企業を傷める人事制度

「今の人事制度や人事機能は、企業業績にどれだけ役になっているのか、そして、さらに企業業績を高めていくためには、人事制度や人事機能をどう改善していけばよいのか」と考えるのは自然に見えるが、それでは不十分である。

何が欠けているかというと「今の人事制度や人事機能はどれだけ企業業績を傷めつけているか」ということを考えることである。企業業績を阻害しているのであるから、それを除くだけで企業業績が向上することが考えられる。なにもその制度を改善する必要はない。あるものを改善しようとするより、とってしまうだけでずいぶん良くなる場合もある。

例えば、高い創造性が要求される業界において、ある人事制度が、社員の行動を縛り、創造的な活動をするのを阻害しているというケースであれば、その制度を廃止することが、1つの代替案として浮かび上がるわけである。

もう少し具体的な話にするために、人事考課を例にとってみよう。そして、自社の人事考課がどれだけ企業業績を傷めつけているか考えてみる。まず、考えられるのは、人事考課にかけなければならない時間である。複雑な説明を読んで、事細かに記入し、人事考課面接を実施したり、考課をめぐって複数の考課者(1次考課者や2次考課者など)ですりあわせを行ったり、インフォーマルに少し調整してみたりする時間が、どれだけ企業利益をあげる時間を犠牲にしているかを考えてみる。そこでロスした利益を、人事考課に費やした時間がカバーできるであろうか。そこで費やした時間が、それ以上の利益を生み出すことに貢献しているのであれば問題はないが、逆に利益を損ねることに寄与しているとすれば、それは問題である。

次に、人事考課があることによっておこる、社内の政治である。考課権のある上司に対して、よい姿を見せることが、被考課者にとっては合理的な行動原理となる。よっぽど正義感の強い者を除いて、たいがいの人は、自分の考課成績がよくなることを第一に考えるだろう。それが、企業利益に貢献するのか、企業利益を損ねるのか考えてみる。それは顧客満足度を高める方向に働くのか、顧客満足度を低める方向に働くのかも考えてみる。

仮に、人事考課が企業業績を悪化させていることがわかったならば、どうやって、企業業績の妨げとなるものを取り除くかを考えることになる。例えば、人事考課そのものを廃止したらどうなるかということを考えてみるのである。比較的小規模な企業であれば、人事考課制度などなくったって、社員が経営トップを尊敬し、信頼しているのであるならば、経営トップが鉛筆をなめて決めた評価や給料であっても、それほど文句はでないはずである。だから、人事考課をなくすということが全く不可能ではないということがわかる。大企業であったらどうであろうか。なにかまずいことが起こるだろうか。

このように、人事考課をすべて取り払ってしまったら何が問題として起こるかも同時に考えることにより、何を残すべきかも見えてくる。したがって、必要最小限として残しておかなければならないものを特定し、それを除いて全部除去してしまえばよいのである。

上記のような人事考課の話はほんの1例であるが、社員を間違った方向に導いてしまう研修、膨大な時間をかけて、いろいろな議論や調整を行った結果としてできあがった賃金表、チームワークを阻害する個人ベースの成果主義報酬など、企業の業績を阻む人事制度が多くの企業に存在するであろう。

組織自身は成長したい、業績をあげたい、と言っているのに、それを阻害している足枷のような人事制度を見つけ、それをとっぱらってしまうことにより、見違えるように元気になる組織というのもあるのではないだろうか。