柔らかい人事システムの実現に向けて

企業、もしくは企業の人事部は、がっちりとした人事制度を構築したがる。しかし、それはうまくいかないのだ。組織は常に変化している、あるいは進化している。そういった組織に硬いシステムを導入しても、すぐに真のニーズに適応できなくなってしまう。

硬い人事制度の例を挙げよう。それは、硬い制度の代表である管理会計とリンクしようとするアプローチである。例えば、業績管理システムをまず管理会計側で作り上げ、それを用いた人事考課や昇進昇格、適正配置などの人事をやっていこうとするアプローチである。実は、これまで主流だった管理会計というのは主に有形資産のコントロールに強いが、無形資産のコントロールは弱い。しかし、近年いわれているのは、知的資産、ブランド、人的資源、などの無形資産が企業価値の大半をしめているという見方である。したがって、このような硬い管理会計と連結した硬い人事制度はあまりうまく機能しないと考えたほうがよいだろう。別の視点から硬い人事制度のケースをあげよう。それは、賃金制度や人事考課制度などを長期間かけて綿密に作りすぎる場合である。非常に長い時間をかけて、あれこれと議論や口論を積み重ね、やっとのことでできた「綿密な」人事制度は、実際はその意に反し、運用段階では組織の実態にそぐわなくなっている場合が多い。組識は常に変化しているものだから、それを固定であるという前提に論理を組み立てていったやり方がまずかったのだ。結局のところ、それを導入した場合には、本意とは異なり、実態に合わせたようなちがうやり方で実施されてしまうので、長い時間をかけた労力はいったい何だったのだということになってしまう。

こういった硬い人事制度がうまくいかないということがわかったわけだが、ではどうすればよいのだろうか。一番大事なのは、組織に関する見方をこれまでと変えることである。組織は静的なものではなく、プロセスであるということを十分に認識することだ。「組識」という物体あるいは名詞ではなく、「組織化する(動詞)」の名詞形としての「組識」だと考えるのだ。また、組織はダイナミックなオープンシステムなのである。オープンなシステムは常に進化する。環境に関して閉じたクローズドシステムは、エントロピーを増大させ、死に向かっていく(もちろん、そういう組識もある。大企業病にかかり、活力をなくしながら衰退していく企業がそのよい例だ)。しかし、環境にオープンなシステムは、環境とエネルギーの交換を行いながら、進化していく。進化に必要なのは、カオスとフラクタルの存在である。この2つの特徴を十分に兼ね揃えた組識を、ここでは柔らかい組識と呼ぶことにしよう。カオスとは、部分的には混沌として、常に動いているが、全体として秩序が保たれている状態である。またフラクタルとは、どの部分も全体を反映していることを意味する。柔らかい組織に硬い制度は似合わない。柔らかい組織には柔らかい制度で対応するのがベストなのである。

柔らかい組識を、人事面から少し具体的に描写してみよう。柔らかい組識は、自己組織化を通じた発展を常とする動きのある組織であって、新陳代謝が活発で、そのために若さを保っている組織である。人の動きに注目するならば、その組識では、ある意味人の出入りが激しい。しかし、それは退職者が多くて人材が定着しないという意味ではない。それは単に自己崩壊に向かっているだけである。真意は、組識のメンバーが積極的に組織内外を行き交って外部と交流をするという意味である。仕事のやり方や人間関係を社内だけで自己完結してしまう「仲良しグループ」の反対である。人々が従業員として会社に留まりながらそうするのか、いったん退職して外に出てまた戻ってくるのか、そういったことはあまり関係なく、単に組織内外の出入りが活発であるということが大切なのである。そこでは、組識に対して外部からの情報が集まり、また組織内で新しい知識が生み出される。組識の出入りが激しいため、組織としての意味をなしていないと思われるかもしれないが、実は組織としてのアイデンティティは常にある。ただし、組識の境界線は柔らかくなっているわけだ。外部の人々もある意味気軽に入っていけるという意味もある。また、それが先ほど述べたカオス、フラクタルの意味するところでもある。したがって、組識としてのアイデンティティ、または組織化のパタンが維持されているから、そこにいわゆる知的資産としての「組織知」が蓄積されていく。それが、いわゆる組識のコア・コンピタンスなりコア・ケイパビリティとなって、実際の高いアウトプットに貢献するのである。

こういった組識に必要な人事システムは、当然、柔らかい人事システムでなければならない。柔らかい人事システムを実現するためには、従来の堅い人事制度を作り上げる思考形態、あるいは「洗脳状態」から完全に脱皮することから始めよう。