役員報酬(エグゼクティブ報酬)設計の手引き

役員報酬は、以下の点で非常に重要である。

(1) 役員報酬のあり方は、トップの行動に影響し、企業の戦略決定に大きく影響する
(2) 役員報酬のあり方は、公平性・納得性のあり方に示唆を与える
(3) 役員報酬のあり方は、企業全体の報酬制度のあり方に影響する

役員報酬のあり方は、トップの戦略的意思決定、たとえば企業業績の捉え方、リスクの取り方、成長戦略のあり方、業界選択、防衛戦術、等の戦略次元における選択に影響する。次に、企業を取り巻く関係者、政府、株主、顧客、労働組合、などは、トップの報酬に対し注目しており異なった意見を持っている。これらの関係者から見て、公平性・納得性のある役員報酬のあり方が望まれている。また、役員報酬は企業全体の報酬のあり方に影響する。たとえば、役員報酬のレベルが高ければ、マネジメントレベルの報酬もそれに応じて高まるであろう。

役員報酬の決定には、(1)役員報酬の絶対額、(2)報酬パッケージのデザイン、(3)報酬決定の基準、の3つの次元の考察が必要である。役員報酬の絶対額を考慮するさいには、役員の基本給部分とボーナス部分(報酬と賞与)以外にも、長期インセンティブ(自社株やストックオプション)、その他のベネフィットのレベルを含めて総合的に判断する必要がある。報酬パッケージのデザインのさいには、役員の負うリスクエクスポージャを異なる報酬の組み合わせで調整する必要がある。これは、企業業績の変動の様子や、損失リスクの大きさ、業績評価基準の選定によってリスクが異なってくる。また、不意の敵対的買収に追い込まれた場合の離職リスク、予定よりも早期に離職することによって会社が被るリスクなど、様々な種類のリスクを考慮しなければならない。また、報酬の決定に用いられる業績基準は、客観的な数値指標と、主観的な質的基準の両方が考えられる。数値的基準は、役員報酬決定委員会で明確な仕組みをつくっておくべきである。たとえば、会計数値基準の利益と、マーケット基準の株主価値どちらを用いるかなどの合意がなされるべきである。質的基準の場合は、役員の行動の評価など、主観的な判断が多くを占めるため、役員にとっては、客観的な基準に比べてリスクが低減されることも知っておくべきである。業績を評価する期間、つまりどれくらいのタイムスパンの業績を評価基準とするか、というのも考慮されなければならない。また、役員とその下のマネージャーとの格差をどれくらいとするかは、企業全体の報酬のあり方に影響するし、シニア・マネージャーの動機付けやロイヤリティにも影響する。

 

役員報酬設計に関する理論

役員報酬を設計するためには、いくつかのポイントを押さえておく必要がある。役員報酬の決定は、様々な要因によってなされるからである。役員報酬の決定に影響を与えるポイントは大きく次の4つである。

@経営トップ個人個人のパフォーマンスと市場価値(生産性関連)
A企業のコントロールメカニズム(利害関係関連)
Bリスク選好度と社会的規範(業績、期待関連)
C願望や政治的要因(内部競争要因、社内の象徴)

このような要因が役員報酬に与える影響を理解するために、以下のような理論を知っておくのが望ましい。

経済学的限界生産性理論

限界生産性は、仮に別の人(B)が対象となる人の代わりをしたときの企業業績と、その人(A)との企業業績との差を、(B)を雇うのに必要なコスト(市場価値)に、加えることによって把握するものである。これは、マーケットの相場とその人自身の貢献度の両方を見ている。

人的資源理論

人的資源理論は、人材の価値および企業パフォーマンスへの貢献は、その人が過去にどれだけの知識やスキルを蓄積したかによって決まるというものである。これは、企業規模や業務の複雑さによって、それに応じた人材をトップに据えるという考えと整合性があり、パフォーマンスは人的資源の価値に応じて変化するという立場から役員報酬の額を考える。

所有と経営の分離理論

所有と経営が分離することにより、会社を所有する立場でない経営者の会社支配が強力になる傾向がある。そうなると、役員報酬が支配力のある経営者に有利なものとなる可能性がある。つまり、経営者が、株主の利益とは無関係に、自分の報酬を高める方向に経営をコントロールする可能性が高まる。

階級支配理論

他のトップが別の会社の取締役を兼任したり、似た者同士を経営陣に集めたりすることにより、ある種のトップ階級が一企業のみならず、企業群に対する支配力を高めていく可能性がある。その結果、彼らの特権の保持、利益の確保が優先される可能性がある。

エージェンシー理論

会社を所有する株主が経営者に経営を委ねているという関係において、経営者が自分の利益を追求することにより、株主の利益が損なわれる危険性がある。依頼者としての株主は、それを防ぐためにコストを費やすことを覚悟しなけらばならない。そのコストは役員報酬のあり方と関係している。経営者の監視にコストを割く場合は、行動規準で報酬を与え、経営者へのリスクの転嫁を少なくすることも可能である。経営者の監視が困難な場合、報酬を企業業績と連動させることにより経営者の行動を株主の利益と沿うようにできるが、経営者はリスク回避度が高いので、リスクプレミアムとして余計のコストを経営者に払わなければならない。

予測理論

予測理論では、リスクを行動を予測する重要な要素と見る。企業業績の上下が、自分の報酬の上下とどのように関係しているかというトップの予測が、本人の経営意思決定に影響を与える。たとえば、自分の収入が高く見込まれるときは、リスクを低減するような意思決定を好むし、自分の収入が低く見込まれるときは、その局面の打開の可能性を追求し、リスクの高い意思決定を好むであろう。

社会学的階級理論

社会規範として、異なる階級間の収入の差異は保たれるべきであるという暗黙の了解が存在する。したがって、経営トップなど、ビジネスの世界で高い階級に位置する人達は、社会的なきまりとして、高い報酬をもらうべきであるという了解がある。

社会比較理論

報酬決定委員会では、参加している社外取締役が、別の企業のトップである場合もある。このように、役員報酬を決定するさい、似たような企業や関係者からの情報によって、他企業との比較をしながら決定していく過程が考えられる。そうすることによって、役員報酬の相場のようなレベルが形成されていく。

トーナメント理論

トップの報酬は、むしろ下位のマネジメント層がお互いにトーナメントとしての競争をして勝利したときのトロフィーのような役割をすると考える。つまり、トップの報酬が高額で魅力的であれば、下位のマネージャー達は、それを手に入れるために努力する。その努力が企業の業績に貢献するならば、役員報酬は効果的なインセンティブ効果を与えることになる。

政治的モデル

経営トップは、組織のシンボルとしての役割を担い、組織全体を動かしていく強力なパワーを有していなければならない。トップが高額の報酬をもらうことは、そういったトップのシンボル的機能を強化する役割を担う。

参考文献

Gomez-Mejia, L. R. (1994). Executive compensation: A reassessment and a future research agenda. Research in Personnel and Human Resource Management, 12, 161-122.