わが国の成果主義

成果主義という言葉は、日経新聞のデータベースによれば、1992年に成果主義という言葉がはじめて登場し、5年後の1997年には33件、1999年には106件と増え、2000年には113件と急激に使われるようになった(二村2001)との指摘があるように、それほど古くから用いられていた言葉ではなく、近年になって急速に普及したものである。それ依然は、能力主義とか実力主義とかいう言葉が、年功制度に変わる方法として用いられていたと考えられる。

わが国の人事管理の特徴といわれるうちの2つである、終身雇用と年功制度の限界が叫ばれるようになってから実に長い年月がすぎている。しかし、例えば年功的運用に変わる能力主義的な人事制度として、職能資格制度が開発され、普及していったものの、実質的な運用については、従来通り年功的になるというケースが多かった。これは、従来からの危機感が顕在しなかった、あるいは顕在化しても、目をつぶったままで手をつけないでもなんとか持ちこたえることができてきたからであろう。しかし現在は、そのような実質的に何も変わらない人事管理では本当にやっていけないというところまで事態が悪化してきており、本当に何らかの実質的なアクションを企業が起こしはじめている、しかしそれらはまだ模索の段階を終わっていない、というのが現実の姿であろう。

わが国の企業が、従来型の人事制度をどのように変えていこうとしているかについては、いくつかの調査・研究が、いわゆる長期雇用は維持しながら、賃金のほうを年功から実力主義あるいは成果主義へと変化させようとする傾向があることを示している。例えば終身雇用については、リクルートのワークス研究所が2001年に実施した人材マネジメント調査によると、雇用の面においては、新卒を重視し、全員を長期雇用の前提で採用し、会社への忠誠心を重視するという従来の長期雇用型を志向するのが平均的な企業像であると指摘している。社会経済生産性本部が行なった「日本的人事制度の変容に関する調査」においても、終身雇用慣行を「できるだけ維持していきたい」とする企業は46.8%で、「特にこだわらない」の38.2%を上回っている。厚生労働白書でも、同等の指摘がある。

一方、処遇面については、上のワークス研究所の調査では、「金銭的処遇を重視し、業績の反映は短期の処遇に反映し、勤続年数は昇進・昇格の判断材料にせず、賃金決定には成果や業績を強く反映する。そして、業績悪化時に、雇用は可能な限り守るが、人材開発の費用は削る」というように、雇用の維持に伴う人件費負担を、賃金の企業業績への連動あるいは業績悪化時の教育投資の削減という形で補おうとする平均的企業像を報告している。同調査では、過去5年間の人事制度変更の目的で重視されたものとして、7割の企業が成果・実績主義への転換と回答。次いで年功型の給与システムからの脱却(58.8%)、貢献度に応じた賃金格差の拡大(56.7%)と、既存人材に対する金銭的な処遇への対処の目的が上位を占めている。今後5年間の人事制度変更の重視目的についても、はやり成果・実績主義への転換(63.1%)、貢献度に応じた賃金格差の拡大(60.8%)が最も高いという結果が出ており、成果主義への志向が明らかになっている。

富士総合研究所が1997年に実施した調査によれば、今後「報酬は成果で決める」方向に人事管理を変えていきたいと答えている割合は、従業員1000人以上の企業552社中、90.2%にのぼっており、3分の1近くが(31.3%)が、強くその方向に変えていきたいと答えている(守島1999)。社会経済生産性本部の「日本的人事制度の変容に関する調査」では、調査対象企業のうち、管理職掌の人事管理は成果・業績主義であると答えた企業は約6割であり、それらの企業は年俸制導入率も高かった。社会経済生産性本部の調査では、管理職層に対しては「年功主義を最小限にして能力主義・成果主義を中心とする」企業が最も多く42.9%で、「ほぼ全面的に能力主義・成果主義とする」も30.0%ある。厚生労働白書も同様に、企業が年功制を成果主義に移行させようとする動きが見られることを指摘している。日本能率協会が行なった 「直面する企業経営課題に関する調査」でも、 人事戦略で重視しているアクションをみると、「成果主義賃金・評価制度の導入・推進」が58.5%で一番多くなっている。以下、「目標管理の徹底的な実施」(36.2%)、「事業展開に応じた機動的人事配置」(33.4%)が、それぞれ3割以上ある。成果主義賃金と目標管理制度の組合せは、成果主義人事制度の一つのパターンである。

成果に応じて変動させやすいのは、基本給よりも賞与である。わが国では、賞与は、生活一時金としての安定した要素が大きい特徴があり、それに加えて企業業績によって変動する部分があるというイメージであったが、最近では、賞与を個人の業績や成果に強く連動させていこうとする動きが見られ、成果主義の普及によってその傾向が加速している。労務行政研究所の調査では、賞与を決めるための評価要素である(1)業績や成果(2)仕事をこなす能力(3)積極性や責任感といった“情意”の3つのうち、最も重く評価しているのは、成果の部分であり、一般の社員で評価全体に占める成果部分のウエイトは62.7%で、課長職では80.8%が成果部分だった。これは8年前に比べ、それぞれ5.7ポイント、7.3ポイント上がっており、業績を良くするのに貢献した人には賞与で厚く報いようとする傾向がはっきり出ている。

年功から成果主義へという志向は、中小企業でも顕著になってきている。あさひ銀総合研究所が2002年に中小企業を対象に実施した実態調査によると、中小企業の今後の人事戦略は、「給与体系を見直し、能力主義の比重を高める」が37%で最も多く、次いで「積極的な採用や人材養成により、従業員の質の向上に努める」が25%、「雇用、給与を同等 に見直し、バランスのとれた戦略を目指す」が23%となっており、中小企業の今後の人事戦略の中心は、給与面で能力主義の比重を高めること、さらにこの制度の下で活躍できるよう従業員の質の向上を図ることにあると指摘されている。また、成果主義の対象となるのは、賃金だけなく福利厚生にまで及んでいる。(財)生命保険文化センタ−が実施した、平成10年度「企業の福利厚生制度に関する調査」では、福利厚生給付に能力・成果主義を反映させたいと考えている企業は、5社に1社の割合となっている。

成果主義を導入しようとする場合に問題となるのは人事評価である。つまり、以下にして成果を皆が納得できるかたちで測定・評価できるかどうかというところが、成果主義そのものを納得性、公平性の高いものにできるかどうかを左右するといえる。労務行政研究所の実施した「成果主義下の人事考課制度の実態調査」によると、人事考課制度の実施状況では、一般社員、管理職とも「目標管理制度」「評価面接制度」「自己申告制度」が半数超の企業で実施されている。そのうち多面評価制度の実施企業は1割である。考課要素のウエート付けでは94年調査と比較すると「業績考課」のウエートが高まり、業績志向の人事考課制度が浮き彫りになった。考課制度のフィードバックについては、「なんらかの形で社員にフィードバックしている」企業は76.4%と4社に3社に上る。考課結果への異議申し立てを受け付ける企業は約8割、うち半数超が結果を「いかなる場合も変更・修正せず、当人への経緯・事情の説明のみにとどめる」と回答している。

社会経済生産性本部の調査では、いわゆる成果主義の一つである「年俸制」導入企業の4割が評価に課題があると指摘している。導入企業に評価制度の現状について聞いたところ「ほぼうまくいっており、現在特に問題はない」とした企業は18.3%にとどまっている。「あまりうまくいっておらず早急に改善する必要がある」とする企業は2.8 %だけであるが、「特に問題は起きていないが、改善の必要はおおいにある」とする企業が38.0%あり、4割の企業が評価制度に課題を持っていることが分かった。さらに「まずまずうまくいっているが、多少の改善も必要」とする企業は36.6%。具体的な問題点としては「評価者間で基準の統一が難しい」(65.5%)、「仕事の質の異なる人たちを適切に評価することが難しい」(60.0%)をあげた企業が多い。成果主義と評価制度の関係について聞くと、「評価制度が不十分なうちは、早急に成果主義を導入すべきではない」という意見に賛成する企業は51.6%と過半数を占め、「評価制度が十分でなくとも、成果主義を導入することが不可欠」に賛成する企業は36.0%である。成果主義を成功させるための前提条件として、評価制度の確立を重視する企業が多くなっていることがわかる

成果主義というのは、基本的には人事管理の個別化を推進し、成果を上げる人には報い、そうでない人には報いない、という基本理念を掲げる制度である。つまり、一元管理を基本とする集団主義から、個別に処遇を考える個人主義への移行でもある。社会経済生産性本部の調査では、組織の生産性に関して、「少数でも出来る人をより伸ばすことが、組織の生産性向上につながる」という意見に賛成する企業が48.9%と半数近く、「より多くの人を少しづつでも伸ばすことが、組織の生産性向上につながる」に賛成する企業30.8%を上回っていて、これまでの日本企業の強みであった集団性の発揮による組織力の発揮から個人の能力による組織力の発揮を重視する企業が多くなっていることからも、人事管理の個別化傾向というのは今後も続いていくものと思われる。

引用文献

  • あさひ銀総合研究所(2002) 「中小企業経営動向調査」
  • 厚生労働省 「厚生労働白書」
  • 守島基博 (1999) 「成果主義の浸透が職場に与える影響」 日本労働研究雑誌41 (12), 2-14.
  • 二村英幸 (2001) 「成果主義と個別人事管理 ―― 成果主義におけるコンピテンシーの効用と課題 ――」 組織科学 34 (3), 32-41.
  • 日本能率協会(2001) 「直面する企業経営課題に関する調査 」
  • 労務行政研究所(2002) 「成果主義下の人事考課制度の実態調査」
  • (財)生命保険文化センタ−(1998) 「平成10年度 企業の福利厚生制度に関する調査」(第7回)
  • 社会経済生産性本部 「日本的人事制度の変容に関する調査」
  • ワークス研究所(2001) 「人材マネジメント調査 2001」 リクルート ワークス研究所