけては、対象を構成要素に分解するたびに本質が失われる」「全体は要素の総和よりも大きい」というような「要素還元主義批判」が現れ、1つの流れを形成していった。

このような流れとは一線を画したものとして、1970年代にはルネ・トムらによって、主に突然起こる変化についての研究であるカタストロフ理論が提唱された (注7)。また60年代はじめには気象学者ローレンツによって偶然発見された事実をもとに初期値敏感性を持つシステムへの注目が高まり、これらは1970年代中頃において、カオス理論、フラクタル理論などの発達につながっていった。また、ベルギーの物理、化学者、イリア・ブリゴジンは、散逸構造理論を発表し、自己組織化現象に関心をもつ科学者の注目を浴び、1980年代はじめから、自己組織化に関する研究が盛んになっていった。

そして1984年に、さまざまな分野からの研究者が集まり、複雑性という統一したキーワードに関する研究の大きな流れをつくる原動力となる研究所がアメリカで設立された。それが「サンタフェ研究所」である。サンタフェ研究所は、小さな歴史的偶然が強化、拡大されて大きな差を生み、あるいは単純なダイナミズムが驚くほど複雑なパターンを生み出すようなポジティブ・フィードバックが支配するシステムや、無数の可能性の中から歴史的偶然によって一つの現象が選択されるような「経路依存性」をもったシステム、単純な規則に支配されていながら、耐えざる変化を遂げていく自己組織化システムなどに目を向けた。このような複雑系の研究に関する流れは、数学、化学、生物学、経済学など他分野にわたる学問に波及し、現在も大きな流れを展開している。

 

(注1)「哲学事典」、平凡社、1971年、の「量子力学」の項で、自然現象に関するわれわれの認識はすべて観測行為を通じて可能となるが、対象がミクロ系である場合には、観測行為そのものが引き起こす対象の撹乱は無視しえず、その様子は量子力学の記述の外に属する、とある。

(注2)吉永良正、「『複雑系』とは何か」、講談社現代新書、1996年、による定義(p15)

(注3)ポール・クルーグマン(著)、北村行伸・妹尾美起(訳)、「自己組織化の経済学」、東洋経済新報社、1997年、を参照。

(注4)前掲書「哲学事典」に、「分裂した諸要素がたがいに対立し闘争し、内的に浸透しあい、その過程をとおして統一され、高度に発展した事態が成立するとき、諸要素が統一の中に止揚されたという」という説明がある。

(注5)前掲書「「複雑系」とは何か」、p47-p48、を参照。

(注6)ダイヤモンド社、「複雑系の経済学入門」、週間ダイヤモンド1997年4月19日号、P63-P76、ダイヤモンド社、「複雑系の衝撃」、週間ダイヤモンド、1996年11月2日号、P23-P83、の記事、および、ミッチェル・ワールドロップ(著)、田中三彦・遠山俊征(訳)「複雑系」、新潮社、1996年、を参照。

(注7)カタストロフ理論については、R.トム・E. C.ジーマン・宇敷重広・佐和隆光、「形態と構造」、みすず書房、1977年、に詳しい。