感情のマネジメント

人事制度の設計などでも優先されるのは論理であり理性である。ビジネス一般についても、ちまたではロジカルシンキングが流行っており、論理的・合理的に物事を考える「戦略的発想」が奨励されている。論理的に正しい考えができるように予備校に通うものもいる。

しかし「囚人のジレンマ」に代表されるような社会ジレンマでは、合理的思考がしばしば悪い結果を招くことを示唆している。社会ジレンマは一言でいえば、個人個人が合理的に考えて利益を最大化しようとするような行動が、集団前提で見ると利益を損なうような結果になる状況である。それはまわりにまわって個人本人の利益も損なうことになる。この状況では、逆に個人個人が合理的に考えると利益を損なうような行動が、集団全体でみると好ましい結果になるということでもある。

例をあげれば枚挙にいとまがないが、報酬がチーム全体に対して支払われ、メンバーに均等配分されるようなプロジェクトを考えてみればわかりやすい。個人が自分の利益を最大化するように行動するとするならば、もしそのプロジェクトで自分が多大なコストを負担しても、他の人が同じようなコストを負担せず、グループの成果が均等配分されるならば、彼らは労せずして収入を得ることができ、自分はコストに見合った成果を得られない。よって、彼の合理的な選択は、自分はコストを負担せず、つまり熱心に働かず、他人が働いた成果としてのチーム報酬を均等にもらうことが利益を最大化するというのがもっとも正しい戦略となる。いわゆるフリーライディングである。ところが、チームのメンバーが皆合理的に行動するならば、皆同じ戦略をとるので、結局誰も熱心に働かなくなる。そしてチームの業績はあがらず、報酬も低くなってしまう。つまり、本人にとって、合理的思考のうえでは最適な戦略が、そうでない場合よりも悪い結果を招くことになるのである。

逆に、自分の貢献が他のメンバーのフリーライディングによって搾取されるかもしれないのに、進んでコストを負担するという非合理な行動を全員がとったならば、結果としてはチームの業績が最大化することになり、本人の成果も最大化するのである。しかし北海道大学の山岸俊男教授の考え方を借用するならば、ある状況のもとでは、人々が合理的思考で行動する限り、このようなハッピーな結果にはならない。

つまり、論理的思考とか合理的思考には、社会ジレンマを通じて本来的に私たちを不幸にする可能性があるという構造が内包されているように思われるのだ。しかし、人間が現在まで進化したのは、この合理的思考による弊害を克服する何かがあったからであると考えられる。それが「感情」なのである。北海道大学の山岸教授は、進化心理学の視点から、こうした社会ジレンマの解決に実は人間の感情というのが大きな役割を果たしているのではないかと説く。つまり、人々は感情的に行動するとき、しばしばそれは一見すると本人に利益をもたらさない非合理な行動となる。しかし、その非合理な行動が、社会全体で見ると利益を高めることになっている状況が生じるのである。つまり、人々が合理的に行動するならば解決できない問題が、人々が感情に基づいて行動することによって解決できることがあるというのである。そして、それゆえ「感情」を発達できた人間が、個体としてはたいした優位性を持たないのに、社会集団としての強みを獲得し、自然淘汰の過程で生き残ってきたのだというわけである。

感情は人間の合理的思考・行動(=正しい選択、正しい行動)を妨げる厄介な邪魔物なのではなく、感情は合理的思考が内在する弊害を取り除く、人間の生存になくてはならないものだったのである。たしかに人類が文明を急速に発展させ、われわれが現在のような生活ができるのは、論理や理性の勝利といえるかもしれない。しかしその一方で、環境破壊を始め、核の脅威など人類の生存自体を脅かすような問題が山積しているも事実である。急速に栄えた文明の中でも、人間そのものがもっているハードウェア、すなわち生体的な本能は石器時代のものとたいして変わらないとさえ言われている。文明の急速な進化に人間の生物学的な進化は全く追いついていない。石器時代のハードウェアをもつ人間が、コンクリートや機械に囲まれて暮らし、通勤電車でストレスを溜め、高カロリーでファットな食事をとり、ジムやプールに通ってストレスや脂肪を削ぎ落とす。このような毎日は動物としての自然かつ健全な生活とは程遠く、人間が持つ本能を退化させ弱体化させることになりかねない。そのような文明と生体のミスマッチから生じる様々な問題を解決する糸口には「感情」に注目することの有効性が見いだせそうだ。

最高に頭の切れるコンサルタントが目の前にいて、全く漏れのない緻密なロジックで、最適な問題解決策を提示したとする。しかし、もしあなたが、理由はわからないけれども「何か嫌な予感がする」と感じる場合には、その感情が正しい可能性が高い。ビジネスでは「感情は邪魔」という考えが一般的なので、ビジネスパーソンは、なるべく自分の感情を押さえて理性的に考え、行動しようとする。感情的に振る舞うのは大人げないというのが常識だ。しかし、そういう態度で生活を続けていると、人間が本来もっている伝家の宝刀である「感情」の機能を退化させてしまうことになりかねない。

人間が論理的に物事を考えるずっと昔から、感情は人間の生存を助けてきたのであり、これからも助けていくことが期待されている。よって、ビジネスの世界でも、この感情を武器にすることが望ましいのである。しかし、これはただやみくもに日常のビジネスの場面で感情的になれといっているわけではない。むしろ、文明と生体のミスマッチの中で人々の感情機能に異変を来たしているかもしれないなかで、やみくもに感情をあらわにするようなことが、とんでもない問題を引き起こすことが十分に考えられる。

だからこそ、現代のビジネスにおける日常生活の中で、人間の感情が、私たちにポジティブな結果をもたらすことができるよう、感情を適切に「マネージ」することが求められるのである。そのためには、マネジメント研究の分野でも、これまでよりもまして人間の感情についての深い理解と洞察を得る必要がある。このように、「感情」がマネジメント理論の舞台裏から表舞台へと姿をあらわそうとしている。人間が経験することのできる「喜怒哀楽」に対して素直に敬愛と畏怖の念をもち、感情をわたしたちの成功に最大限に活用しようとする「感情のマネジメント」の発達がいま求められている。

文献

山岸俊男 2000 社会的ジレンマ―「環境破壊」から「いじめ」まで PHP新書