日本的人事管理の間接ロジック

従来のわが国の企業の競争優位性を支えてきた日本的人事管理は、基本的に間接ロジックで成り立っている。これは、近年の成果主義に代表されるような直接ロジックと対照的である。間接ロジックの場合は、間接部分に論理的前提が隠れているため、注意して扱わないと失敗することになる。これまではうまくいってきたこの方法が、間接部分がほころびはじめたために多くの問題を生んでいるように思われる。今回はそのあたりを掘り下げたい。

人事管理と企業業績の間接性

まず、日本的人事管理がなぜ企業業績を高める(高めてきたのか)について見てみよう。これは、日本的な人事管理が、従業員の長期的な企業へのコミットメントと忠誠心を生み出すからである。それが、長時間労働、サービス残業を厭わずこつこつと努力する人材、公私に関わらず社員同士で交流し、それに喜びを見出しながら、業務の改善を図っていく人材、という結果を生み、その結果、高品質と低コストに代表される日本企業の強みを生み出してきた。

すなわち、日本的人事管理は、それが直接企業業績を高めるというロジックではなく、忠誠心が強く勤勉な人材を作り出すことによって、間接的に企業業績を高めるというロジックで成り立っている。重要なポイントは、忠誠心・勤勉さが企業業績に結びつく論理が間接的ということで、問題が生じるとすればここが大きな弱点になりうる。忠誠心や勤勉さが競争優位となって企業業績に結びつくためには条件があるはずであり、その条件が成り立たなくなってくると、この間接性が弱くなるのである。

報酬の間接性

わが国の報酬は、金銭部分を押さえ、非金銭報酬が多くなるような仕組みになっている。企業の利益としての金銭的資源を従業員に直接分配するのではなく、いったん企業内に留保したうえで、さまざまな形の非金銭的報酬に変換するということである。例えば、管理職になってくると交際費がある程度自由に使えるようになり、同僚や部下とのノミニケーションに使えるというインセンティブがある。長時間勤務であっても、オフィスにいる時間が長いという事実が大切であって、仕事の途中に休憩を入れたり、仲間と雑談して過ごすこともある程度は許されるというインセンティブがある。その他、社宅や寮などの福利厚生の充実、家族まで丸抱えでサポートするという慣行がそうである。だから、額面の給料が若干低くても、それ以外に企業にとどまる理由としての非金銭的報酬が充実していることになる。

この間接性ロジックのポイントは、企業利益から得た金銭を間接的に用いる(非金銭的報酬に変換する)というプロセスが、報酬としての役割を果たしているという理論的前提である。この間接性が弱まると日本的人事管理に特徴的な報酬が機能しなくなる。例えば、会社の金で飲みにいったりタクシーチケットをある程度使いまくることが道義的によくないことだという風潮が広まり、こういったことを自粛せざる得なくなると、従業員にとっての非金銭的インセンティブが奪われることになる。公私混同はよくないという価値観が強まると、オフィスをまるで自分の生活空間と思ってしまう感覚に罪悪感が伴う。また、自分の生活を大切にする個人主義の浸透で、たとえ会社の金であっても上司らに誘われて飲みにいくことに喜びを見出せなくなってくると、非金銭的インセンティブとしての機能が低下する。また、企業業績が停滞することによって、非金銭的報酬に変換するべく企業留保分が減ってしまうと、そういったインセンティブを提供できなくなってしまうという弱点もある。

助け合いや無駄と個人の成功の間接性

適材適所の論理に従えば、優秀な人材こそ、重要な仕事を任される、重要な部署に配属される、あるいは昇進していくというのが当然である。この人事配置や昇進昇格の仕組みにも間接ロジックが隠されている。それは、一見すると自分にとってあまり利益にならないこと(例えば、他の人を助けること)であっても、長期的にそれが自分の評価を高め、出世していくという間接性である。これは、日本の評価システムが、計数的指標や業績をあまり用いず、情意や潜在能力や行動といった、むしろ成果や業績では見えてこないところを重視している点とも関わっている。

この間接性は、先に述べた日本的人事管理と企業業績との間接性とも類似しており、情意や潜在能力が、究極的には企業業績につながるという間接ロジックにしたがっているからこそ、成果をみないのである。そのため、人々の注意が、自分の短期的な成果のみに偏ることを防ぐことに成功していた。数値的な成果が上がらなくても、その人の働きぶり、部署への非計数的部分での貢献、同僚へのサポートが、長期的には評価されるようになっているわけである。この間接ロジックの弱点は、自分が一見利益にならないことをしていても、また短期的な成果がでない、長期的な課題に取り組んでいるときも、誰かがそれを見ていて評価してくれるという前提である。それが崩れてくると、結局自分の成功に結びつかない行動はとらなくなる、助け合いはしなくなる、短期的に結果がでない仕事は受けない、チームワークよりも個人プレーに執着する、ということになり、従来の昇進・昇格・人事配置政策がうまく企業業績に結びつかなくなる。

一気に直接ロジックに移行させようとするのは危険

このように、間接ロジックを基本として成り立ってきたわが国の人事管理がうまく機能しなくなてきたからといって、いきなり直接ロジックに基づく成果主義を導入しようとするのは、行き過ぎた無茶な試みであると言える。成果主義では、成果をあげたものがそれなりの処遇を受ける権利があるというような意味で、あるいはあらゆる人事管理を、企業業績に直接的に結び付ける方向で再構築するという意味で直接的である。このような真の意味での成果主義を機能しようとするならば、これまで日本的人事管理の至るところに隠されている間接性のロジックを、すべて直接性のロジックで置き換えなければならなくなる。

これは並々ならぬ試みであって、これを徹底的にやらずして、部分的にしか直接的ロジックを導入しなかったら、単に中途半端でどっちとらずの人事管理になってしまう。それだと、その人事管理が企業業績を高めるという論理自体に矛盾が生じてくる。実際に、わが国企業の多くが導入を試みてきた成果主義というのは、このような中途半端なものであったと言える。もともと直接ロジックを主体に経営を行ってきた一部の企業にとっては話は別であるが、多くの企業は、ドラスティックに直接ロジックに移行することに躊躇し、また元に戻れるような形で中途半端に実行し、それがうまくいかないからやっぱりやめよう、いやもう一度トライしてみようか、というような動きを繰り返しているように思える。そのようなトライアンドエラーを繰り返す前に、一度自社の間接ロジックについて徹底的に考える機会を作ったらどうであろうか。