賃金戦略基本方針策定の手引き

戦略的人材グループの把握

賃金戦略を策定するためには、異なる戦略的人材グループを把握しておく必要がある。そしてそれぞれのグループに適した賃金戦略を考えるべきである。役員報酬の対象となるレベルは、企業業績を大きく左右する人材グループであり、特に重要である。また、ミドルの管理職レベルも、企業戦略を遂行していく人材グループとして、戦略的な賃金マネジメントを効果的に行っていかなければならない。その他のカテゴリ、たとえば職種別(プロフェッショナル、技術者、科学者、セールス、生産、管理)などの分類も戦略的賃金マネジメントのために考慮されるべきである。

賃金決定の戦略的意思決定次元

戦略的に賃金をマネジメントするためには、次の次元に関する意思決定が必要となる。

@ 賃金の競争力(他社との関係における自社の相対的地位)

A 賃金水準の内部構造(賃金の内部格差)

B 賃金ミックス(異なる賃金形態の数、度合い、ウエイト)

C 昇給方針(短期的、長期的)

D 人事戦略との整合性(戦略に合った賃金方針)

E 賃金管理のスタイル(情報開示、従業員参加、集権分散)

賃金の競争力は、賃金の形態、リスクとリターンの関係、平均賃金などによって決まる。たとえば、賃金総額が同じであっても、賃金総額に占める、変動部分の割合(業績給など)の大きさが違うと、競争力は異なる。賃金水準の内部構造は、企業内における賃金格差である。これをどのようにデザインするかは重要な問題である。グレードを細かく分類するべきか、格差の傾きを大きくするべきか、なだらかにするべきか、などが問題となる。賃金ミックスは、異なる形態の賃金をどのようにミックスさせるかであり、組み合わせる形態の数、割合、相対的重要度などである。たとえばベース給とボーナスの組み合わせとその比率、個人業績給、グループインセンティブ、ストックオプション等を絡ませるか、などを決めなければならない。昇給に関しては、短期的な業績に応じた昇給にするのか、長期的な成功などに基づくのか、個人を重視するのか、グループの評価を重視するのか、などの問題がある。また、人事戦略全体と賃金システムとは整合性が取れていなければならないし、賃金管理の内部システム、たとえば従業員にどこまで情報開示するか、賃金設計に従業員を参加させるか、賃金管理を中央集権的に行うか、などの決定をしなければならない。

戦略的賃金の決定要素

@ 経営戦略(全社戦略、事業戦略、機能戦略)

A 企業内部環境(組織タイプ、内部労働市場、規模、収益性、人件費)

B 外部環境(法規制の変化、労働組合、企業間競争、労働市場)

経営戦略は、全社戦略、事業戦略、機能戦略という3つのレベルによって成り立つ。全社戦略レベルでは、多角化の度合いによって、賃金が事業業績と全社業績のどちらのウエイトに影響されるかが変わってくるだろう。また、内部からの多角化と、M&Aによる多角化では、賃金戦略のかたちも変わってくるだろう。企業がライフサイクル的にスタートアップの段階であるならば、研究開発に多くの資金をつぎ込む全社戦略を重視する。賃金に関しては外部市場との比較を重視し、より高い業績主義賃金で、低い福利厚生で、インフォーマルな賃金管理を行うであろう。組織タイプも重要な要素である。狭く安定したマーケットで活動するデフェンダー組織は、コスト効率を重視し、中央集権的でフォーマルで標準化された管理を重視するのに対し、プロスペクターは大きく変化する市場でイノベーティブなアプローチを重視し、事業部別で製品を中心とした組織構造を持ち、分権的でインフォーマルかつ柔軟性を重視した管理スタイルと取る。アナライザーは両者の中間的な形である。これらの違いによって、賃金戦略は変わってくる。企業の内部労働市場も重要なポイントである。比較的オープンな公開募集型のスタイルなのか、クローズドなのか、プロフェッショナル・専門家型なのか、管理職レベルなのか、一般レベルなのか、などによって、賃金戦略が異なってこよう。また、法規制、労働組合、労働市場などの外部環境も賃金戦略のあり方に直接的な影響を与える要因として注視しなければならない。

まとめ

どんな企業にも使える、最も優れた賃金戦略というものはない。同じ賃金戦略でも、用いる企業の内部環境、外部環境によって、その効果が変わってくる。最も重要なのは、企業の戦略と賃金戦略がフィットしているかどうかということである。

参考文献

Milkovich G. T., (1988). A strategic perspective on compensation management. Research in Personnel and Human Resource Management, 6, 263-288.